第31話 お披露目会とデビュタント③

 先ほど休憩室を出て行った私が、今度はオル様を連れて戻ってきたことにリタさんは少し眉を上げただけで何も言わなかった。


 リタさんが入れてくれたお茶を飲んで気持ちを落ち着かせようとしたが、先ほどのオル様の誑し込む発言がどうにもかんに障り落ち着かない。


 対面のソファに座っているオル様を睨むように見て口を開いた。


「オル様、私はクリス様を誑し込んではいません。オル様こそ、ビビアナ様と仲がよろしいようですね」


「な! 僕は別にビビアナ嬢と特別仲が良いわけではない。友人であるハビエルの知人と言うことでこの国に彼女達が留学してきたときにいろいろと便宜を図ってあげただけだ」


「へーそうですか。便宜を図ってあげる仲だからビビアナ様のエスコートをしたんですか」


「だから、それには断れない理由があったんだ。アヤカの方こそ僕がエスコート出来ないことを言いに行ったらレイがエスコートをしてくれるから大丈夫だと嬉しそうに言ってたじゃないか」


「ちょ! だ、誰が嬉しそうに言ってたんですか! 私は本当はオル様にエスコートをしてもらいたかったんです! でも、そんな我が儘を言ってオル様を困らせる訳にはいけないから明るく大丈夫だと言ったんです。ビビアナ様をエスコートして入場してきたオル様を見て、私がどんなにショックだったか分かりますか?」


「それを言うなら、クリストファー殿と仲良く踊っているアヤカを見たときの僕の感情をアヤカは分かっているのか? おまけにあの女性に一切興味を示さなかった魔族のハビエル殿下がアヤカと親しげに話をしているのを見たときは、嫉妬で気が狂いそうだった」


「いいえ、私の方がショックは大きいと思います! だってアデライト様の一件から続くオル様の態度に私の心はどん底まで落ちましたからね!」


「え? アディ師匠の一件? なんでそこでアディ師匠が出てくるんだ?」


「オル様が私にアデライト様が男性だって言わなかったのが悪いんです」


「えっ? い、いや、あんな粗野な女性はいないだろ? マサキはすぐに気づいたぞ。てっきり、アヤカも知っているのかと……」


「知りませんでしたよ。もうオル様ったら、いつもお揃いの黒のローブを着ていちゃついて」


「い、いちゃついて? え? 誰と誰が?」


「オル様とアデライト様ですよ。私の目の前で黒のローブのペアルックでいちゃついてました」


「黒のローブって魔導師団のだろ? あれは魔導師団の全員もってるぞ。それに僕はアディ師匠といちゃついた覚えはない。相手は男だし、そんな趣味はない」


「覚えはなくても私にはいちゃついているように見えたんです。国王陛下に魔導師団の黒のローブをお願いしたら、オル様が一点もののサファイアブルーのローブを持ってきたし。あれはあれでお気に入りですけどね。羽織るとオル様の優しい魔力が感じられて安心するんです。大好きなオル様に抱きしめられているようで」


「それはそうだろう。あれはアヤカのことを思って魔力を込めたからな。愛おしいと思うアヤカへの気持ちがそのままあのローブに込められているんだ」


「あの~、発言してもよろしいでしょうか?」と先ほどから黙って私達の会話を聞いていたリタさんが口を挟んだ。


「えっと、どうぞ、リタさん」と私が言うと、リタさんが満面の笑みで口を開いた。



「要するに、アヤカ様もオリゲール様もお互いに好きと言うことですよね?」


「「え?!」」


 同時に言葉を詰まらせ顔を見合わせる私とオル様。


 お互いに好き?


 今までのお互いの言ったことを反芻する。


 あ、あ、あー! 


 あたふたする私達にリタさんのとどめの一言が。



「先ほどから、お互いに文句を言っているようですが内容は熱烈な愛の告白ですよね?」



 ……ほ、ほえ?




***************





 舞踏会の会場にオル様のエスコートで向かいます。


「これはもう必要ないな」オル様はそう言うとシルクの白い手袋を外し私の手を取った。


 オル様はこの魔力遮断の手袋がないとご令嬢達に触れることが出来ないらしい。

 だから夜会に出席するときはこの手袋が必須アイテム。


 でも私には素手で触れることができるという。

 ふふふ……。


 もうニヤニヤが止まりません。


 だって、オル様がビビアナ様と現れたときに白い手袋をしていたのを私はしっかり見ていたのだ。


 リタさんに「アヤカ様、お顔が不気味です」と失礼なことを言われたが気にしなーい。


 今の私は太平洋のごとく心が広いのです。

 そのまま会場入りしてダンスフロアへ。

 さあ、オル様とのダンスを満喫しましょう。


 優しく微笑んでくれるオル様に私も微笑み返しながらステップを踏むと、周りから『ほ~』と一斉に溜め息が漏れるのが耳に届いた。


 それを合図に「まさか、あの氷の貴公子が」「微笑んでいるなんて」「初めて見た」などの言葉まで聞こえてくる。


 氷の貴公子? それは誰のことでしょう?

 こんなに笑顔が素敵なオル様のことじゃないですよね?



 あの後、リタさんの一言を受けてお互いの気持ちを確認した私達。


 オル様は私の前で跪き、私の手を取って言った。


「こんなに愛おしいと思った女性は、後にも先にもアヤカだけだ。この気持ちは死ぬまで変わらない」

 

 もうこの言葉で今までのモヤモヤは帳消しです。


 もちろん、私の気持ちも告白しましたよ。

 オル様に会うとドキドキすることとか……。


 要するに、大好きと言うこと。


 オル様は悪鬼王討伐が終わるまで自分の気持ちを告白する気はなかったようだけど、今日聞けて良かった。


 だって私の身がもたないもの。



 オル様とのダンスが終わりそのまま手を引かれて食事エリアへ行く。

 さっき食べ損なったからね。



「お、アヤカ、戻ったのか。じゃあ料理はオレが取り分けてやる」


 出たな! ハビー様。


 私の隣のオル様が目に入らぬか! 控えおろう! 


「ハビー、アヤカが世話になったな。でも、もう大丈夫だ。アヤカの世話は僕の役目だから」


 オル様はそう言うとハビー様からお皿を奪って次々とお料理を盛り付ける。


「お、おい、オル、そんなにたくさん盛り付けたらアヤカがお腹を壊すぞ」


 壊しませんよ。私の胃袋は無限ポケットです。

 皆さんの興味津々の視線を避けるため、会場からテラスに出る。

 ベンチに座り、オル様と二人でお料理を堪能する。


「アヤカ、これ美味しいぞ」


「オル様、これ食べますか?」


 二人で仲良くシェアしながら食事中です。


「おい、アヤカ、もうその辺で止めておけ。食べすぎだ」


 あれ? おかしいな。オル様と二人のはずなのになぜかハビー様の声がする。

 空耳?


「おい、お前ら! オレを無視するな!」


 あ、ハビー様、いたんですね。


「なんだ。ハビーじゃないか。全然気が付かなかった。何か用か?」


「いやいや、オル、隣に座ってるのに気が付かないなんてことあるわけないだろう」


 あら、私は気が付かなかったですよ。

 だって今の私にはオル様しか見えませんもの。


 その時、私のイヤーカフにミリアさんから連絡が入った。


『アヤカ様、デンナー隊長が警備の見回りに会場に来ました。要人の警護にあたってる新人騎士の様子を見に来たようです』


 ゲホッ、やばい、のどに詰まった。


「アヤカ! 大丈夫か? ほら水だ。飲んで」オル様が差し出してくれる水を飲む。


「お、オル様、私、ちょっとお化粧直してきますね。ここで待ってて下さい。絶対にここで待ってて下さい。どこにも行かないで下さいね」


「わかった。待ってるよ。行っておいで」



 さあ、またまた化粧室の個室に一目散です。


 化粧室の個室でアヤーネに変身、会場に戻るとデンナー隊長を探す。


 あ、いた。

 ここでアヤーネがちゃんと仕事をしてますアピールをしなくちゃね。


「デンナー隊長! お疲れ様です」


「おう、アヤーネか。アヤカ様の警護はどうした?」


「あ、アヤカ様はテラスでオリゲール様とご一緒です。そっとしておいた方が良いのかと思いまして、ここから警護しております。たぶん、ハビエル殿下もいたような気がします」


「そうか。まあ魔導師団長とご一緒なら危険はないだろう。それにしてもハビエル殿下がいたかどうか記憶が曖昧なのか?」


 いえ、記憶はありますよ。

 ただ心が拒否をしているんです。


「いえ、すみません。たぶんではなく、ハビエル殿下もいます」


「そうか。魔導師団長と魔族の王子が揃ってるならアヤーネの出る幕はないな」


 へぇー、ハビー様ってもしかして強いのかな? 私の前では残念イケメンだけどね。



「良し、アヤーネ、あと一時間もしないうちにお開きになる。あともう一踏ん張りだ。頼んだぞ」


「はい。わかりました」


 よっしゃー! アリバイ成立。

 それではまたアヤカに戻りますか。


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