第23話 贈り物はお花でもなく、お菓子でもなく……
女子寮から誰もいないことを確認してドレスの裾をたくしあげて全速力で走る。
うー、3人続けてダンスの後の走り込みは何気にキツいな。
これでまたエミリオ様に理不尽な事で責められたら果たし状をたたきつけてもいいよね?
あ、しまった、ドレス姿だから剣を携帯してないや……。
そんな事をあれこれ考えているうちに授業部屋の前にたどり着いた。
部屋の前ではリタさんが待ち構えていた。
「アヤーネさん! エミリオ様がお部屋の中でお待ちです。今、マークス様がお相手をされています」
「リタさん、ありがとうございます」
さあ、受けて立ちますよ。
私は鼻息も荒く、ノックと共にドアを開けた。
「アヤーネさん、先日は大変失礼しました。僕の曇った心が何も悪くないあなたの事を偏見の目で見てしまいました。本当に申し訳ありませんでした」
開口一番そう言って頭を下げるエミリオ様。
えっと、どういうこと?
エミリオ様は私に謝罪をしに来ただけ?
てっきりまた言いがかりを付けに来たと思っていたから何だか拍子抜けだ。
「お詫びにアヤーネさんに馬を買い付けてきました。その馬を紹介したいので今から厩にご一緒して欲しいのですが、いかがでしょう? あ、マークス殿の許可は頂きました。ダンスレッスンを中断させて申し訳ないですが」
今、何って言った? 馬? 私に馬を買ってきた?
そう言えば、ヘンドリック様がエミリオ様がいない理由を城下に馬を買い付けに行っていると……。
まさか、私に贈る馬だったの?
でも何故馬? 女性へのお詫びに馬をプレゼントするのは普通なの?
思わず、マークスさんを見る。
私の無言の訴えに首を横に振るマークスさん。
だよね。お詫びの品で馬は贈らないよね? 普通はお花やお菓子とかだよね?
っていうか、馬っていくらで買えるの? 絶対、高いよね?
日本で例えると新車をポンとプレゼントする感覚?
無理、無理、もらえません!
大人な私は、ただより怖い物はないという言葉を知っているのだ。
「あ、あの、エミリオ様の謝罪はわかりました。ですが、そのような高価なもの受け取るわけにはいきません。そもそも、何故馬なのでしょうか?」
「ヘンドリック様にアヤーネさんへのお詫びの仕方を相談したところ、馬を贈ってはどうかと助言を頂きました。それにあの子はあなたの体格、力量に合わせて選んだんです。受け取ってもらわなければ困ります」
それ、相談する人違えてますよ、エミリオ様。普通の金銭感覚と常識的な人に相談しなきゃ。
何を言っても一歩も引く気のないエミリオ様と一刻でも早く会場に戻らなくてはいけない私。
このままではらちがあかない。
そう思った私は取りあえずエミリオ様が買い付けてきたと言う馬を見に行くことにした。
実際に見て、やっぱりこの子とは気が合わないと言えばエミリオ様も納得するに違いない。
マークスさん、リタさんも一緒にみんなで厩に移動する。
そして私は目の前の馬を見て固まっていた。
マークスさんとリタさんも驚きで息をのんでいる。
「まあ! これは良い馬ね。アヤーネ、これ、たぶん王家に献上出来るほどの馬よ。お値段も予想がつかないわ」
そ、そうなんだ。
少し焦ってエミリオ様を見る。
「さすが、マークス殿。実はこの馬は代々王家に馬を献上しているオールストン侯爵家で飼育された馬なんです。一般の方にはなかなか売らないと言うことでしたが、今回、アヤーネさんの名前を出したら二つ返事で了承していただきました。もちろんお値段も格安で」
私の名前を出した?
オールストン侯爵家なんて知らないよ。
「覚えていませんか? 入団テストの時に貴族の若者達に絡まれていたお嬢さんを助けたこと。そのお嬢さんがオールストン侯爵家のご令嬢の専属侍女だったんです。あなたにお礼をしようとオールストン家から騎士団に取次の申し出をしたらしいのですが情報が秘匿されていて叶わなかったそうです」
あーあの可愛い侍女の子だ。
確か名前はハンナちゃんだったかな?
「身分を振りかざした3人もの屈強な男達に果敢に立ち向かったと聞きました。それを聞いて本当に自分は心が曇っていたのだと痛感しました。アヤーネさんの清らかで勇敢な心が見えなかった。ジャイローはすぐに見抜いたというのに」
3人の屈強な男達?
甘やかされて育った坊や達で、シモンヌ達にあっけなく倒されたけどね。
果敢に立ち向かった?
ハンナちゃんを抱っこして逃げ去っただけなんだけど……。
だいぶ話が美化されている。
実情を知っているマークスさんとリタさんはうつむいて肩を振るわせている。
うん、笑っているんだね。
思わず遠い目をしてしまった。
とりあえず、馬に向き直るとしましょう。
か、可愛い。
真っ白い毛並み、綺麗なスカイブルーの大きな目。
体の大きさも大きすぎずちょうど良い感じだ。
私が近づくと白馬も一歩前に出て鼻を突き出してきた。
そっと鼻筋を撫でながら話しかける。
「こんにちは。あなたとっても綺麗ね。お腹はすいてない?」
そう言う私ににっこりと笑って目を細める白馬。
あ、ほら! 笑った。
やっぱり馬も笑うんだよ。
「やはり、あなたとは相性が良いようですね。サリンバ種で2歳の雌です。名前を付けてあげて下さい」
な、名前?
「え……で、でもやはり受け取るわけには」そう私が言い終わらないうちに白馬が私のドレスの袖をパクリと噛みまるで行かないでと懇願するように首を振った。
うう、何この子、可愛いすぎる。
……参りました。降参です。
結局、白馬の可愛さに落ちた私は名前を『ネージュ』と名付けエミリオ様に丁重にお礼を言うこととなった。
その後、ダンスレッスンも手伝うと言うエミリオ様。
お願いだからとっとと、帰って下さい。
もう半泣き状態でお断りする私に「なる程、あまりにもひどいダンスを誰にも見られたくないと言うことですね。そう言うことならここはおとなしく帰りましょう」と見当違いの誤解をして帰って行った。
ムムム……。
何だか、私のダンスセンスが最低ラインと思われているようで納得がいかないがこれは致し方ない。
後のことは、マークスさんとリタさんに任せて、会場に戻りますか。
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