第40話 心が痛い


 電車が揺れる。俺も揺れる。膝も揺れる。

合わせて薫も揺れる。ガタンゴトン。


 電車の振動に合わせ、微妙な振動を繰り返す俺の膝。

そして、その振動が膝を伝って薫の内股付近に伝わっていく。


 揺れるたび、薫から吐息が聞こえてくる。

気が付いたら薫の両手はしっかりと俺のわき腹付近を鷲掴みにしている。


 ここからでも良くわかる、薫の顔が赤い。

俺を見る目が潤んでおり、上目遣いで俺を見ている。


 な、何だこいつ! こんなに可愛いのか!

一度気になったら止まらない。

俺の体に触れてくる女性陣は何とも思わなくなってしまった。


「お、お願い……、そ、んなに、う、ごかない、で……」


「す、すまん……。もう少しでホームに入るから、もう少し辛抱してくれ」


「んっ……、くっ……、も、もうダメ……、立っていられない……」


 薫は砕けたように俺に寄りかかってくる。

おおぅ! 前面の薫。後方の女性陣。

俺はまさにサンドウィッチ状態だ。


 ひゃっはー! いい感じだぜ! って、いかんいかん。

俺はどうなってもいいが、薫は早く何とかしてやらなければ。

あと少しで駅に入る。


 しょうがない! やるしかない!


 俺はしっかりと両手で薫に抱き着き、ホールド。

薫が倒れないようにしっかりと支える。

胸の圧迫感がほぼ無いが、ここはしょうがない。目をつぶろう。

きっとまだ成長期に違いない。将来に期待だ。


「あん……、な、にしてるのよ……」


「ホールド」


 俺はさらっと答える。

真面目モードの俺は四四マグナムをチン静化させるスキルがある。

青春まっただ中の俺には必要なスキルだ。

どこでも暴発していては勘違いされるからな!


「そ、そんな事したら、か、勘違いされるでしょ?」


「ただ今リング装備なう。問題なし。勘違い上等!」


「……。バカ」


 きゅっと抱かれた薫は可愛い。

口が悪く、俺の事をずっと『あんた』と呼び続け、俺の事を見下した感じの話し方をする薫はひどい奴だ。

でも、女の子だ。俺の事を理解してくれ、家族と言ってくれた子。

その子を俺は守らないといけない気がする。


 どんなに、俺のケツ揉むなぁ! とか。

首筋に息を吹きかけられても、ああん、ゾクゾクずるぅ……。とか。

ちょ! 背中に胸を押し付けないでぇ! あ……、柔らかい……。とか。


 こんな状況でも俺は心折れず、薫を守っていく!

そして、駅に降り立つんだ!

ちょ! 待て! そこはいかん!

チン静化していても触っちゃダメよ! 



 電車のスピードが落ちてくる。ホームに着いた!

扉が開く! 行くぞ薫!


「薫! 駅だ! 降りるぞ!」


「こ、腰が……」


 まさか、動けないのか? 薫は俺に抱き着いたまま自分の足で立っていられないっポイ。

しょうがない! 俺は薫を抱きしめたまま、女性陣の間を潜り抜け扉から脱出。

移動しているときも、太ももやケツを触られた。

お、おまえら! 覚えてよろ!


「はぁはぁ、なんとかホームに出られた……」


「ご、めんね助けてもらって」


 幸いなことに、この駅で下りる乗客はいなかった。

何故に? 普通この人数が電車に乗っていたら二、三人は降りるだろ!

……俺に何か言われるかもしれないから誰も降りないのか?

こ、このやろー! 野郎じゃないな……。

こんな時、何と叫べばいいんだ? 誰か教えてくれ!



 まだ俺にしがみついてる薫と一緒にホームのベンチに腰掛ける。


「俺も悪かった。こんなことになるなら電車を使わなければ良かった」


「そんな事無いわよ。私がもっとしっかりしていれば……」


 急に女っぽくなった気がする。言葉使いのせいか?


「薫は大丈夫か? どこか痛かったりしないか?」


 ホームにアナウンスが流れ、扉の閉まる音が響く。


――ピリリリリリリ


「心が痛いわね」


――プシュー


 目の前を電車が走り出す。

色々な音が混じり、薫の言葉が上手く聞こえなかった。


「え? ごめん、もう一回言ってもらえるか? 聞き取れなかった」


「大丈夫よ。どこにも怪我はないし、痛みもないわ」


「そっか、良かった」


「そう。良かったのよ……、これで。ところであんたは平気なの?」


「だいじょーぶ! 色々と触られたが暴発しなかった!」


「聞いた私がバカだったわ。あんたも馴れてきたわね」


「まぁな。なぁ、そろそろ俺の事『あんた』ってやめないか?」


「なんでよ」


「俺達幼馴染だろ? 俺だって薫の事、名前で呼んでるんだぜ?」


「別にいいわよ。で、なんて呼ばれたいのよ」


 何と呼ばれたいか……。

純一? じゅんじゅん? ダーリン? じゅんいっち?

はて、言ってはみたものの、何がいいんだ?


「昔は俺の事なんて呼んでいたんだ?」


「ここで言うの?」


「別にいいだろ」


 ちょっと困った顔の薫。

そ、そんなに変な呼び方だったのか?

だったら普通に名前で呼んでほしいな……。


「耳、貸しなさいよ」


「舐めない?」


「舐めないわよ! 早くしなさいよ!」


 俺は耳を薫に近づける。

ドキドキドキ……。

そして、薫は俺に小声で耳打ちする。


「あなた」


 あ、な、た?





『ただいまー。今帰ったー』

『お帰りなさい、あなた』

『お、今日も裸にエプロンだね!』

『ご飯にする? お風呂にする? それとも わ、た、し?』

『この場でご飯だ! おかずはお前だー』

『あ、あなた、こんな所ではいや……』

『よいではないか、よいではないかー』

『ああん、あなたもえっちね』



 あなた……




「……てる?」


 へ?


「ちょっと! 聞いてる!」


 あ、ああ、うん。そうだね。効いてるね。

薫は俺の両肩に手をのせ、前後に思いっきり揺さぶっている。

俺の頭はガックンガックンしており、視界が行ったり来たり。

き、気持ち悪い……。


「だ、大丈夫。そ、その手を止めて……」


 やっと視界が安定した。

凄い破壊力だ。まだ耳に薫のぬくもりが残っている感じがする。


「で、どうすんのよ。なんて呼べばいいの?」


「普通に純一でいいよ。うん、普通が一番……」


「あ、っそ。じゃぁ、そうするわ」


 ベンチからスッと薫が立つ。

俺のマグナムは立っていない。大丈夫、平常心を保てば問題ない。


「行くわよ」


「いえっさー」


 再び薫と一緒に手を繋ぎ、ホームを後にする。

改札を出ると、商店街が見える。

数駅離れたが自宅のある町とたいして変わらないな。


「ほら、あそこに見えるのが私達の通う高校よ」


 商店街からちょっと離れたところにぴょこんと校舎らしきものが見える。



――な、なんだと!

俺の通っていた高校だ!

見た目はまんま。ちょっと雰囲気が違うけど、間違いない!

三年通った高校だ! あのでっかい時計、間違いない!


「か、薫! 早く行こう! 早く!」


「な、何あわててるのよ。そんなに急がなくてもいいわよ」


 いかんいかん。動揺してしまった。

でも、間違いなく俺の通った高校だ。


「早くイきたい! お願い、薫、イかせて」


「まだ駄目よ」


「そんな、我慢しないといけないのか? イかせてよ!」


「もう少し頑張って。そんなに早くイったらだめよ」


「お願いだ、我慢できない……、イかせてくれ」


「イきたいの?」


「イきたい!」


「しょうがないわね。だったら私もイくわ」


「いいのか? 一緒にイってくれるのか?」


「いいわよ。一緒にイきましょ」


 俺達をなぜがニヤニヤしながら見ている女性が数人。

頬を赤くしながら俺達の隣を通り過ぎていく。

何だあいつら。こっちを見て顔を赤くして小走りで去っていく。

失礼な奴だ。


 ……俺はちょっと考える。

やや大きめの声。駅のロータリーで会話をする若い男女の俺達。

その会話は近くにいた人たちの耳に入る。


 会話の内容は特に問題ない。

別に変な会話をしているわけではない。

変な人達だ。きっと男性の俺が珍しいのだろう。


「よし! 薫行くぞ!」


「随分張り切ってるわね」


「まぁな!」


 俺は薫の手を取り、高校に向かって歩き始める。

一体どんな学校だろうか?

以前と変らない事を、心のどこかで祈っている……。

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