第14話 人の恋路を邪魔する奴は……

 4月14日(金) 午後1時


 クラス全員が拍手する私服の女を見つめていた。

 男女共に憧れの視線を送り続けている。


「うんうん、梢……ちょっと見ない内に成長して……っ」


 うん、ほんとちょっとだよな。一日だけだよな。


「というわけで……はい、体操着と着替えと……下着と……ボディクリームと……洗顔と、乳液と……」


 あ、あの……どれだけ持ってきたん……?


「ふぅー……ほら、男子諸君!」


 バシィ! と美奈が手を叩いた瞬間、男子全員姿勢を正す。

 まるで軍隊だ……。


「そして女子諸君も!」


 そのまま女子も姿勢を正す。なんと花京院 雫までもが。


「何があったか知らないけど……私の妹にここまで言わせたんだから……何か言う事あるわよね……」


 まるで蛇に睨まれた可愛いヒヨコちゃんだ……全員震えながら、男女互いに頭を下げて謝っている……。

 ここまで統率された謝罪は初めて見るわ……。


「んじゃ、私帰るからー。じゃあね」


 まじで嵐みたいな奴だな……結局、何しに……って、あれ? 戻ってきた。

 そのまま顔を真っ青にして俺だけ拉致って女子トイレに。

 な、なんじゃ?


「あ、あ、あ、あんた、あれ……あれあれ……誰よ……」


 誰って……誰の事よ。


「な、なんで……なんで梢の……男バージョンが居るのよのよ」


 やべえ、ムッチャ震えてる……。

 まるでドッペルゲンガーを発見してしまったような……。

 というか、それは俺が聞きたいんだが……。


「美奈……俺、双子だったって知ってたのか?」


 途端に目を反らしながら冷や汗を滝のように流す。

 やっぱりか……知ってたか、コイツ。


「あ、あの、あのね? 梢……聞いて?」


 聞くさ。言い訳は聞かんが。


「っぐ……」


 言い訳するつもりだったんかい!

 この前、親父がした話も噓だったんだろ……。


「な、何故それを……どうやって気づいたの?」


 どうやってって……ラスティナの御蔭だけど……どう説明したら……。


『簡単ですよ。このお姉さんもFDWと契約してます。コネクト申請しますか?』


 うむ、頼む。


「……ん? コネクト申請……って、あんた! いつのまに……」


 生徒会長に脅しに似た方法で無理やり寄贈されたのじゃ。


「っく……あー、どうしよう……なんて説明すれば……」


 何がじゃ? はよコネクト申請許可しろや。


「…………わかった……梢……今日は家に帰ってくるよね?」


 うん、帰るつもりでござる。


「ゆっくり話すわ。とりあえず授業受けてきなさい」


 とか言いながら……親父や母親と相談するんじゃ……

 ジト目で見つめながら訴えてみる。


「わ、わかった、わかったから。とにかく、私もちょっと混乱してるのよ。時間をください、お願いします……」


 むむ、美奈が敬語だと……何なんだ、一体……。


「分かった……家で話してくれるんだな」


「えぇ……全部……話すわ。約束する」


 結局、美奈とはコネクトせずに別れる。

 なんなんだ、あの慌てぶりは……一体……と、再び戻ってくる美奈。

 次はなんだ!


「あの子も……連れてきて。いいわね」


 あの子って馬海の事か? わ、わかったでござる。

 そして今度こそ帰る美奈。

 馬海も連れて来いと言っていた……。


 あの美奈がこれだけ慌てるんだ。もしかして相当ヘヴィな話かもしれない……。




 教室にソーっと戻ると、まだ先生は来ていないようだった。

 皆で机を直しつつ席に着いている。

 俺は静かに教室に戻りながら、何事も無かったかのように席についた。


 なんか……さっきブチきれた事が……今更になって恥ずかしくなってきた……。

 な、何を言ったんだ、俺は……っ!


 女子の苦労がどうとか……そんな事わざわざ男子の前で……言う事じゃ……


「戸城さん……」


 その時、少し離れた席の女子。いつも俺達の悪口を率先して言っていた女子が俺の名を呼ぶ。


 なんじゃ? というか教室めっちゃ静まり返ってるんだが……。


「さっきは……庇ってくれてありがと……それから……ごめん……」


 グスグスと泣きだしながら謝ってくる女子。

 なんだろう、少し気が楽になった……気がする。

 俺も……少しは……女子になれただろうか。


 ……しかし……


 おせえ、数学の教師。なにしてんだ。

 もう時間過ぎてるぞ……って、あれ。クリス先生が入ってきた。


「エーット……皆さん、今日は自習してクダサイ。数学の須藤先生は急病デス。デハ」


 と、そのまま出ていくクリス先生。

 なんだ? 急病って……。


 ざわつく教室。誰もが疑問に思う。

 このタイミングで急病。


 そうだ、ラスティナが言っていた。犯人はセキュリティに詳しい警備員か……専門分野の知識がある教師。

 数学の教師なら……でき……るのか?


『出来ると思いますよ。理数系に強い人物なら問題はありません。私も昔は答えが確立している数学に夢中になった思い出が……』


 あ、いや、そういうのいいから……。


『まあ、折角の自習です。推理ごっこしようじゃないですか!』


 なんでそんな目キラキラさせて……


『まあまあ、こういうのは地道な捜査がジワジワ効いてくる物です。まずは一から状況を整理してみましょう』


 ふむ、まず避難訓練があって……物理の先生に言われて日下部君が引率して……クラス全員音楽室前に……。


『そこでストップです、梢さん。なんでクラス全員が教室を出たって分かるんですか? 一番最後に教室を出て、誰も居ないか確認したわけじゃないですよね』


 う、ま、まあ……最後に出た奴もそんな事確認したりしないだろう……。

 そう言われれば、その時点で全員移動したとは言えないのか……。


『ふふ、でも実は結構簡単に説明できるんですよ。シューターでほぼ全員降りたって』


 むむ、そうなのか?


『はい、あの時、出席番号順でシューターから降りて行きました。流石に自分の前の人が居なかったら気付くでしょう? 今日は誰も欠席してないんですから、誰かが気づく筈です』


 ふむ、確かに……


『しかし例外が居ます。馬海さんです』


 むむ、何故じゃ?


『馬海さんは今日転校してきたばかりです。そんな人の出席番号なんて把握してる人居ないと思いますよ』


 ナルホド……言われてみれば。


『ですが、今回の事件は明らかに複数犯です。カメラの遮断、体操着と下着の回収、そしてそれを男子更衣室に運び込む……全て一人で行うのは至難の業でしょう。仮に馬海さんがシューターで降りて無かったとしても、犯行は不可能です』


 ふむぅ。まあ私の弟がそんな事するわけないし!


『人は見かけに寄りませんけどね……ただでさえ梢さんの弟ですし……』


 どういう意味だ!


『まあまあ、とりあえず次に進みましょう。シューターで全員降りた後、点呼も取らずに教室へ戻りました。そして女子達は自分の体操着と着替えが無い事に気が付いた』


 ふむ、そうだな。


『ここで疑問です。なんで女子全員の体操着と下着を盗んだんですか? あの男子が言ってたように、美人三人衆の下着だけ盗めば大満足の筈です』


 大満足って……


『何が言いたいのかと言うと……体育の授業を中断させる程の騒ぎを起こす事が目的だったんじゃないでしょうか。その証拠に着替えと下着は男子更衣室に放り込まれただけだったんです。別にヨダレがついてたわけじゃないでしょう?』


 よ、ヨダレって……いや、あとでまた楽しむつもりだったかもしれんし


『梢さん、それなら保管場所もっと考えませんか? 男子の汗臭い更衣室に、貴重な戦利品を放り込むなんて……私なら絶対避けますよ』


 まあ確かに……つまり目的は戦利品じゃ無く、体育の授業を中断させる事?


『私はそう考えます。さて、次に考えるべきは……体育の授業が中断させる事で得をする人物は誰か、という事です』


 ふむ、誰じゃ? そんな事で得をするのは!


『普通に考えれば梢さんですよね、体操着忘れたんですから。体育の先生に怒られずに済みます』


 な、違う! 俺はやってない!


『冗談ですよ。ちょっとここで聞き込みしてみませんか? 体育の授業内容とか』


 ふむ、そうだな……じゃあまずは香川君に……ってー! 当たり前だけど爆睡してる! む、むぅ、起こすのは気が引けるな……。


『まあ普段の授業でも寝てますしね、この人……前の女子とかどうですか?』


 じゃ、じゃあ……ちょっと背名をツンツンしつつ……


「ん? 何?」


「え、えっと……体育の授業ってどんな感じだったのかな……」


 なんだ、この質問……女子も首傾げてるし……


「どんな感じ……今日は確かバレーだった筈だけど……あの先生厳しいから、みんな気落ちしてたね。ゲーって」


 ふむ、ありがとうと言いつつ再びラスティナと推理の続きヲ。


『厳しい先生ですか。となると、女子達も容疑者に含まれてきますね』


 ん? なんで?


『だから……気落ちする程、嫌な授業なんですよ? 中断しちゃえばコッチのもんじゃないですか』


 い、いや……たかがそれだけで……これだけの事件起こすか?


『まあ可能性の一つです。次は後ろの女子に話しかけてみましょう』


 なんかゲームみたいだな……。

 後ろに振り返りつつ、後ろの女子にも体育の授業ってどんなのだったの? と質問。


「あー、バレーだよね。何々? もしかして体育の教師が犯人? あのハゲ親父なら有り得るわー。体操着忘れた生徒連れて……倉庫の整理とかやらせてたらしいよ。なんかイヤラシイよね」


 ふむ、再びありがとうと言いつつラスティナと推理の続きヲ。


『なるほどー。体育の教師は男なんですね。しかも体操着を忘れた女子を倉庫に連れ込むとか……。梢さん危なかったですね、イタズラされてたかもしれません』


 勘弁してほしい……


『さて、まあ二人にしか聞いてませんが結構貴重な情報でしたね』


 どこがッスカ。


『まず、体育の授業は大半の女子が嫌がる内容だって事ですよ。厳しい先生、気落ちする程の授業内容、そして体操着を忘れた女子を倉庫に連れ込む……その先生に高評価は付けにくいでしょうね』


 ふむぅ。でもなぁ……授業を中断させるだけが目的ならもっと他にやり方あるんじゃね?


『梢さん、思いだしてみて下さい。以前からこの学校では上履きが無くなったり、女子寮の下着が紛失する事件が起きてました。そしてここに来て一年Sクラスの女子全員が被害にあった……誰でも関連付けてしまいますよね』


 ん? というと?


『つまり、梢さんの言う通り、体育の授業を中断させるだけなら他にいくらでも方法があった筈です。しかし今回、このような手段を取った理由はただ一つ。体育の先生が一連の事件の犯人だという疑いの目を向けさせる事』


 い、いや、でも無理ないか? 体育の先生だって避難訓練に参加してただろうし、簡単に容疑者から外されるんじゃ……。


『それを確認してみましょう。さてさて……四時限目の体育の先生は……井之頭先生ですね。ん? この人……生徒指導の先生でもあるんですね』


 あぁ、体育の教師って大抵怖いからな。


『避難訓練の時間帯、この先生は……ぁ、体育館で普通に授業してますね。女子達と楽しそうにバスケしてます』


 あ、バスケかぁ、久しぶりにやりたいな……忘れてる人も多いと思うが、俺は中学時代バスケ部だったのだ!


『貴重な情報ありがとうございます。ぁ、火災報知器が鳴って……女子達を外へ避難させています。何だ、別に普通の先生じゃないですか』


 そりゃそうだろ。


『てっきりセクハラしてる場面がカメラに写ってると思ったのに……ん? ぁ、そっか』


 そっかって?


『ちょっとヤヤコシクなるかもしれませんが、体育の先生を単純に追い出そうとするなら、カメラにセクハラしてる場面を写しちゃえばいいんですよ。もしも女子が今回の事件の犯人だった場合、こんな面倒くさい事しなくても、ちょっと胸をチラっと触らせるだけでOKです。あとはカメラの映像を警察にでも提出すれば……学校側はイメージが悪くなるのを懸念して体育の先生をクビにするでしょう。なにせ上履きや下着が盗まれた事すら外部に漏らさないようにするような学校ですから』


 ふむ、つまり?


『つまり……目的は体育の先生を追い出す事では無い……ってことです。ってー! 振り出しに戻っちゃったじゃないですかぁ……』


 ふーむ、推理すればするほど泥沼に嵌るな……


『ですね……。うーん……』


 その時、何やら相談するような女子の声が……。


「ねえ、どうする? 着替え……置いてく?」


「絶対やだよ……こんな事あったんだから……持って帰るし……」


 着替え……置いてく? って……前から準備してたって事か?


『ん? じゃあ……着替え自体は前日からあったって事ですか? そうなると……避難訓練の時に盗んだんじゃなくて……前日の放課後とかにも……』


 な、なんてこった……余計に分からなくなるぞ、そんなの。


『いえ、逆に犯人絞りこめますよ。この教室は授業が終わった時点で警備員の手で施錠される筈です。カメラを遮断したのは、あたかも避難訓練中に犯行が行われたと思わせる為……体育の先生が体操着を忘れた生徒を倉庫に連れ込んで掃除をさせるって話は本当みたいですから……女子からしてみれば、なんとしても回避したい状況です。ほとんどの女子が着替えを前もって準備してたんじゃないですか?』


 うん、だとして……なんで犯人絞りこめるん?


『教室の鍵を持ってる人物ですよ。警備員に担当教師……あとは……』


 あとは?


『放課後、なんらかの理由で呼び出され……あとで教室に荷物を取りに戻る生徒……』


 ん? いや、それって……。


『日下部君。確か昨日、反省文を書かされてたんですよね。その後、教室に忘れ物をしたから鍵を貸してくれとか言えば……普通に借りる事は出来ると思いますよ』


 いやいや、というか君、なんでそれ知ってるんだ。確か契約する前の話だったと思うが……。


『あぁ、梢さんが女体化したっていうのが信じれなくて……入学式から今までの記憶を読み取りました。大丈夫ですよ、梢さんが女の子になった自分の体を興味深々に弄り回してる所の記憶は忘れた事にしてますから』


 ひぃ! ちょ、それ以上言わないで!


『いいじゃないですか、別に。私が男になっても同じ事すると思いますよ。女体化した男子の特権って奴ですよ』


 ビシっと親指立ててくるラスティナ……いやぁ、もうお嫁に行けない……


『ご両親が悲しみますよ。花嫁姿ちゃんと見せてあげないと……さーって……監視カメラで確認してみますか……日下部君の放課後……っと』


 むむぅ……しかし見てもいいんだろうか……


『っと、教室内で日下部君が……やってますね……この席は花瀬さんの……』


 光の? ま、まさか……そのまま下着を……


『自分の鞄の中に入れてますね。ん? あれ、また誰か……この人は……数学の教師ですか?』


 な、なんじゃと?


『何か話してますね。ちょっと巻き戻して……音声も拾ってみましょう』


 数学の教師が入ってきた所まで巻き戻し……音声を再生するラスティナ。


『何してんだ、日下部……!』


『せ、先生……いや、これは……その……』


『日下部、元に戻せ。くそ、もうカメラのデーターは消せないな……』


 ん? 消せないな……って


『せ、先生……違うんです! ぼ、ぼく……別に花瀬さんの下着で……変な事しようとしてるわけじゃ……』


『分かってる。まて、今考えてるから……』


 何をだ。なんか……この二人どんな関係なんだ?


『日下部……女子の下着と……体操着を全部あるだけ回収しろ。それを男子更衣室に運ぶんだ』


 な、なんだって?

 そのまま二人で女子の体操着と下着を回収する二人……。

 う……なんか見てはいけない物を見てる気がする……。


『いいか、日下部。明日避難訓練がある。誰が犯人かなんて誰も調べない。だがカメラに写ってしまってる以上、今日の映像はもう消せない。なら……人間の目を明日の監視カメラの映像に集中させるんだ』


『で、でも先生……誰かが確認したら……』


『心配ない、俺に全て任せろ』


 そのまま二人で男子更衣室に体操着と下着を運び込む。

 なんてこった……この二人が……。


 黙ってみていたラスティナ。

 何か察したように、モニターを閉じる。


『やっぱり……素人が推理ごっこなんてするもんじゃ無いですね……このまま何も知らないフリしましょう。数学の先生が急病っていうのは……恐らく……』


 と、その時授業の終わりを告げる鐘が。

 ふむぅ、今日の五時限目はこれで終わりか。


 休み時間になり、皆一斉に席を立って事件の事を話し始めた。犯人は誰なのか、と。


 思わず日下部君をチラっと見てしまう。

 う、うーむ……なんか震えてるようにも……見えなくもない……。


 次の授業はなんだっけ……確か公民……。


 ん? なんかクリス先生が入ってきた。あれ、貴方は英語の教師ですぞ。


「エー、皆聞いてクダサイ。突然ですガ、今日の授業はこれで終了デス。そしてこれまた突然ですガ、土日の休みに続いて月曜日も休みデス。なので次の授業は火曜日からという事デ。三連休となりますガ、各自予習復習を怠らないようニ。では各自、寄り道は程々にして帰宅してクダサイ。あ、それと……火曜日これまた、いきなりデスガ……各教科のテストします。ちゃんと勉強するんですヨ」


 そのまま教室から出ていくクリス先生……ってー! テスト!? 俺まだまともに全教科の授業すら受けてないんですけど!


『まあ大丈夫ですよ。梢さんの学力なら心配ないでしょう。それより三連休ですよ! どこか遊びに……』


 いや、それよりも……俺は家族会議が……。

 何故、俺と馬海が双子の兄弟だと言う事を隠していたのか……今は、ぶっちゃけそっちの方が気になる。


 それぞれ教室から出ていく生徒達。男子達は特に嬉しそうにしている。

 俺も普段ならメッチャ喜んでたろうな……。しかしとてもそんな心境には……。


「梢、帰りましょ。今日お泊り会するんだから。ね?」


 花京院 雫! 

 あ、そうだった、そんな話もしてたな……ど、どうしよう……家族会議するから無理だって言わないと……。


「梢の家かぁ、楽しみだね~」


 あぁ、光まで……ぅ、そうだ……馬海も連れて来いとか言われたんだった。

 どうしようかな、なんて誘えば……。


 その時、日下部君が近づいてきた。むむ、なんじゃ?


「あの、花瀬さん……ちょっといいかな……」


 むむ? そのまま光と日下部君は教室から出ていく。

 顔を見合わせる俺と花京院 雫。


 気になるな……光が襲われてしまうかもしれん!


 いや、日下部君がそんな事する筈無いか……。


「様子みてきましょう。気になるわ……もしかしたら……日下部君、光にコクったり……」


 なにぃ! いや、それならそっとしておいた方が!


「いいから行くわよ。光は間違いなく断るだろうし……逆上した日下部君が襲い掛かるかもしれないわ」


 そんなバカな……って、俺もさっき同じ事考えたけど。




 光と日下部は理科準備室へと入っていく。

 俺と花京院 雫はそっと聞き耳を立てつつ、様子を伺う。


「あの……実は……花瀬さんの下着……盗んだの僕なんだ……」


 はい? おい、それ今カミングアウトするのか?

 な、なぜに?


「だ、だけど……カメラにそれ写ってるのに気が付いて……だから、避難訓練中にわざと女子全員の下着盗んで……だ、だから、先生達に……言ってほしいんだ、犯人は僕だって……」


 ちょ、ちょっと待て。

 なんで光に言わせるんだ。

 そもそも、それを教師陣が信じるとでも思ってるのか?


 光も困っているようだ、何がなんだか分かっていない様子……。

 んー、俺はあのカメラの映像見たからな。

 それでも……なんで日下部君はそんな話を光に……。


『数学の教師を守る為ですよ。梢さん本当に鈍感ですね』


 うぇ……ラスティナ酷い……って、なんで?


『まだ分からないんですか。日下部君と数学の教師は恋仲です。だからお互いに守ろうとしてるんですよ』


 え、え!? いつの間にそんな話に?!


 ど、どうなってんだ、一体……。


 その時、初めて口を開く光。自分の下着を盗んだ男を目の前にして……


「日下部君……嘘つくの下手だよね……なんでそんな話するのか良くわからないけど……」


 まあ、誰でも噓って分かるよな。特に光は花京院 雫の推理を聞いてたんだ。とてもではないが、今回の騒ぎは日下部君一人で出来る事では無い。


「う、嘘じゃないよ……花瀬さんの下着を盗んだのは……本当だし……」


「じゃあ、それ以外は嘘なんだよね?」


 うっ、日下部君、自分から墓穴掘ってる……。

 ん? なんかガサゴソ音が……。カバン探ってる……?


「はい、私の下着で良ければあげる。さ、さすがに使用済みは無理だけど……」


 って、うおぉい! 光!

 なんて事してんだ! 女の子が自分から下着あげるなんて……


「これで、日下部君が犯人だなんて私は言えないから。私が自分からあげたんだから」


 い、いや、ごり押しだな……。

 日下部君受け取ったのか?


「うっ……須藤先生が……僕を守って……クビになっちゃうんだ……」


 ん? 須藤先生って……数学の教師……。

 やっぱりラスティナの言う通り、二人は……。


「全部僕が悪いんだ……だから、僕が……」


「日下部君が全部正直に話したら……一番悲しむのは須藤先生だよ。日下部君がしようとしてるのは、ただの自己満足。そもそも自分が悪いって思うなら……その苦しみを一生背負い続けるべきだよ……」


 え、え? ひ、光さん? なんか……凄い重い会話になってんですけど……。


「じゃ、じゃあ……僕はどうしたら……」


「耐え続けるの。須藤先生の思いを無駄にしないために……犠牲になった人が居て……自分がその御蔭で今生きていられるって事を忘れないで……」


 いや、ちょっと……そんな重すぎる方向にもっていかないで……! 


 さすがに日下部君も光に圧倒されて何も言えない様だ。

 ぁ、やべ……光が出て来る……。

 か、隠れないと……!


「僕が……僕がやったんだ! 僕が悪いんだ!」


 ん? なんだ? 何かが倒れる音。

 と、その時勢いよくドアを開け放つ花京院 雫。

 ってー! 見つかっちゃったじゃないか!


 ん? なんか……光の上に日下部君が覆いかぶさって……押し倒してる!?


「日下部君。話は全部聞かせて貰ったわ。分かったから光から離れてちょうだい」


 光を襲って……罪を被ろうと? いや、無理あるだろ、そんなの……。

 そんな事したって誰も信じないぞ。


 流石に花京院 雫の迫力に押されて、日下部君は光から素直に離れていく。そのまま蹲ってしまう。


「要は……須藤先生を守ればいいんでしょ? そんなの簡単よ。私に任せなさい」


 え、え? あの、花京院さん?

 そのまま何処かに携帯で電話を掛ける花京院 雫。


「あ、私よ。バカ兄。生徒会にでも何にでも入ってあげるから……私の命令を聞きなさい」


 バカ兄って……相手は生徒会長か……。

 なんてデカい態度なんだ……っ。


「えぇ、学校に脅しを掛けて欲しいの。簡単でしょ?」


 ……雫さん怖い。




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