やまなし たになし
六つ花 えいこ
第1話 夏はもつ鍋。ちゃんぽん麺はさらなり。
「うちに帰ると妻が必ず、恋ダンスを練習している」
仕事から帰宅したばかりの夫を見て、Tシャツに高校時代のハーフパンツというかなりマジよりのマジな格好をしていた梨帆は、首からぶら下げていたタオルで口元を覆う。
「そういう時は、見てない振りをするのが紳士ってもんよ」
「この間はポッキーダンスだったね」
馨が腕をまくる。まだ手を洗っていなかったのだろう。陽気な音に釣られてリビングにやってくるとは、20代半ばも過ぎたというのに、中々可愛いところのある夫である。
「ガッキー可愛いから……ガッキーが可愛いのがいけない……」
テレビで流していた動画を停止すると、梨帆は馨について行った。特に何をするわけでもないので、手を洗っている馨の背中に背で乗る。重そうな空気も出さずに、馨は手を洗い続ける。
最近変えたばかりのハンドソープの香りが、梨帆はお気に入りだ。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「ちなみに、帰ってきてたのはちゃんとわかっていました」
「そうだね」
「これはほんとです。女に二言はない」
「そうなんだ」
「でもさ、旦那さんが帰ってきてすぐにテレビ消したらさ『あ、こいつ今、ちょっとムフフなの見てたんだな』って思われるかなって思うじゃん?? だからつけてたの。しょうがないじゃん??」
「踊りまで続けてなきゃいけなかった?」
「車と私は急に止まれないからね……」
そっか、と言いながら馨がリビングに戻るので、梨帆もついていく。
「まあ梨帆さん基本的に運動不足だし、いいと思うよ。ダンス」
「蒸し返しますなあ」
「蟹歩きステップも可愛かったし」
「下手って素直に言ってくださってけっこうですけど!」
梨帆は冷蔵庫から鍋を取り出す。既に用意していた鍋を火にかけながら、冷蔵庫から麺のパックを二つ取りだし、馨を睨んだ。
「本日はもつ鍋です」
「はい。ちゃんぽん麺がいいです」
うどん麺とちゃんぽん麺を持っていた梨帆に、すかさず馨が手を挙げる。
「では、わかりますね」
「とても可愛いガッキー梨帆ちゃんでした」
「私なんぞがガッキーに追い付くわけないでしょ!!」
「ガッキー可愛い! 梨帆も可愛い!」
「よし」
梨帆はうどん玉を冷蔵庫に戻す。
馨は嬉しそうにテーブルにつき、スマホをいじる。
「今日はなんかいた?」
「目新しいのはいなかったよ」
「ふーん」
スマホを取り出し、最近馨がはまっているゲームアプリ、ニコモンGOの画面を覗き込む。梨帆はやっていないが、歩けば歩くほど恩恵が受けられるというゲームだ。
田舎のため、家の周りに出現するモンスターは多くない。それでも偶に出てくるモンスターをタップしては、必死に捕まえるという行為を、梨帆がもつ鍋を温め直す間、馨はせっせこ行っていた。
夕食を食べ始めても、スマホは横に置いたままだ。梨帆は別にそれを不満に思ったことはない。梨帆自身も見たい動画を見ながらご飯を食べたり、食べたいときに食べたい場所で、テーブル以外で食べる時もある。
〆のちゃんぽん麺は、先に茹でる派だ。もつ鍋から少しスープを取り、別の小さなフライパンで麺を茹でて鍋に加えると、鍋のスープがどろどろにならない。
「あ、それ新しいモンスターじゃないの?」
「残念。これはもういる」
「そっかー」
麺を啜りながら、二人で小さなスマホ画面を覗き込む。画面が大きなタブレットもあるのだが、持ち歩きに不便なことは言うまでも無い。
「明日の土曜日、ニコモン捕まえに行こっかー」
「別にそこまでせんでもいいよ」
「おっ、馨氏は既にデートプランを用意していると、そういうことですね……? ヤッタァ!」
馨はズズズと麺を啜る。
そして小さく頭を下げて「ニコモン捕まえについてきてください」と言った。
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