桜の記憶

 何をやっているのだろうかと訝しみつつ近づいて行くと、彼女が見ているのが消火栓設備であることがわかる。


「……?」


 どことなく不安を覚えながら見守っていると、そっと桜の右手が非常用ボタンに向かって伸びはじめた。


「――はいストップ。馬鹿なことはやめろ馬鹿」


 即座に近寄り、悪魔少女の腕を掴む。


 昨日の自販機未遂と似たような展開だなと思いつつ、桜を消火栓設備の前から移動させた。


「雄治……? 何、いきなり」


 俺が現れたことに驚いたのか、桜は意外なものを見るかのようにこちらを見上げてくる。


「何? じゃないだろ。お前はいったいどんな思考回路してるんだよ?」


「え?」


「お前今、非常用ボタン押そうとしてただろ?」


 言いながら、俺は赤いボタンを指し示す。


「……いや、押そうって言うかあれ押すとどうなるのかなって思っただけで」


 困ったようにまごつきながら、桜が答える。


 その返答に、俺は半ば呆れながらため息をついた。


 どうも最近ため息の回数が増えてきている気がするが、たぶん気のせいではないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る