桜の記憶

 本屋にいた時のことを思い出したか、顔をしかめて桜は言葉を吐いた。


「白峰さんもいたからなるべく普通に振る舞っていたけど、何だったのかなあれ」


「心当たりとかないのか?」


「あるわけないでしょ。この世界に知り合いなんかいないし、あたしに意識を向けてくる人なんて――」


 言いかけて、桜の口が止まった。


 そのまま、考え込むかのように視線を床に落とす。


「……どうした?」


 しばらく待っても反応がなかったためそっと声をかけると、桜は恐る恐るといった風に言葉を再開してきた。


「今思ったんだけど、ひょっとしてあたし以外にも異世界から紛れ込んでる存在がいたりしないかな?」


「え?」


「だから、あたしと同じように別の世界からこっちに来てる何者かがいたりするのかなって」


「……」


 桜の話す内容に、俺は暫し声を出すことを忘れる。


 桜の他にも異世界からやってきた何者かがいる。


 そんな可能性、考えてもいなかった。


 だけど、現に桜がここに存在する以上、あり得ない話と切り捨てることはできない。

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