第20話 こら!

美月といろはの棚田通いが続く。

美月はともかく、いろはは疲労困憊こんぱいしていた。

朝早くから夕暮れ時まで同じ風景の中、泥水に足を浸し、腰をかがめて小さな指輪をひたすら探す作業。

「お疲れ」

いろはをねぎらう。

美月は、美矢と二人で風呂に入っている。

「今日で何日目でしたっけ?」

日付の表示も無いのに、壁に掛かった時計を見る。

「五日だ」

俺がそう答えると、電源の入っていない炬燵こたつに足を突っ込んでいたいろはが上体を起こす。

「じゃあ、明日出来上がるんすか?」

「ああ」

「そこから指輪の劣化作業して、三日くらいっすか?」

「ああ」

「あと三日かぁ」

いろはは再び身体を倒して、両手を大の字に広げた。

「悪いな」

「いやぁ、トノサマガエルの太郎と友達になっちゃいましたよ」

冗談めかして言うが、かえると友達になるくらい、ひたむきで寡黙かもくに作業を続けているのだろう。

「……ホントのこと言うと、あたしは結構サボってるんすよね」

「うん、それでいいよ」

「服の汚れ方、全然違うっしょ?」

そこまでは把握していない。

ただ、美月なら手を抜かないであろうことは判っている。

だから十日にした。

それ以上に期限を延ばすと、アイツは身体を壊しかねない。

「送り迎えだけでも良かったんだが、見張っていてほしかったんだ。申し訳ない」

「……判るっすよ。見てると辛くなっちゃいますし。愛されてるんだから指輪なんて無くてもいいじゃん、なんて思っちゃうくらい必死だし」

たぶん、いろはの考えの方が普通だろう。

失くしたことを悔みはしても、ほどほどのところで折り合いをつける。

新しい指輪が買ってもらえるなら、それを喜ぶ場合もあるかも知れない。

けれど、美月はそうではない。

アイツは自分の愛された証を求める。

そこに、自分の存在意義を見出すからだ。

愛された証、存在意義を失くした事実は、アイツにとって許せないことなのだろう。

本当は、当たり前のように俺達はその存在を祝福しているし、失くしたことなど、美月の価値に何ら影響は無いのだが。

「孝介サン」

「ん?」

「あたし、指輪が見つかったら帰るっす」

「べつに、好きなだけいてくれていいんだぞ?」

「あたしは勉強しなきゃだし、ここにいると甘えてしまいそうだし」

確かにコイツが勉強している姿、見た憶えが無い。

料理もそうだ。

甘えてしまいそうと言うより甘えまくりだ。

「同じ大学に受かったら、ここに下宿していいっすか?」

「ああ」

それが難しいことは知っている。

あの二人といろはの成績は、随分と差があったようだし。

「ここは……天国みたいっす……」

まるで寝言みたいに呟いたかと思うと、いろははそのまま寝てしまった。

「……同感だよ」

俺はいろはの寝顔にそう返事して、心の中でひとこと付け加える。

あの二人がいるのだから。


翌日、予定通りに指輪を受け取る。

サンドペーパーを使おうかと思ったが、不自然になりそうなので躊躇ちゅうちょする。

まずは自分の小指にめて、畑で使うような柔らかめの土をいじってみる。

学校をサボって付き合ってくれている美矢の指輪を見せてもらい、傷が付きやすい場所を確認する。

美矢が言うには、美月は普段から指輪を外さなかったものの、やはり傷は付かないように気にはしていたので、光沢にそれほど差は無かったらしい。

ただ、美矢の指輪と新品を並べてみると、やはり光沢に微妙な差があるから、目には見えないような微細な傷があるのだろう。

美月のものにも、それ相応の傷があるということだ。

丁寧に丁寧に、軽く土を握り、水で洗うという動作を繰り返す。

目の細かいサンドペーパーを軽く当てたりもする。

出来ることなら今日中に済ませ、明日には発見させてやりたい。

というのも、日を追うごとに美月は元気を失っていくからだ。

見つけてやる、といった気合いみたいなものが段々としぼんでいき、見つからないのではないか、といった不安が増してきている。

「こんなもんかな?」

美矢の指輪と並べてみる。

ほんの少し、気持ち程度に美矢のものより輝きが鈍い。

「うーん……あっ!」

「ど、どうした!?」

「こんなところに大きな傷が」

……。

俺は指輪を小指に嵌めていた訳だが、外側に当たる場所に、大きいというか、やや深い傷が出来ていた。

薬指に嵌めていたなら、両側に指があるので傷が付きにくい場所でもある。

土の中に小石でも混じっていたのだろうか。

目立つと言うほどでもないが、気付いてしまうと気になりだす。

「よ、四個めを……」

「こら! こーすけ君!」

「は、はい」

「これくらい、田圃たんぼの中で付いた傷ということでいいでしょ?」

「そ、そうかな」

この傷が、失くした自分を責める材料にならなければいいが。

「こら!」

考え込むと、また優しく叱られる。

「心配しすぎだよ」

人差し指で、俺の額を突く。

「……うん、そうだよな」

「いろんな遍歴を経て、自分と共にあるものだし」

失くしたことも、いつか思い出になって、この傷すら懐かしく思えるのだろうか。

「こーすけ君が付けた傷って知ったら、それはそれで価値が出るよ」

「いや、バラす訳には」

「だから、バレてもバレなくても、その気持ちが大事なんだから心配いらないって」

美矢は笑顔だ。

そして笑顔のまま恐ろしいことを言う。

「タマちゃんがつべこべ言うようなら、押し倒して愛してるを連呼すればよろしい」

「いや、おま、それは」

「それが真理なのだよ、こーすけ君」

ニッコニコだ。

この笑顔こそが、真理だよなぁ……。

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