最弱だと思ったけどじつは【最強の魔神】でした ~スライム娘と戦うレベル1の魔神~
サナギ雄也
第一章 【出会いと始まり】編
第1話 異世界への召喚
――それは、最強のちからを秘めた少年の物語。
五十三点。
六十一点。
五十七点。
最近の
いや、つい最近ばかりのことではない。これまでずっと、彩斗の成績は似たようなもの。
小学校のときも、中学校のときも、いまいちぱっとしない。平均点より少し上か、下回る程度。
テストの成績だけではなく、何をやってもそうだった。特に得意なこともなく、興味があることもない。
毎日が『なんとなく』過ぎていくだけの、平凡な日々。
「なあ、学校終わったら、駅前のゲーセン行かねえか」
「新しい喫茶店できたの。すごくお洒落なんだって! 行こうよっ」
「この前部活でさ、得点入れたんだよ。そしたら監督がさー」
クラスの皆を見ると、とても輝き、はつらつとしているように見えた。色々なことに熱中して、毎日を謳歌しているその光景。
時には笑い声が出て、騒ぐ姿は彩斗には眩しく思えた。
「よーし、お前ら、静かにしろ」
全ての授業が終わり、帰りのHRの時間。後頭部をがしがし掻きながらやってきたのは担任の男性教師だ。
「さっき返し忘れていた英語の答案用紙を返すぞ。またすぐテストがあるから、勉強に励むようにな」
「ういっす」
「面倒くさー」
「また補習はマジ勘弁」
余裕を見せる生徒、愚痴を呟く生徒の声がそこかしこから飛び交う。次々と名前を呼ばれ、用紙を取りに行っては、ガッツポーズや変顔を晒す生徒たち。
「あの、先生。ボクだけ答案用紙が返されてないんですけど」
他の全ての生徒に用紙が返却された後、彩斗がおずおずと手を挙げながら告げた。
「ん、あっ、すまん。及川の分がなかったか。……おや? ちゃんと全員分持ってきたと思うんだが、どうやら及川のだけないな」
「そ、そんな……」
「ぎゃはは、及川、また忘れられてるし」
「彩斗くん、影が薄いもんね。どんまい」
見慣れた日常風景である。答案を忘れられるなんてことはよくあることで、授業の始めの点呼も、彩斗の時だけよく忘れられる。
最もひどいと彼が思ったのは、遠足で彩斗が来ていないのにバスが出発してしまったことだ。あの時は目の前でバスが走っていってしまって、どうやって皆と合流しようかと冷や汗が出たものだった。
そこまで影が薄くなる原因は、ただ一つ。
彩斗のあらゆる点が、全て平均的だからだろう。顔も『よくある顔』、体型も中肉中背、髪型も特に工夫を凝らさない形で、平均的な男子学生の代表格。
あまりに普通過ぎて、印象に残らない。
だから影が薄い。
それでついたあだ名が、『影の帝王』である。
皮肉だった。
そのあだ名すらもすぐに忘れ去られて、「そういえば及川だけクラスであだ名使われてないよね」などと言われる。
なんだかなぁと彩斗が思っていると、
「えーと、及川以外にはプリント行き届いたか。あ、そういえばこの前に渡した進路希望調査、全員出したか? 忘れるなよ」
担任の言葉に、彩斗がふと思い出したように、
「あ、すみません先生、ボクはまだ出してないです」
「よし、全員出したのか。それじゃあこの件はこれで終わりだな」
「あの、先生、ボクまだ出してませんってば……っ」
「あ、すまん及川、声に気付かなかった」
「おおあ……」
彩斗は声も平均的なので、たまに聞き流されてしまうことすらあった。よく「及川の声って、ガヤにぴったりだよね」などと言われる。
思わず小さな嘆息を洩らしているうちに、HRが終わる。放課後を示すチャイムが鳴り響く。クラスメイトがそれぞれ部活や趣味に没頭するべく、席を立ち上がっていった。
なんとなくそれにならって彩斗も席を立つが、特に放課後にやりたいこともない。いつも通り最寄りの駅に行って、いつも通り寄り道もせずに帰るだけだ。
ぼんやりと景色を眺めながら彩斗は帰路につく。夜気の中で、自動販売機の明かりが映え、犬の遠吠えが聞こえ、かすかに電車の走る音が届いてくる。
「今日の宿題、また多いな……どれから片付けようか」
そんなことを呟きながら、彩斗は何気なく右手の甲を見た。
――何をしても平均的、影が薄い彩斗において、唯一普通とは『違う』ものがそこにある。
『火傷の痕』
少しばかり爛れた皮膚。刀を走らせたような形の線。薄っすらとしか見えず、言えば気づく程度のものだが、その部分だけ特徴らしい特徴がある。
それだけが、異質なものだった。
物心ついたときからあったもの。
どうして負った火傷かはわからない。両親も知らず、聞いてもわからないと言っていた。おそらく小さな頃に一人で遊んでいて、父のライターか何かで負ったのだろう。
大した傷ではないが、ふとした瞬間、彩斗はこの火傷の痕を見つめることがある。
平凡。
平均。
没個性的。
色々な表現をされることがある彩斗だが、なんとなくこの火傷の痕だけは気に入っていた。いや、気に入るとは少し違う。まるで相棒のような、自分の半身のような、そんな妙な感覚が湧き上がるのだ。
中学生のときはこの火傷の痕を使って個性を作ろうかと思ったときもあった。ゲームや漫画などに影響されて、
『いでよ、遥かな太古に封印されし、闇の眷属よ!』
などと、中二病まっしぐらな事をクラスメイトの前で言ったこともある。
もちろん一日限りの笑い話で終わり、影が薄い生徒の称号は覆らなかったのだが。
久しぶりに、これでふざけてみようかなと彩斗はふと思いつく。
「――いでよ、悠久の時にたゆたう、魔神の系譜よ。……なーんてね」
くすりと笑う。他愛もない行動だった。帰り道に思いついた、何の意味もない、おふざけな台詞。そのはずだった。
けれど――。
「……え?」
突如として地面に紋様が現れる。
三角形や台形を始めとした図形、円の羅列、見たこともない文字が整然と現れては、淡い光を放っていく。
「う、嘘でしょ……?」
紋様から、烈風すらもが出現して、彩斗はパニックになる。何だこれ、何だこれ、いったい、何がどうなって――!?
異常は急激に加速する。視界にあった自動販売や住宅の壁、電柱などが色を失ってぼやけていく。彩斗の体を襲うのは浮遊感と脱力感。引き裂かれるようにして景色がばらばらになる。色が、音が、見慣れた光景が細切れになって消え失せる。
「た、助け――」
声すらも光と風にかき消された。茫漠と広がり続け壊れていく景色の様子。彩斗は、地面の紋様に引きずり込まれる感覚を抱き――。
圧倒的な光の奔流に呑み込まれ、彼は意識を失った。
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