第4話「屍人と踊る」

  

「こりゃあ、まあ……」


 新たに発見された第一階層の未到達エリア、そこにと続く道を見やりながら、アシュとランヴァーは。


「ずいぶんな、散らかしようであって……」


 その惨状、天井から降り注ぐ光の中で魔物の死骸やら「冒険者」の遺体やらが散乱している通路を見て、互いに顔を見合わせる。


「どうするか、アシュ?」

「どうするもこうするも……」


 おそらくはランヴァーの言っていることは、死体を漁るかどうかを聞いているのだとは思うが、アシュの目から見て。


「何か、俺達は出遅れたようだな」


 冒険者の遺体も、そしてゴブリンを始めとする魔物の遺体も、全てが何者かに荒らされた後である。


「だがな、アシュ」

「ああ」


 ランヴァーが次に言いたいことはアシュには解る。単にこいつらは死体漁りにやられただけではないと言っているのだ。その証拠は。


「食い散らかさせた痕がある……」


 ここら一帯の、石畳に覆われた通路は空気が冷たくそれほど匂いはしないが、それでも血と肉の薫りはアシュ達の鼻孔を苦しめる。


「グールでもいるのかもしれないぜ、アシュ」

「ああ……」


 そう言いながら、ランヴァーはその背に背負った魔法の大剣、それを括り付けてある革紐のボタンをパチリと外す。かなりの長さがある両手剣なだけに、上手く鞘が作れないのだ。


「グールか……」


 グールとは屍肉を漁る生き物であり、生きながらにして人肉の味を覚えた男女の成れの果てだという。


「アンデッドでない分、俺の剣も通じるが……」


 アンデッド、不死生物は魔法か神の加護を受けた武器でないと止めを刺すことが出来ない。その分グールは戦いやすいとはいえ、アシュはランヴァーのような専門の戦士ではない。まさしく盗賊崩れだ。


「おや、あれは……?」

「どうした、アシュ?」

「ルーシーだ」


 さすがに戦場漁りをしてきているだけあってアシュの目は良い。クロスボウを構えたままのルーシーが、その長い髪を後ろへ無造作にひっつめたまま、何かを探している様子が見えた。


「おおい、ルーシー!!」


 そのアシュの大声にルーシーはピクリと身じろぎしたが、アシュ達だと解るとそのクロスボウの先を微かに下げる。


「何をやっているんだ!!」

「あんた達と同じことよ……」


 ガァ……


 ブーツで無造作にその辺の死体を蹴り飛ばしながら、ルーシーは通路の壁面、そこへ注意深く視線を這わせたまま、アシュ達の元へとやってきた。


「この死体の群れのなかにね、あたしを裏切ったお仲間がいるのよ」

「裏切った、お仲間?」

「そう、一時的なモノだったけどね」


 忌々しそうにそう吐き捨てるルーシーは、そう言いながらも壁面、そして高い天井へとチラリチラリと視線を向け続ける。


「手を組んだはいいけど、魔法のレイピアを見つけた途端、一方的に仲間を解除して」

「ほう……」

「その上、あたしを旨そうな女だと言い、いきなり……」


 そこまで言って、ルーシーはその辺に唾を吐きつける。


「ああ、思い出しただけで吐き気がする!!」

「そりゃ災難だったな、え?」

「何も心がこもってないわよアシュ、その言葉は」

「当たり前だろ、他人事なんだから」

「フン……」


 不機嫌そうに顔をしかめながら、それでもルーシーは周囲へとその視線を張り巡らせている。


「いったい、何をやっているんだ?」

「知らないの、ランヴァー?」

「何が?」

「この通路、壁や天井から魔物が湧いてくるのよ」

「へえ……」


 ランヴァーがそんなに驚かないのは、第二階層にも同じような所があったからであろう、話だけはアシュも聞いている。


「このゴブリンもか?」

「ゴブリンは最初からいたと思うけど……」


 グニュ……


 その時、アシュがその手をついていた石壁が。


「な、何だ!?」


 まるで生き物の内臓のように蠢き。


 グゥア……


「く、くそ!!」


 突如として現れた「口」により、あやうくアシュの手が噛みつかれそうになった。


「このやろう!!」


 そのまま半歩、アシュは背後に下がったはいいが。


 グ、ニュウ……


 床の死体群に足がひっかかり、そのまま後ろへと尻餅をついてしまう。


「アシュ!!」


 その壁から這い出た魔物、アシュの知識では恐らく「グール」であると知らせてくれる魔物に対して、ランヴァーが魔法の大剣を一薙ぎする。


「た、助かるぜ!!」

「ここじゃ、こちらに不利だ!!」


 そのランヴァーの言葉はアシュには言われるまでもない、アシュが得意としているスリングはこの狭い空間では使えないし。


「チッ!!」


 次々に壁から出てくるグールに対してルーシーも一発だけクロスボウを放ったが、その魔物の鉤爪による一撃は再装填の時間は与えてくれない。そのまま彼女ルーシーは腰からダガーを抜き、威嚇の為に軽く振ったが。


 シャアァ……


 魔物達は全く怯む様子もなく、そのままアシュ達にと飛びかかる。その人型の魔物、無毛であり眼だけが爛々と輝き、そして腐臭を漂わせる人食いの魔物達はその爪を振り回し。


「う、うわ!?」


 アシュの手に持つ安物のショートソードを叩き折り、そのまま彼にと飛び掛かる。


 グゥ!!


 一回転、屍肉達の上で身を捻ったアシュの真横でグールはその床にと転がる「物」にとその牙を突き立てる。目標がそれた事に一瞬安堵したアシュであったが。


「アシュ、また来たぞ!!」


 ランヴァーの大剣も、この狭い通路では本領を発揮しない。その間を潜ってグールの爪がアシュ達を襲う。


「きゃあ!!」


 その爪がダガーもろともルーシーの皮鎧を引き裂き、その内側の服が紫色に染まる。アシュの聴いた話では恐らく麻痺毒だ。


「くそ、何かないか!?」


 相手の方が身が素早い、逃げる事も難しいと思ったアシュは、覚悟を決めて死体の山の中から何か得物を探す。その彼の手に、何か固い物が当たった。


「ええい!!」


 ザァ!!


 仏さんから引き抜いた棒状の物体、それは黒い光を放ちながら、目前まで迫ったグールの身体を引き裂く。


「レ、レイピア!?」


 淡く光る所をみると、恐らくは魔法の武器なのだろう。


「もしかすると……」


 ルーシーが言っていた、魔法のレイピアなのかもなとアシュは思った。だがその考えに浸る間もなく。


「アシュ、得物があるんなら早く助けろ!!」

「お、おう!!」


 大剣でグールをはね飛ばしたランヴァーからの催促に、アシュは身体が痺れて脚を引きずっているルーシーの支援に向かった。その時。


 キィン……!!


 何か、鈴の音に似たような音と共に閃光が通路へと迸り、グール達が声にならぬ悲鳴を上げる。


「ディスペルだ……」


 通路の彼方から僧侶風の女がその両手から放った光。その退魔の光は正確にはアンデッドではないグールにも有効であるらしい。

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