第四章 家出令嬢と痴女銀狼

082, 4-01 殺人未遂と面倒な依頼

前回のあらすじ

 おねショタっぽい



今日はいい日だ、と思っていたのに見ず知らずのイカれた女に殴られた俺。

怒りの気持ちを押し留め、衛兵に突き出すことも出来るのに、寛大に謝罪と賠償を要求すると、倒れていた冒険者の一人が起き上がり、周りの冒険者を起こし始める。

だが、『よくもアニキをー』と叫んでいた舎弟しゃてい冒険者は目覚める気配がない。


俺は常に身体強化を使っている。

そんな俺が殴られたのだから、ポニテ女は身体強化を使っていたのだろう。

他の冒険者も、ポニテ女の動きを見て咄嗟とっさに身体強化を使ったようだ。

舎弟しゃてい冒険者は、おそらく中級冒険者に面倒を見てもらっている新人冒険者。

つまり魔法が使えないか、使えても下手かだ。

そんな奴に身体強化を使ってカウンターパンチ入れればどうなるか。



舎弟しゃてい冒険者に近づき魔力波魔法を使う。

首の骨が折れている様子はない。

たぶん脳震盪のうしんとうだろう、と頭のあたりに回復魔法を使ってやる。

脳震盪のうしんとうの詳しい仕組みなど知らないが、魔法はイメージだ。

漠然ばくぜんと、頭の怪我が治れ、と意識するだけで治る。

もちろんイメージをしっかりしたほうが回復速度は上がるのだが、知らないものは仕方がない。


ポニテ女の殺人未遂に恐怖しながら回復魔法をかけ続けていると、舎弟しゃてい冒険者が上体を起こす。

魔法を使えるか聞いてみると、使えないという。つまり自己回復魔法も使えないわけだ。

最近、やっと魔力感知をしてくれ、と頼んでくる冒険者が減ってきたので魔力感知はしたくない。



回復魔法での治療は金貨5枚。

魔力感知も金貨5枚。

自己回復魔法を使えば大抵の病気や怪我は治る。

だが、普人は病気を治すために魔力感知をしない。


ある男が「自分は自己回復魔法が使えるから病気はすぐに治せる」と自慢する。

その男が心臓発作で死ぬ。

魔法についての正しい理解があれば、回復する暇もなく死んだか、痛みで上手くイメージすることが出来なかったんだろう、とわかるのだが、魔法をよく知らない者からすると、自己回復魔法など役に立たない、と認識されてしまう。


この世界の魔法はイメージで何となく使う適当な感じのくせに、妙に現実的な側面を持ち合わせているので、栄養失調が原因の病気だとまず何かを食わせるとか、点滴のように魔法で栄養摂取させた後に回復しないと治らなかったりする。

魔法で治ったり、治らなかったりと、多くの人を混乱させる。


識字率が低いので情報伝達は噂話が基本であり、伝言ゲームのように間違って知識が広まる。

俺はよく本を読むのだが、本の内容が間違っていることも結構ある。本を読めても正しい知識を得られるとは限らない。


この街の一般人の月収は約金貨15枚なので、魔力感知は月収の3分の1。魔法は色んな仕事で使われているし、なんとなく便利だ、という認識はあるのだが、理由もなく気軽に受けるようなものではない。

病気の時は寝て過ごし、痛みや熱が酷い時は薬を使い、症状が悪化すると回復魔法の使い手がいる教会で金を払って治療してもらう。

余裕がある商人などは皆魔法が使えるのだが、そんな人達ですら病気のときは教会へ行く。


本どころかラジオやテレビ、インターネットまであった前世ですらよくわからない迷信やおまじない、あやしい民間療法などがあった。

この世界で自己回復魔法の正しい知識が広まらないのも仕方がない。

魔法で何でも解決してしまうと薬学などの発展が遅れてしまうので悪いことばかりではないが・・・。



そして自己回復魔法は普段の自分をイメージするだけだ。自覚症状がない病気や怪我だと治らない事もある。

今回は頭の怪我だと思うが、念の為ビブリチッタ様の教会にいる神父様に見てもらうように言っておく。

俺が知る限り一番回復魔法が上手いのは神父様だ。

怪我を治すなら金が掛かるが、診断だけなら無料でやってくれる。

この世界の人間は基本的に善良だからな。


そんな善良な世界でいきなり人を殴り殺そうとしたポニテ女は相当やばいと言える。

関わるのはまずいかも知れない、と考え始めた時、ギルマスがやって来た。

「一体何があったんですか?」と言うスーツの男。

彼は『亡者もうじゃのギルマス』と呼ばれている。


元Sランク冒険者であり、死靈しれい系魔法の使い手!などという過去はない。

顔色が非常に悪く、眼窩がんかは落ちくぼみ、手足はやせ細り、たまにプルプルと震えている。

その見た目はまるで亡者もうじゃのようだ、という理由で『亡者もうじゃ』の二つ名が付いたギルドマスターだ。

冒険者ギルドの仕事をほぼ一人でこなしているため年々体調を悪くし、こんな姿になってしまった・・・。

そもそも、この世界に死靈しれい系魔法など存在しない。

死靈しれい系モンスターはいるが、モンスターを使役する人間なんていない。


気の毒なブラック労働者に経緯を説明すると、新人育成の依頼という名目で賠償を貰うことになった。

新人の面倒を見るのに普通は金など取らないのだが、思いっきりぶん殴られたからな。

ポニテ女から金貨5枚奪い、金貨3枚を舎弟しゃてい冒険者に渡す。

他の冒険者はともかく、舎弟しゃてい冒険者は中級冒険者を助けようとしただけだし、治療が必要なら金がいる。

金貨3枚など俺には端金はしたがねだが、新人冒険者ならありがたいだろう。

魔法を使えないと言っていたし、治療が必要なければ金貨2枚を自分で出して魔力感知をしてもらえばいい。

金を払って魔力感知をしてもらう、という流れにぜひ戻してほしい。



しかし、新人のくせに金貨5枚をポンと出すポニテ女。

何処か高貴そうな顔立ちをした青い瞳の美人だ。

革鎧は普通だが、首元から覗くシャツは高級そうに見える。

・・・これはあれだな。商家の令嬢が家出したんだろう。


行商人時代の話を親から聞き、憧れて行商人を目指すも反対され家出するパターンだ。

俺が過去に面倒を見た新人にもそういう奴はいた。

準備金を出してもらえず、冒険者になって金を稼いで行商人を目指す計画を立て、何かしら訓練をしたり、装備を整えたりしてから冒険者になる。

優秀ではあるが、元々いい生活をしていたからか金銭感覚がちょっとおかしかったりする。

正直あまり関わりたくないが、家出令嬢の技量ならマニュアルを渡してゴブリン退治すれば一日で終わるだろう。



さっさと終わらせて娼館に行こう。

そんな思いで家出令嬢に指示を出し、ゴブリンの洞窟へ行くことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る