坂本 馨(サカモト カオル)の場合⑥

「2杯目いくよね?」

「え?あ、はい、同じものをお願いします。」


「んー、同じものじゃつまらないな。俺が勧めるカクテルがあるんだけど、飲んでみる?」

「はい、お願いします。」


彼は、バーテンダーに耳打ちをしてカクテル名を告げていた。


「どうぞ。」


出てきたカクテルはピンク色で少しトロッとした感じで、口に含むととてもクリーミーな味わいがした。


「こちらはピンク・スクアーレルというカクテルです。」

「ピンク・スクアーレル・・・おいしいです。とてもクリーミーで飲みやすいですね。」


私は感じたままの感想を述べたが、横で彼が優しく見つめているのを感じていた。


「ちょっと失礼。」


そういうと彼はトイレに行ったようだった。


「カクテルにはそれぞれ意味があるのをご存知ですか?」


一人残された私を気遣ってかバーテンダーが話しかけてくれた。


「さっきお出ししたピンク・スクアーレルにも意味があるんですよ。」

「どういう意味ですか?」


「見つめていたい…です。」


言葉を聞いた途端、顔が思いっきり熱くなり、その熱が一気に首筋、胸元からおへその辺りまで下がり、遂には下半身まで巡った。


「ん?どうした?なんの話?」


バーテンダーとのやりとりを見ていたらしく、戻ってきた彼から聞いてきた。


「あ、なんでもない、世間話です。ね、バーテンダーさん」


バーテンダーは無言でにこりとして応えてくれた。


「ん、そうか。ま、いいけど、少しけるな。」


『え?妬ける?それって・・・』


「あ、別にほんと、明日の天気くらいの話ですから。」


それから30分ほどバーテンダーさんと3人で話をして、そろそろ帰ろうという話になり、彼がタクシーを呼ぶように店の人にお願いをした。


『帰りたくない。』


心の中で私とは違うもう一人の自分が、つぶやいている。


「さ、来たよ。行こうか。」


もちろんその言葉に逆らうことなどできず、言われるままにタクシーに乗り込んだ。


そこから約30分、私の家の近くまで来てしまった。


彼が運転士に指示を出し、この前と同じ交差点の手前で車が止まった。


自動ドアが開く。


「じゃ、明日は休みだから少しゆっくりできると思うけど、寒くなってきたから風邪とかひかないように、温かくして寝なさい。」


その言葉を聞きながら、私はなかなか降りようとしなかった。


「ん?どうした?気分でも悪い?」

「・・・・・・。」


黙っていると何かを察したのか彼が動き出した。


「少し飲ませすぎたかな。ごめんな。一緒に降りよう。運転士さん、すまないけど、私もここで降りるから。」


運転士に支払いを済ますとタクシーは私たちを残して走り去った。

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