175,いもっこプリンセス、ミスター烏帽子岩にご用心!3

 再び幕が上がると、舞台のセットは海鮮屋さんになっていた。といっても背景はCGで、木のテーブルを挟んでまどかちゃんとつぐみちゃんが向かい合って丼を持っている。中身はどこで調達したのか、本物の海鮮丼っぽい。


「ふわぁ~、新鮮! ほっぺた落ちそう」


『機関車で辿り着いたのは、海辺にある都会とも田舎とも言えない茅ヶ崎ちがさきという小さな漁村。駅の周りにはビルが建ち並んでいます。黒とグレーの私服に着替えた機関士さんに付いて少し歩くと閑静な住宅地。機関助手さんは用があるので帰りました。


 もう夕方なのでお食事でもしようと機関士さんに連れて行ってもらったのは、街はずれにある地魚のお店。お刺身が新鮮で美味しい! シラスはふわふわ。自家製の梅ソーダも濃厚しゅわしゅわで美味しい。ああ、なんて幸せなのでしょう』


「良かった、気に入ってくれて」


「ほんとうに、何から何までありがとうございます」


「いいっていいって。これも何かの縁。明日はまた仕事だから案内はできないけど、飲食店もカフェも公園もたくさんあるから、楽しんでってくれよな」


「はい、ありがとうございます!」


『お食事をした後は機関士さんと連絡先を交換してから別れ、駅の近くにひっそり佇む、お庭に松の木が立つ小ぢんまりとした旅館に宿泊。翌朝は鮭、納豆、お味噌汁、白いご飯の朝食でホッと目を覚ましました。


 旅館を出たらもふもふコートを駅のコインロッカーに預けて当てもなくおさんぽ。年季の入ったラーメン屋さん、おしゃれなカフェ、お蕎麦屋さん、雑多なのに、なぜかごちゃごちゃしていない茅ヶ崎の街。ふらふら歩いていると松林の間から海が見えて、沖合いに烏帽子のようなかたちをした岩が突き出ていました』


「あれが、烏帽子岩」


『何かの唄で聞いた覚えのあるその岩は茅ヶ崎のシンボルだって、きのう機関士さんが教えてくれました』


「わーあ、海がきらきらしてる!」


『松林の間の道を抜けるとそこには、そんなに白くはない砂浜と、そんなにきれいじゃないけど太陽の光がきらきら反射する海が広がっていました。人があまりいなくて、少し落ち着いた雰囲気。ぼんやり眺めているだけで、意識が海へ引き込まれそう。


 波打ち際に寄ると、青いクラゲのような生物の死体。タナトスを感じるけど、きれいで幻想的。見惚れてしゃがみ、顔を近づけてみると……』


「きゃっ!」


『急に背後から服の襟を引っ張られました』


「危ないぜ嬢ちゃん、これはカツオノエボシっていって、死体でも触ると毒針が出てくる生きものなんだ。刺されたらおっちんじまうかもしれねぇ」


 沙希ちゃん演じるサングラスをかけた茶髪でロン毛の怪しい男登場。


「そ、そうなんですか! 助けてくださりありがとうございます!」


『親切なお兄さんが、間一髪で私を助けてくれました。股間がすごくもっこりしていて、まるで烏帽子岩のよう。この辺りのファッションなのかな?』


 すごくっていうか1メートルくらいあるぞ黒光りした烏帽子岩型の股間のもっこり。外人ち◯ぽよりでけえ。しかもラメ塗ってキラキラしてるし。きんたまキラキラどころじゃねぇ、タナトスの背後にエロスの塊だよ。


 おっと思わずオタクならではの冷静な解説をしてしまった。


「なあに、当然のことをしたまでさプリンセス。ところでキミは、どこから来たんだい?」


「雪国の山奥から……」


「雪国の山奥か。オレも昔スキーしに行ったな。そうだ、せっかくだから、地元民のオレが、この辺りを案内してやるよ」


「は、はあ……」


「なあに、オレは‘ミスター烏帽子岩’っていう、この街の案内人さ。決して怪しいモンじゃない。ほんの少しだけ海岸沿いを歩くだけだけど、歩く場所によって見えかたが違う景色を目に焼きつけてほしいのさ」


 股間に烏帽子岩がなくても怪しいけどな。人は見かけによる。


『戸惑いつつも、私は股間が烏帽子岩みたいなお兄さんに海岸沿いを案内してもらうことにしました』


 ざぶーん、さらさらさらー、キラキラー。


 渚に打ち寄せる波、引いてゆく刹那にキラキラ輝く水面。スクリーンに映し出されたのは、実写の茅ヶ崎海岸。つぐみちゃんと沙希ちゃんは客席から見てスクリーンのすぐ右に立っている。床は砂浜のCG。


 こりゃ綺麗だわ。


 湘南の海はテレビでときどき見るけど、こういう場面は放送されない。海水自体はプランクトンが多くて濁っているらしいけど、波が引くほんの数秒だけのきらめきは、ぜひ本物を見てみたい。

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