173,いもっこプリンセス、ミスター烏帽子岩にご用心!

 福島から出てきて3週間、廻谷巡。私は一人でつぐみちゃん主演の演劇『いもっこプリンセス、ミスター烏帽子岩にご用心!』を鑑賞。


 そろそろ開演時間、客入りそこそこ。前の方は満席で、私がいる後ろのほうは間隔が開いてポツンポツンといる程度。頭上には2階席もある。


 やっぱ人が少ないほうが落ち着く。


 誰かと映画館に行くと真ん中のほうの人が密密密密大密集のゾーンにイヤイヤ座らされるケースが多々あるけど、あんなパーソナルスペースのない、吐息がかかる、飛沫がかかる、喋るヤツも座席を蹴るヤツもいるモラルハザードゾーンは作品に集中できない。


 やっぱ上のすみっこがいちばん落ち着くわ~。


 そんなことを考えていると、ブーとブザーが鳴り、幕が上がった。



 ◇◇◇



『4月なのに雪が降る山奥の村。閉鎖的で気が病んだので、私はこれから旅に出ます。


 改札口もない小さな無人駅。電車は5時間に1本だけ停まります。ホームの脇にある三人くらいしか入れないプレハブの待合室には、頬を刺す風が容赦なく吹き込んできます』


 演劇は、予め収録されたつぐみちゃんのナレーションで始まった。


 CGで作り込まれた吹雪の無人駅のホーム。


 そこに立つ、コートを着込んだつぐみちゃん演じるいもっこプリンセス。ホームが横向きだから、電車を待っているつぐみちゃんは観客に背を向けている。


 凄い、本物の駅のホームに立っているみたい。


 舞台の幅に合わせて画面も横に広く、観ている自分もその世界に放り込まれているよう。背景の線路脇はモミの木の森になっていてリアル。磐越西線の中山宿なかやまじゅく駅や上戸じょうこ駅などを彷彿させる。そんなこと言ってもほとんどの人はわかんないだろうけど、要するに山中のちょっと開けたところにある無人駅。


「あーあ、次の電車までまだ4時間50分ある。よーし、こうなったら」


 つぐみちゃんの生声の台詞が入った。


『快速電車が来たところでヒッチハイク!』


 ピイイイイイイッ!


『止まんねぇよボケクズ!! と言わんばかりにけたたましい警笛を鳴らし、電車は通過して行きました。雪を巻き上げてバサバサと私の全身に降りかかります。そう、この駅に快速電車は停まりません』


 止まんねぇよボケクズ!! と言うつぐみちゃんの語気はすこぶるイキイキしていた。とぅおむぁんぬぇえよぶぉくぇくずぅ!!


「はあ、困ったなぁ、自動販売機もないから温かい飲み物も買えないし、勢いで飛び出して、今更お家に帰れない。どうしよう、私、このまま凍死しちゃうのかな」


『絶望していたら、今度は蒸気機関車がやって来ました。電車の真っ白なLEDのヘッドライトとは違う、白熱灯が銀世界を照らしています。


 シュッポシュッポシュッポ。機関車は、ゆっくりゆっくり、こちらへ向かって来ました。


 機関車には、さすがに乗れないな。


 ヒッチハイクはせず、私はただ、いまどき珍しい蒸気機関車を間近でみようとホームに立っていました。


 シュッポシュッポシュッポ。小走りくらいの速さで迫る機関車。子どもなら手を振ったりするかもしれないけど、そんな年齢ではない私はただ立って、それを見つめます』


 舞台右からやたらリアルな造りの小型機関車が登場。『弁慶べんけい』というらしい。原寸大のこれを地元企業が段ボールで製作したというからすごい。鋼鉄やプラスチック製と言われても疑わない出来栄え。


 さすがに本物の機関車みたいに動輪で移動はできないからか、その部分はホームで隠している。


「やあ嬢ちゃん、こんな吹雪の中どうしたんだい? 次の電車はまだ来ないよ。ホントはダメだけど、乗ってくかい?」


 機関士役のまどかちゃんが登場。奥には機関助手役の自由電子くんがいるけど顔が見えない。


『扉のない機関車が止まって、電車の運転士さんのスーツみたいな制服とは違う、菜っ葉服を着た機関士さんが声をかけてくれました。中では石炭を燃やしていて、炎が見えます』


「い、いいんですか! お、お願いします!」


 つぐみちゃんが機関車に乗ってまどかちゃんの背後に立つと、ホームが右へ移動して舞台から捌けた。回転する動輪が露になり、背景は森から吹雪の田園風景に移ろってゆく。小道具や背景と動輪を動かして、機関車が移動しているように見せる手法だ。


『こうして私の旅は、新たな出逢いとともに始まりました。果たしてこの機関車は、どこへ行くのでしょう?』

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