44,放課後アイスクリーム!

「うあああ、生き返るぅ~。疲れた脳と身体にはアイスですなぁ」


「ごちそうさまです」


「ごちそうさま。破産しない?」


「吹けば飛ぶようなボディーもお財布もスレンダー女子だけど大丈夫さ」


「そっか。じゃあ遠慮なくいただくよ」


「まどかちゃん、会話が噛み合ってなくない?」


「噛み合ってるでしょ」


「そうか」


 私は吹き飛ばされるんだ。


 部活終了後、いつもはまどかちゃんと二人で帰る私だけど、そこは気を利かせて自由電子くんも誘いやってきたのは家とは反対方向、駅に近い交差点の一角に構える茅ヶ崎で人気のアイスクリーム屋さん。


 外壁にはアメリカンボーイっぽい大きなイラストが描かれている。きょうは私の奢り。お二人さん、よく味わってくれたまえ。


 武道は雑魚男子どもとすぐ近くにあるサッポロ軒でラーメンを食べに行った後で合流する予定。


 アイスクリーム屋さんの前だけ歩道が広く取られていて、自販機コーナーや駐輪スペース、小さなベンチが所狭しと配置されている。


 私たちは二人がゆったり座れるピッチのベンチに三人びっしり詰め合って、アイスクリーム・オン・ザ・ワッフルコーンをぺろぺろしている。自由電子くんは両手に花。


 フレーバーは私がストロベリー、まどかちゃんがチョコミント、自由電子くんはバニラ。コク深いのに後味スッキリの本格アイスクリーム。すべてのフレーバーに茅ヶ崎産の牛乳を使用した『茅産茅消ちさんちしょう』のアイスクリーム。


 いいな、まどかちゃんと自由電子くん。二人とも同じ学校で同じ部活。私も陸と一緒がいい。


 でも、学年の違う二人は来年から同じ学校に通えなくなる。


 まどかちゃんの進路が気になるところだけど、その発言は二人の気持ちに水を差す。


 私の具体的な進路はまだ決めていない。


 ただ将来的には、この茅ヶ崎を夢のような街にしたいと、アイスクリームを舐めて少し冷静さを取り戻し、自分の気持ちに気付いた。


 海あり街あり山ありの自然豊かで便利、プラスアルファ昭和の風情が漂う場所もあれば、洋風のお洒落な場所もある彩り豊かな街。


 一方、自転車違反や歩きスマホをする人が多く危険な一面や、海辺にはバーベキューのゴミ、しかもコンロやイスなど丸々一式が砂浜、林、歩道などに当たり前のように棄てられている。これには地元住民や政治家も頭を悩ませている。昔はこんなじゃなかったのにと。


 バーベキューは他所の街の人もするのかな。近年では圏央道けんおうどうの開通や、鉄道では我らが東海道線と、北関東の幾つかの路線を直通運転する湘南新宿しょうなんしんじゅくラインや上野東京うえのとうきょうラインの開業もあり、観光客が増えている。


 けど、仮に万単位の客が押し寄せたからといって、必ずしもゴミがどっさり捨てられるとは限らない。例えばつぐみちゃんが行くコミケや、宮城県の仙台で行われたフィギュアスケーターの凱旋パレードではたくさんの人が押し寄せたけれど、ポイ捨てはあまりなかったという。


 だから、人が増えたから悪いことも増える、というのは間違いだ。


 つまるところ、茅ヶ崎には心持ち次第で解決できる問題が山積みなのだ。これはどげんかせんとアカン。


「おっす」


「おつかれさま」


「やあ来たね二人とも。さあ、私のお恵みで存分に味わうが良い」


 私たちの前に自転車押し歩きで現れたのは、陸とつぐみちゃん。奢ってあげるからと私が誘った。


「俺はいい、自分で買う」


「私も大丈夫だよ。ありがとうね」


「そっか、じゃあつぐみちゃんにはこれあげる。陸は自腹ね」


「おう」


 言いながら、私は差し出した千円札を財布にしまい、五百円硬貨を出してつぐみちゃんの掌にぱふっと渡した。


「えっえっえっ、私だけ悪いよぉ~」


 両手をバタバタ振ってあわあわ狼狽するつぐみちゃん。


「ノンノン、逆に陸だけ自腹だからノープロブレム」


「なんだその理屈は」


 陸が突っ込んできたので、私は「まぁまぁ」と肩をぽんぽんして彼を宥めた。


「いいって、沙希には気遣い無用」


 手元にコーンだけを残しているまどかちゃんがつぐみちゃんを促して、バリバリ食べ始めた。


「う、うーん。じゃあ、いただきます」


「うん!」


 数分後、二人はアイスクリームを持って店から出てきた。陸は私と同じくストロベリー、つぐみちゃんはバナナ。


 私がつぐみちゃんに席を譲ると、「ありがとう」と今度は素直にそっと座った。あまり遠慮し過ぎると機嫌を損ねると思ったのかな。


 なお、陸は立ったまま。


「わぁ、美味しい、濃厚なのにさっぱりしてる」


 目をきらきら輝かせて本当に美味しそうに食べるつぐみちゃん。ほとんどの女子がやったらあざとく、賢い男子からは引かれそうなそのリアクションも、純朴なつぐみちゃんがすると心から可愛いと思える。


「つぐみちゃん食レポ上手」


 食べ終えて両手が自由になった私は親指を立て『いいね』のサインをした。


「だって、本当に美味しいんだもん。ありがとう」


「いえいえ、つぐみちゃんにならいくらでも貢ぎたくなっちゃう」


「そ、そんなっ……」


 顔を真っ赤にして照れるつぐみちゃん。


 あぁもう、世界がつぐみちゃんみたいな子だらけだったらいいのに!


「それで、どういう風の吹き回しなの?」


 まどかちゃんは私の目をじっと見て問いかけてきた。ヘビに睨まれたドリーミングガール。


「部活の間、ずっと様子が変だったよ」


 ね? と、まどかちゃんは自由電子くんに同意を求め、彼は「はい」と首肯した。

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