40,Road to happy!!
モヤが晴れない私は、少しでも気分を軽くしようと屋上にレジャーシートを敷いて寝転び、空を仰いでいた。部活まではまだ時間がある。
霞んだ空、ゆるり流れる薄い雲。立ち上がれば松林の向こうに海が見える。ずっと高いところではトビがピーヒョロロと輪を描いている。
海辺で見かける鳥の多くはトビとカラス。湘南の海の象徴といえばカモメだけど、実はあまり見ないんだよね。
通常授業の日は生徒で賑わうこの場所も、きょうは貸し切り状態。潮の香りを孕んだ少しベタつく風が身を撫でる。
あ~、茅ヶ崎だなぁ~。
屋上にはよく来るけど、地元の風や空気を存分に感じられるのは
駅ビルの屋上でも、砂浜を歩いていても、やはり静かなひとときに茅ヶ崎らしさを感じる。
気の合う仲間といっしょにいるのも大好きだけど、こうして一人、のんびり風を感じるのも、やっぱり大好きなんだなぁ。
心地よい風に撫でられながら一眠りしようと思ったそのとき、出入口の扉がカチャリ開いた。
「やぁ、お一人様を満喫してるところ悪いね」
現れたのは、まみちゃんだった。右手にペットボトルのコーラをぶら下げている。
「先生が屋上なんて、どうしたんですか?」
「先生だって人間さ。風を浴びたくなるときもあれば波に乗りたくなるときもある」
風になびく髪を撫でながら、まみちゃんは私の隣に腰を下ろした。
「先生が遅刻の常習犯とか有り得ないでしょ」
「まぁまぁ、ホームルームには間に合わなくても授業はちゃんとやってるんだから勘弁しておくれよ。そうだ、いつも遅刻してるお詫びに、これあげる」
「ありがと」
まみちゃんがジャージのポケットからおもむろに取り出したのは、湘南江の島タコせんべい2枚。透明の小分け袋入り。江ノ島は隣の藤沢市に浮かぶ島だけど、タコせんべいの販売者は湘南ちがさき屋
茅ヶ崎市民が他所への土産物として持参したり、病気などで仕事を長期間休んだ人がお詫びの品として職場で配る場合もある。
「私はしないよ、歩きスマホ」
まみちゃんのその発言は、私の心情を察してのことだろう。
「そっか、なんかさ、もうなんなんだろうって思って。色々」
「大丈夫さ、沙希は間違ってない。許せる許せないは人それぞれだけど、歩きスマホをしないとか、割り込まないとか、映画館で上映中に喋らないみたいなのは本来できて当たり前だろう。私から言わせりゃ、できないほうが余程どうかしてる」
「でも、なんていうか、みんなやってるからみたいなの、あるじゃん。駅なんか歩きスマホだらけだし」
「そうだな、わんさかいる。だがアイツらは人殺し予備軍だ。言っとくが大げさでもなんでもないぞ」
「だね。目の不自由な人からしたら殺人兵器だし、アイツらぶつかりそうになっても避けないから、駅のホームとか狭いところじゃ私だって線路に落ちそうになった。まどかちゃんは避けないでぶつかって喧嘩になった」
なお、敢えて避けなかった場合は法に抵触する可能性がある、これまた生きづらい世の中。
「私も避けないな。そもそもこんなもん、いちいち議論することじゃないんだよ」
「うん、まぁね。でも、やっぱり多数派の圧力というか」
「だからさ、それを自分がやってる、みんながやってるからって、白を黒に染める。それ自体がクズの発想だろ。染まるのは簡単だけど、染まらないでいるのは難しい。私はよくラーメンの汁で服を汚しちまうんだけど、そんなちょっとしたことで白は他の色に染まるんだ。しかも洗ってもなかなか落ちない。それを跳ね返してる沙希はすごいんだよ」
「そう、なのかな?」
タコせんべいをパリパリかじりながら、私は空を仰いだ。みりんが効いている。
自分をフルーツの香りがする夢のような女子とは思っていても、すごい女子とは思っていない。
まみちゃんはぐびぐびとコーラを飲み「ぐぉふぇっ」とげっぷした。
「あぁ、そうさ。いいことをすると風当たりが強くなる腐った世界だけど、それに耐えると少しずついいことが増えてくる」
「例えば?」
「例えば、そうだな、良縁に恵まれるようになる。そうすると、いい恋がしやすくなる」
「なんで?」
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