26,究極のフライドチキン
江ノ島往復ジョグに旅立った沙希が学校に戻る1時間前、私と自由電子くんは家電量販店のエンターテインメントコーナーからエレベーターで1階に下り、買い物をしていた。
1階の東半分は綺麗に改装された家電量販店。主に携帯電話やストラップ、スマホケースの販売、キャリアの契約が行われている。
西半分は少しノスタルジックな雰囲気。たぶんこのビルが丸ごとディスカウントストアだったころから床面や内壁は取り替えられていない。
私と自由電子くんは、その西半分の区画へ。私が店内専用のカゴを持って、ドリンクコーナーの棚に陳列されたペットボトル飲料を手に取っていた。
2リットルの水は1本98円、スポーツドリンクは178円。
センコーから渡されたのは千円なので、私たちは水を2本、スポーツドリンクを4本購入した。
「908円です」
「すみません、千円でお願いします」
スマホを持っていればアプリ内のポイントから端数分を引いてもらうけど、今回は学校に置いてきた。
「かしこまりましたっ」
歯切れ良く、愛想も良い若い男性店員がレジ袋を3つくれたので、会計後、袋詰めする台の上でペットボトルを2本ずつ入れた。
私は袋を2つ持ち、残った1つを自由電子くんに持ってもらった。
「あの、僕がもう一つ」
「大丈夫だよ、気遣ってくれてありがと」
と、強がってみたものの……。
重い。店を出た直後から腕が地へ引っ張られてちぎれそう。
量販店のはす向かい、世界的に有名なフライドチキンのおじさん人形がにこにこと私たち通行人を自らの店に誘っている。彼は雨の日も雪の日も、ずっとここに立ち続けてお客さんを呼び込んでいる。
あぁ、食べたい。チキン食べたい。
「チキン、美味しそう」
「奇遇だね、私もいまそう思ってたところだよ」
「じゃあ、買ってきますので、ちょっと待っててください」
「えっ……」
自由電子くんは私に有無を言わさず素早くチキンの店に入った。
そっか、自由電子くん、お金持ってるんだっけ。
これじゃ私がバレンタインにプレゼントされちゃうじゃん。チキンだけど。
重さに耐え兼ねた私はおじさんの隣に立ち、路面に袋を置いた。
正面にはたったいま出てきた家電量販店兼ディスカウントストアの駐車場出入口があり、警備員が入出庫する自動車を手際よく捌いている。
右手には地下1階、地上5階建てスーパーが鎮座。外壁に
ここは茅ヶ崎で空が狭い場所トップ3に入るだろう。最近では高層マンションが増えたから、どこがトップかはわからない。
けれどビルの間を吹き抜ける風は、横浜や東京ほど冷たくはない。
「お待たせしました」
自由電子くんが店から出てきた。右手にペットボトル、左手にチキンのポリ袋。中に紙袋が入っていて、丁寧に二重包装されている。
「あの、これを食べてる間は僕が荷物を持ってます」
「あ、ありがとう」
そういうことか。この子、私の荷物を持つために、チキンを買ったんだ。
すごくいい子だ。やばい、
自由電子くんは2つある紙袋のうちの一つを私に差し出した。なるほど、一人分を小分けにしてもらったんだ。
さすがに駅の人混みの中で食事をするわけにはいかない。
そこで駅西側のエメロードを渡り、ノスタルジックな青果店、漬物店の間を抜け、古本屋の脇から線路を潜る地下道へ。
茅ヶ崎ツインウェーブというこの跨線橋は、歩行者と自転車が地下道を潜り、自動車は線路の上を跨ぐ、2つの波のような構造になっている。
ツインウェーブの階段を上がって線路脇に抜けると、駅のすぐそばなのにどこかのんびりした空気が漂っている。この通りは人通りが比較的少ない。お行儀が悪いけど、食べながらサザン通りを歩く。
袋の中に入っていたのは定番の骨付きチキン1つと紙コップ、プラスチックの蓋とストロー付きのウーロン茶。
やばい、これ、食べるのに時間がかかる。
その間、自由電子くんは計12キロのペットボトルとチキンを持つハメになる。
「自由電子くん、やっぱり先に食べて」
「え」
「いいから」
「はい」
すると自由電子くんは骨なしクリスピーをサクサク、あっと言う間に食べ終えた。
中身違うのかよ。
もう、自由電子くんもけっこう強引だな。
僕が持つからって言えないから、物理的に自分が長時間荷物を持つように仕向けたんだ。
でも、こんな風に女の子扱いされたことないから、けっこううれしいかも。
部活終了後、学校のグラウンドと国道に挟まれた茂みに隠れて食べる分も買えば良かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます