第96話 黄色カーネーションの花言葉

「まぁいい……このテーブルにでも飾ってくれ。花瓶がなければ、グラスでもいい」

「……でもね、黄色のマーガレットの花には、ちょっとした意味があって……夫婦の寝室に飾るには不吉すぎないかしら?」

「不吉? その花には何か特別な意味が込められているのか?」


 どこか言いにくそうにしながらも、マーガレットはケインが買って来た花束の花言葉を口にする。


「この黄色の花にはね、『失望』とか『軽蔑』や『拒絶』って意味が込められているのよ」  

「そう……だったのか? ああ、どうりでこの花を妻への贈り物に……と花屋の者に告げたら、変な顔をしながら『本当に良いのか?』と何度もしつこく聞き返されたわけだ。ははっ……そうか、その花にはそんな意味があったのか……」


 ケインは自分が何をするにも、それこそ花を買うのにも取り返しのつかないヘマをしてしまったと自虐的な笑いを浮かべることしかできなかった。

 そしてその花言葉ではまるで『自分がマーガレットのことが嫌いなのだ』と、暗に示しているようなものである。


 例えそれが本人の意図をせず、そして花の意味を知らなかったとしても、とてもじゃないが妻へプレゼントするような花ではなかった。

 それこそ相手に浮気されたときや離婚する際にでも、用いるべき花である。


「ま、まぁせっかく貴方から初めて貰ったプレゼントなのだから、そんなことを気にする必要はないわよね。それに知らずに買って来たのだから、変に気を遣わなくてもいいのよ。貴方が私に花を買って来てくれた……それだけでも十分すぎるわよ」

「すまない。ほ、本当に俺ってヤツは何をするにも……ぅぅっ……ぐすっ」

「け、ケイン!? ど、どうしたの急に泣き出したりなんかして」


 ケインはあまりにも自分の不甲斐無さと同時に、妻であるマーガレットの優しさを感じて涙せずにはいられなかった。

 いきなりのことだったのでマーガレットも驚き、すぐさま彼の元へと駆け寄った。


「ぐすっ……じ、実は俺……これまでデュランや君に対しても、とんでもないことをしてきたんだっっ」


 ケインは泣き崩れそうになりながらも、どうにか声を絞り出してそんなことを口にした。


「とんでもないことを?」

「ああ、とてもじゃないが口に出来ないようなことだ」

「いいから私に話してみて……ね? 貴方が何を抱えているのか分からないけれども、話せば楽になれるわよきっと」

「だ、だが、こんなこと話してしまったら、唯一俺に優しくしてくれる君にさえ……嫌われてしまうかもしれない」

「大丈夫。私は何を聞いても決して怒らないから……ね。だから安心していいわよ」


 マーガレットはケインに対してそう優しく語りかけながら寄り添い、彼の肩を優しい手つきで撫で気持ちを落ち着かせる。そんな彼女の言葉を信じるように彼は懺悔でもするかのようにデュランに言われたとおり、これまで自分がしてきた過ちの数々を口にしていった。


 これまでずっとルイスとのポーカーで負け続けてしまい、土地や店、その他にも今住んでいるこの家と屋敷を失ってしまったこと。挙句の果てには妻であるはずのマーガレットのことを賭け金にしてしまい、大負けする寸前のところでデュランに助けて貰ったこと。そして子供の頃から抱いていたデュランへの嫉妬心や本当は愛していないにも関わらず、マーガレットと結婚してしまったことなどなど……彼はこれまでしてきた、すべて・・・の行いをマーガレットへと話していった。


 一つ一つ自分のしてきたことを話しているケインの表情と声は、まるで親に叱られている子供のようでもあった。だがマーガレットは時々相槌を打ったり肩を優しく擦ったりして、決して怒る真似はしなかった。


 それはまるで母親のような優しさと温かさに感じたのか、ケインはついにこんな言葉を口にした。


「すっ……ほ、本当にすまないことをした。デュランにも君にも……俺は馬鹿で愚かなヤツだったんだ。それこそ父親がいつも口癖で言っていたように……本当は俺なんて……」

「そんなことないわよケイン。貴方はこれまで頑張ってきたわよ。ただちょっとだけ頑張りどころが間違っていたのかもしれないわね」

「ぐすっ……そうか、そうだな……俺はいつもどこかで道を誤ったまま進んでいたんだ」

「もし貴方が道を誤ったと感じているならば、今からでも引き帰せばいいだけのことよ」


 ケインに謝罪する気持ちがあるのだと思ったマーガレットはそんな風に優しく語りかけ、彼自ら誤った道を引き帰すようにと勧めた。


「道を……引き帰す? 今から? お、俺にはまだそんなことができるだろうか?」

「ええ、きっとまだ間に合うはずよ。ちゃんと迷惑をかけた人達に謝りさえすればね」

「ああ、ああ……謝る、謝るとも……必ず……」


 彼は彼女に言われるがまま肯定するように頷いてから繰り返し自ら謝罪することを確認するよう呟くと、声を震わせながらこんなことを口にする。


「だ、だが、デュランは許してくれるだろうか? 馬鹿な真似ばかりしてきた俺のことを……それに君のことも無理矢理、彼から奪い去ってしまったというのに……」

「……そう、ね。どうかしら……。でもきっとデュランなら貴方のことを許してくれるわよ。彼は誰よりも人の痛みを知っているから……きっとね」


 マーガレットは心の底からデュランのことを信じ、ケインのことを許してくれると確信していた。

 それはこうして夫であるケインが謝罪の言葉を口にしていることからも、見て分かる。


「明日の朝、デュランの所へ行きましょうね」

「ああ、彼には真っ先に謝罪しなければいけない……それに今日のポーカーで助けてもらったこともあるから余計に……」


 ケインは本来プライドが高く他者をいつも馬鹿にしており、間違っても他者に謝罪するなんてことはまずありえないことなのだ。

 だからこそ謝罪する気持ちを持った今のケインならば、デュランも許してくれる……そうマーガレット自身は胸に抱いていた。 


「そ、それと……き、君にもしゃ、謝罪しなければいけない。本当は結婚なんてするべきじゃなかった。それを父親が無理矢理に……それに今日の花のことだって……」

「ケイン、もういいのよ。本当に私は花を贈ってもらえて嬉しかったのよ。それに貴方と結婚したのだって、今では後悔していないわよ」

「ああ、ああ……ぐすっ」


 夫の弱弱しい姿を初めて目の当たりにしたマーガレットは本当に彼が哀れでとても寂しい子供のように思えてしまい、慰めることしかできなかった。

 そして夫であるケインのことを自分が支えていけなければいけないのだと、改めて思うのだった。

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