第81話 共通する敵の作り方

「そ、その情報だけで我々を脅して鉱山へと多額の出資をさせるつもりなのか? だがな、そのようなこと断じて許すわけには……」

「ああ、いえいえ。勘違いしないでいただきたい。何も私は皆さんのことをそのネタで強請るつもりはありません。むしろその逆ですね」

「逆……だと?」

「ええ」


 言葉一つで恐喝された後、無理矢理にでも出資の約束をさせられるはずだと思い込んでいた、それぞれの出資者達はデュランのその言葉を耳にすると、困惑した表情のまま目を白黒させてしまう。 


「実はですね……皆さんのこれまでの損を取り戻せる……そう言ったらどうですか? 興味ありませんかね?」

「損を……」

「……取り戻せる?」

「はい。私の話を聞いていただければ……ね♪」


 デュランの言ってることが俄かには信じられないといった表情で彼らは互いに顔を見合わせている。


「こほん……あ、あくまで君の話を聞く……それだけでもいいかね?」

「もちろんです!」

「んんーっ。そ、それならとりあえず君の話とやらを聞かせてはくれないか?」


 観念したのか、それとも損を取り戻せるとのデュランの言葉に興味を示したのか、先程までの退出する態度から一変、冷静さを装うように襟筋を整えると椅子へ深く腰を降ろし直した。それは自分達には話を聞くだけの余裕があるのだと、そんな素振りを見せ付けたいとの思惑なのだろうが、今この場において話の主導権を握っているのはデュランである。


 だがそんな彼らの態度を知りつつもデュランは顔色を変えず、ただ淡々と鉱山について詳しく説明し始める。


「去年、この街近くにあったウィーレス鉱山が閉鎖してしまったことは皆さんご存知だと思います。まだまだ銅などの鉱物資源が豊富にあるにも関わらず、ある一部の者・・・・・・が株式の過半数を取得し、閉鎖へと追い込んだ……それが誰かまでは今更私の口から言うまでもありませんよね?」

「うむ」

「……ここに集まってる者達にはもはや言わずもがなだな」


 デュランは本題に入る前に、事実確認をするよう皆に語りかけると皆一様に頷いてみせた。


 デュランが口にした一部の者……それはオッペンハイム商会のルイスに他ならない。ここに集められた者達は、そのいずれも何かしらの形でルイスに煮え湯を飲ませられた被害者だったのだ。


それを意図して公証人であるルークスが出資者として集めたのかまでは定かではないが、デュランはこれを好機と捉えていた。容姿も違えば出身地やその年齢も違う五人ではあるが、ルイスにより損をさせられた・・・・・・・という共通点が彼らの結束を束ねる。


「オッペンハイム商会は自らが石買い屋であることを良いことに、その豊富な資金によって銅や錫それに石炭などをはじめとする鉱物資源を自分だけで独占しようとしています。もし仮にその独走を許してしまえば、我々は敗者となりこれまでと同じ……いえ、これまで以上に屈辱的な苦渋を強いられることになるでしょう」

「ああ、そうだ! 最近も連中が銅を大量に買い占めたおかげで値上がりしていると、ワシはこの耳で聞いた」

「……度重なる鉱山の閉鎖に伴い、大量の失業者が出てその日過ごす食べ物すら買えないって労働者も街に溢れかえっているしな」

「それにオッペンハイムの若造は麦などの穀物も買い占めてるって噂も出始めている」

「なにそれは本当か!? もしそうだとすると鉱物資源だけじゃなくて、近く穀物類まで値上がりする可能性も……」

「このまま石買い屋を独走させるわけにはいかない。そもそもアレの父親も元は肉屋のせがれか何かだったのであろう? 貴族出身でもない一庶民がこのように幅を利かせデカイ顔をさせておいていいのか!?」


 デュランは話のきっかけこそ彼らに提供したが、元々貴族達はオッペンハイム商会に不満を募らせていたようだ。それは石買い屋という立場も然ることながら、彼らの家系が名のある貴族ではない一庶民の出身であることが一番の要因かもしれない。


 貴族は自分の立場や地位、それに名誉を自分より下の者に脅かされることを何よりも恐れている。

 それは相手から馬鹿にされ貶められることも危惧してだろうが、本当のところは市民レベルでの暴動……いわゆる革命へと発展することに一番恐怖心を抱いているからだ。


 一度国の中で革命が起こってしまえば、今持ち合わせているものそのすべてが無へと返ることになり、失うものが一切ない持たざるものこそ、この世で何よりも怖いものである。

 それを扇動するのは時に農民であり、そして労働者達なのだ。もし金にモノを言わせてオッペンハイム商会が市民を惑わせ扇動すれば、忽ちこの国は引っ繰り返ってしまうかもしれない。


「それにオッペンハイムは、我々が損を出しても関係ないと言った口ぶりで……」


 彼らを煽るまでもなく、みんな次々に不平不満を口にしている。


「…………」


 デュランはそれを腕組みしながら時折頷きはするが、決して彼らの話に口を挟まない。これもまた彼なりの処世術である。


 人は何かしらの共通項を持ち合わせ議論に興じると、賛同する者以外を排除する傾向にある。

 これは敵味方の識別も兼ね備えているのだが、自分達を否定し仇なす“共通の敵”を作る目的もあるのだ。


 もし仮にここでデュランが彼らの話を否定する一言を口にしてしまえば、その不平不満の矛先はオッペンハイム商会のルイスからデュラン本人へと差し向けられることになるだろう。


 これらは言わば一種の群集心理に他ならず、大変危険な状態であると言えよう。だがそれを逆手に取り上手く利用することができれば、自分の強い味方となり延いては利益をもたらすことになるだろう。


 デュランはオッペンハイム商会のルイスという誰もが知り、誰もが不平不満を抱き、そして共通した敵と認識することに異議を唱える余地もなく、ここには存在しないはずの“仮想敵”を作り上げることで彼らを一つにまとめ上げようとしていたのだった。

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