第79話 世界にその名を刻む一人

「所有している鉱山を法人化して株式を発行する……か。なるほどなるほど……だが……」

「……何か問題がありますかね? もしかして私が所有している鉱山について法人化できないとか、会社としての実績が無いから今は株式発行ができないとか……ですか?」


 公証人の男性の顔が少し険しいものとなっているのをデュランは見逃さなかった。

 かさず、自分のアイディアのどこが問題なのかとデュランは聞いてみることにした。


「いいや。それについてはワシが見る限り、何も問題はないだろう。そもそも鉱山を法人化するのに資本金などの制約は設けられてはいない。それに株式会社として株券を発行できるのは創業実績が1年以上ある会社のみと定められてはいるが、キミが所有している鉱山が今現在廃鉱とはいえ、それなりの歴史があるようだし、その二点についてだけはワシの仕事である公証人として保証できると約束しよう。それに証券取引所にしたって会社の規模に問わず株式が自由に売買されておる。もちろんその人気によって株価の安い高いの違いは当然生じるだろうけどね。公開することについても何の問題はない」

「それじゃあ、一体何が……」

「だがな、株を証券取引所へ持ち込み広く世間に公開するということは見知らぬ誰か・・・・・・に株を大量に買われてしまい、会社を乗っ取られるリスクが生じることになるのは知っているだろう? それに会社の経営状態や利益、それと国の情勢や鉱物の需要と供給のバランス……つまり市場価格などでも、そのすべてが直に株価へと影響が出たりするからリスクが大きすぎると思ってね。それで資金繰りに困り果て、ついには首が回らなくなって倒産してしまう会社をワシは仕事柄いくつも目の当たりにしてきたんじゃ」


 株式はその持ち株比率により、代表者や役員の任命や人数を決められる決定権や発言権が得られ、それを決める場は株主総会とも呼ばれ例え一株だけでも持っていればそれに参加することが出来る。


 株主総会には半年に一度または決算時などに開かれる『定期株主総会』と、持ち株比率で3%以上の株券を持つ株主がいつでも開くことを要請できる『臨時株主総会』とに分けれる。

 基本的にそのどちらの場合でも経営方針や人事の任命権などの決議案を募り、その持ち株分に応じた票を持ち過半数を得られれば決定事項となり覆すことは出来ない。


 通常ならば会社の経営者が過半数を超える株を他者へ売り渡すことはまずありえない話であるが、身内の裏切りや資金難による担保として差し入れたりすれば証券取引所などに流れることもあるわけだ。


 株式会社とは持ち株がすべてであり、会社の方針を決めるのも代表者や人事を決めるのも、すべてそれに委ねられている。

 またその会社の資産についても口を挟むどころか、自由に決められるという権利を持つ。


 だから株式を公に公開するということは資金を容易に集めることが出来る一方で、乗っ取りや資産の横流しなどの多大なリスクを生じることになる。


「それについては俺の……いや、私に良い考えがありまして……」


 デュランは自分が思いついた考えをそのまま公証人である男性へと聞かせてみることにした。


 それは斬新且つ未だ誰も思いつかないようなアイディアであり、後に窮地へと迫られた自分自身を救う一手となり得るのだとデュランは確信していた。


「……というような一文を定款ていかん条項の最後に付け加えたいのですが……どうですかね? 可能性というか、それを付け加えるのに何か問題はないでしょうか?」

「ふふっ……ふはははははっ」

「あ、あのっ! 俺は真剣に考えてこの話をしたんですよっ……それなのにっ!!」


 デュランは自信満々に説明してみせたのだが、公証人の男性はその容姿には似つかわしくないほど大口を開けて笑い出したのだ。


 自分の説明したことがあまりにも変だったのか、それとも子供が考えるような荒唐無稽な話だと思われ馬鹿にされ笑われているのか、デュランは気が気でなく少しだけ強めの物言いをしてしまう。


「あ~、いやいやこれはすまないことをした。決してキミのことを馬鹿にして笑ったわけではないのだよ。でもまさか、そのような奇抜なことを考える者がいるとは夢にも思わなくてね。ふふっ……ワシはもうすぐ60にも手が届く年齢にもなるが、未だかつてそのようなことを考えた者は見たことも聞いたこともなかったぞ!! キミは本物の中の本物。それこそ将来は国中に……いや、世界にその名を刻む一人になるぞっっ!!」

「そ、そうですか……え~っと、そのぉ~……ありがとう……ございます」


 馬鹿にされるように笑われていたかと思いきや、いきなり褒めちぎらんばかりの称賛の言葉をいくつも浴びせられたデュランは素で反応に困ってしまい戸惑っていた。


 けれども彼の称賛の言葉は強ち大げさではなく、後世ではデュランが考え出したアイディアは株式市場において特に重要禁止項目に盛り込まれてしまい、成功した者は後にも先にもデュラン本人しか存在しなかった。

 それこそまさにこれまでの資本主義の歴史において誰よりも容易且つ大胆不敵なアイディアによって、世界を代表する富豪の一人へとその名を刻むことになるのをここに記す。


 それから公証人の男性はデュランのことを甚く気に入ったのか、これまで以上に協力的になってくれデュランが所有する廃鉱山の株主となってくれる出資者を募集してくれることになった。

 当然のことながらそれはこの時点で確定というわけではなく、これから集めその人達を納得させ大金を出せるのがデュランの仕事である。その期間は数日とあまり時間はないが、それでもやらねばならない。


 いくら壮大な計画や優れたアイディアがあろうとも、それが実現できなければただの絵空事になってしまうのだから……。

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