第57話 他者への自己犠牲

「……何か用かねデュラン君? もしや先程の続きでもしようと言うつもりではないだろうね?」


 ルイスは先程デュランに恥を掻かされたばかりとあってなのか、彼の訪問をとても警戒している様子で身構えている。


「お前に用があるってのは正解だな」

「ふ~ん。それで一体この私に何の用があると言うのだね? まさかとは思うが、先程の花売りの娘の代金でも支払え……と言うつもりなのか?」

「本当はそうしたいところだがな……。だが、別の用件で来た」


 本来なら、デュランだってそのつもりだった。

 だがそれはできない。何故ならデュランは彼に頼みごとをしにやって来たのだから……。


「して、その用件とは何かね?」

「…………俺に薬を売ってくれないか?」

「なに、薬だと?」

「ああそうだ。肺に効く薬が欲しい……分けてくれないか?」

「……一体君が何を言ってるかよく分からないが、残念ながらここはオッペンハイム商会の本店。つまり石買い屋で、ここの店頭では鉱石の実物は愚か書面でのやり取りしかしていない。もし薬を買いたいならば、街にある薬屋へでも行きたまえ」


 ルイスはデュランが何を言っているのか理解できずに、言葉通りにそのように受け受け答えてしまう。


「それはそうなんだが、お前のところは薬屋も手中に治めてるって話だろ?」

「ああ、なるほどなるほど……そういうことか。つまりウチの・・・薬屋に用があると? だがそれも変な話じゃないか? 薬が欲しいなら何もわざわざ私の顔を見に来る必要はない……いや、待て。そこに君が私の元を訪ねて来た、何らかの理由が隠されている……そういうことか。ふふっ」

「ぐっ」


 ルイスは少し話をしただけで、デュランに何かしら理由があってオッペンハイム商会の本店に顔を出し、自分に会いに来たのだと瞬時に読み解いた。


 図星を指され弱みを見せることになったデュランは、少しだけ顔を歪めてしまう。


「ふんふん。なるほど……先程、君は肺の薬が欲しいなどと言っていた。確かアレは今ウチの店では銀貨1枚はしていたな。もしや花をダメにした代わりに寄越せと言うつもりで来た……いや、それも違うな。そもそもあの娘は薔薇1本銅貨1枚と言っていた。カゴには20本ほどしか入っておらず、金額にして銅貨20枚ほどだから薬の代金としては釣り合わない。もしかすると君か先程の花売りの身近な人が病気にでもなった……そんなところかな?」


 ルイスは独り言を呟きながら、デュランが何故自分のところへ来たのかと口に出すことで分析していく。

 それと同時にデュランの顔色を窺うことで、より自分の考えとその推理の確信への得るためでもあった。


「……悪いのかよ」

「いいや、何も悪くはないさ。君が金を出して薬を買ってさえくれれば、それはウチにとってもお客様の一人だからね。それを拒む理由などあるわけがない」


 どうやらルイスはデュランの顔色から、そこに理由があるとの考えに至ったらしい。

 それもそのはず、何も難しいことはない。薬が欲しくて十分な持ち金があれば、何もこうしてわざわざルイスがいるオッペンハイム商会などに来ずとも、そのまま薬屋に行って買えばいいこと。


 それなのにデュランが今まさにこうして自分の前に姿を見せているということは、つまり……。


「君には薬を買うだけの金がない……ということだね?」

「ぐっ……。あ、ああ……悔しいがお前の言うとおりだよ。俺には薬を買えるだけの持ち合わせがないんだ」


 デュランは見事に自分の行動から来た理由までを見透かされてしまい、悔しそうに唇を噛み締めながら頷いた。


「だがそれだけではないはずだ。なんせ君が知ってのとおり、私は思慮がとても狭い人間でね。もちろん金が無いにも関わらず、商品である薬を渡せるわけがないことも重々承知しているはずだ」

「もちろん、俺だってタダで薬を寄越せなんて言わないさ」


 デュランは何を思ったのか、首から下げている銀のネックレスを外すと右の手の中で強く握り締めてからルイスへと差し出した。


「ふふっ。これが薬の代金というわけか。だが何の変哲もない銀のネックレス……いや、これは銀の指輪付きのネックレスか?」

「ああ、それが今俺が唯一持っている中で一番大切な物だ。どうだそれなら十二分に価値があるものだろ? なんせシュヴァルツ家に代々受け継がれている当主としての証でもある指輪なんだからな!」


 デュランはそうルイスに向け言い、そして心の中ではマーガレットに謝った。


 本来ならそれはマーガレットとの婚約を約束する証の指輪であり、それと同時に当主が生涯を共にする妻へと送る大切な物。

 それをネリネの母親を救うためとはいえ、薬の代金の代わりにしようとしていたのだ。マーガレットへの未練が残ってるデュランにとっては二重の意味で悔しいに決まっている。


「ふーん。私にとっては価値の無いネックレスと指輪だったとしても、君にとってはさぞかし価値あるものなのだろうな」

「ああ、それで薬を……」

「いいや、ダメだよ。ダメダメ、ダーメ。いくら君にとって思い入れや価値があろうとも、私にとってはタダ同然・・・・の価値でしかない。銀のネックレスと銀の指輪ではいくら純度が高くとも、その程度の価値しか持ち合わせていない。それにこのようなものを薬代として、この私が受け取る義理も道理もない。……違うかな?」


 石買い屋の大手であるルイスにとっては銀の装飾品など店中どこにでも有り触れた物であり、手に乗るほどの少量の銀などはゴミクズにも等しかった。

 いやむしろ、その銀装飾品に価値があろうとなかろうと彼にとってはどうでもいい話だったのだ。


「……何が望みなんだ?」

「望みなんて大げさなものじゃないよ。そうだな……先程、私は君の論舌に負けてしまい、大勢が集う民衆の目の前で大恥じを掻かされてしまった。君も何か私に頼みごとをするならば、同じく恥を掻くべき……そうは思わないかね?」


 ルイスは自身のプライドがとても高く、それと同時に人の弱みを見つけ付け入るのがとても上手かった。

 このとき彼の中ではネックレスと指輪を薬の代金として受け取るだけでなく、この機会にデュランへ恥ずべき行為をさせて仕返しをしようと考えていたのだ。

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