第52話 資本主義の本質その2

「故意に労働者を減らすよう……仕向けるのですか?」

「うーん。お兄さん、本当にそうなの? 単に庶民達相手に薬を高く売りつけて金儲けがしたいとかじゃなくて?」


 デュランの言葉を聞いたネリネとリサだったが、二人は半信半疑と言った感じである。

 だがそれも無理はないことだった。


 何故なら石買い屋とは鉱山から産出する銅や鉄、そしてスズや石炭などの鉱石を売ることで利益を生み出しているわけであり、その労働者のほとんどが日雇いなのである。

 だから本来ならば、彼らを上手く扱えるようにするのが自らの利益に繋がるはずなのだ。なのにデュランが今言ったことは、それとはまったく真逆のことである。


「もちろん街中にある薬屋を買い取ることで市場を独占し、価格を操作する狙いもあるかもしれない。でも単に金儲けがしたいなら商品である薬か、その採取できる人間や生えている場所を金で抑えれば済む話だとは思わないか? それなのに店ごと買い取るなんて、無謀だしあまりにもリスキーすぎると感じたんだ」

「あ~確かにそうかもしれないね。価格を操作するためなら、何も外側であるお店や建物なんていらないもんね。薬を全部買い占めて値上がりしてから売りつける……それだけの手間で済むもんね。なるほどなるほど」


 デュランのその説明にどこか納得するようにリサは頷いていた。


「ああ、それに薬屋ってのは金があれば、誰も彼もが始められる類の商売じゃないんだ。何故なら薬を取り扱うためには、曲がりなりにも・・・・・・・国の認可が必要になるだろ? だから薬屋にしろ石買い屋にしろ、国へ申請してから許可をもらい、許可証を発行してもらうことでこの街において自由に商いをすることができるものなんだ。きっとそこに連中の狙いがあるとしか思えない」


 国は薬屋や診療所、それに鉱山や石買い屋それに製鉄所などの重要な施設に対して開業する際には、必ず申請を経ての許可を求めている。

 これらは国民の生活する上でもっとも重要であり、且つ不用意な質の低下や値段の乱高下を防ぐ狙いもあった。


 薬屋や診療所などは大規模感染である疫病を事前に防ぐ狙いがあり、また鉱山や石買い屋それと製鉄所などは日々の労働に直結するものなので、そこを国が管理することである程度国民を支配下に置く狙いもある。

 また重要な施設は権力で雁字搦がんじがらめとなっており、先程デュランが述べたとおり資金があれば誰でもできることではなかった。


 だがそれも既に許可を得ている店ならば、話は別である。


 許可申請とは新たにお店を開店させる場合に必要なだけで、その店が存続する限りその権利は続くもの。だから手っ取り早く薬屋の店ごと買い取ることにより、薬を自由に売買する権利を有することになる。


「それと労働者を減らすことと繋がるのでしょうか?」


 性格なのであろうネリネは恐ず恐ずとおっかな吃驚としながらも、右手を少しだけ挙げてそうデュランに質問をしてきた。


「この街の半分以上の人間がいわゆる労働者達なんだ。彼らが病気になり、仕事ができなくなれば一体どうなると思う?」

「どうなるって、それではお仕事ができなくなるわけですから生活もできませんよね? それに雇う側の方々も仕事をしてくださる方々がいなければ、これまでのように企業を維持できませ……あっ」


 そこでようやくネリネはデュランの言いたいことに気づいた。

 

「企業を維持できなくなれば、いずれは金が無くなり潰れてしまうだろうな。そうして最後に残るのは必然的に豊富な資金がある者か、もしくはそれを意図的に引き起こした者だけが残ることになる。つまりそれが……」

「オッペンハイム商会なんだね、お兄さん」

「俺はそう思っている」


 リサの言葉にデュランは迷うことなく頷いた。

 また傍に居るネリネの息を呑む音までもが、彼の耳元まで届いてくるほどだった。


 市場を独占して価格を釣り上げ利益を得ると同時に庶民達は薬を購入することができなくなり、やがては労働者全体の数が減るので別の分野である産業が衰退して買収などがし易くなる。

 それこそがオッペンハイム商会の狙いだとデュランは考えていたのだ。


「ズルイと言いますか、狡猾なのですね」

「ああ、ネリネの言うとおりだ。一部の金を持つ者達が国の経済と労働者である彼らを支配する……それこそが資本主義の本質なんだよ」


 悲しそうな顔をするネリネにデュランはそう口にすると、彼女は一層複雑そうな顔をしてしまう。

 それは悲しみなのか、それとも自分もその中の一人であるという悲観から来るものなのか、デュランにも分からない。


 そしてデュランは二人に向かって話の肝である言葉を口にする。

 

「そして一番肝心なところは、それらを合法的にもしているところなんだ」

「合法的に……なのですか? ですがそのようなことはあまりにも酷くはありませんか?」

「そうだな。もしそれらが違法だってんなら、国だって動いてはくれるだろうな。しかし、彼らがしていることは人道的に気分は良くないのだが、資本主義の道筋に則り、ちゃんと税を納め何一つ法律に背いてはいないんだ。だからこそ抗う術がまったく思いつかない」


 デュランは厳しくも物事の本質というものを口にする他なかった。

 ネリネの悲しそうな顔を見たくないがため、良いことばかりを述べてこの場を言い繕うこともできただろう。


 彼はそれでは意味がないと感じていたからこそ、二人に向かい説明をしたのだった。

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