第43話 花売りと赤い薔薇

「さてっと、お姫様。次はどこへ連れて行ってくれるんだ?」

「ふふっ。ボクのことをお姫様だなんてそんなぁ~っ。もうお兄さんったら口が上手いんだから♪ あっ、ここだよ」

「んっ? ここ……なのか? この店は肉屋だよな?」


 次に向かったのは豚肉がそのまま並んでいる肉屋だった。

 この場で解体するのか肋骨が見える枝付きの肉が店の屋台骨へといくつも吊るされていたり、まな板の上には大きな肉切り包丁が置かれていた。


「おじさん、こんにちは~♪ 今日もいらない骨を貰いに来ました~♪」

「んっ……そっちにあるから好きなの持っていきな」 


 リサがそう元気に挨拶をしたのだが店の店主らしき男は仕事をしている最中なのか、顔を下に向けたまま横にある肉を外された骨を顎だけで指し示すのだった。

 どうやら今は売るための豚を部位ごとに解体しているため、手が離せないようだ。


「それじゃ遠慮なく……お兄さん、ここに置いてある麻袋に入れてね」

「あ、ああ任せてくれ」


 デュランはリサから渡された麻袋に木カゴに積み上げられている骨を入れていった。


「うにゃ? どうしたのお兄さん、そんな難しそうな顔しちゃってさ」

「いやその……店の人は怒っていないのか? なんだか先程から不機嫌そうに俺には見えるんだが……」

「…………」


 なんだか先程の店主とはあまりにも態度が違うのでデュランは戸惑ってしまっていたのだ。

 実際そんな声が耳に入っているはずなのに、店主はこちらを見向きもせず一心不乱に肉を解体している。


「ああ、このおじさんは職人気質だからね。まず職人は口よりも手を動かすのが仕事の基本だから、必要以上には喋らないんだよ。ね、おじさん?」

「んっ」


 どうやらリサの言うとおりなのか、店主は頷きそう短く受け応えた。


「それに肉は野菜よりも鮮度が落ちやすく、早く解体バラして仕事をしないと劣化して売り物にならなくなっちゃうんだよ」

「なるほど……鮮度が命というわけなのか。確かにこうして話をしている間にも、店主は休まずに肉を解体しているな」

「…………」


 一切デュラン達を見向きもせずに店主はただ黙々と肉を解体しているだけだった。それだけ肉の劣化が早いということなのだろう。


 これがもし加工されている肉であるベーコンの燻製やハム、それに肉の塩漬けならば数ヶ月は鮮度が保つだろうが生肉ではよくて数日ほどである。その間にも、もちろん劣化は起こり日増しに食べることが困難になってしまうのだ。


「よしっと。なぁリサ、これくらいでいいか?」

「うん。上出来上出来。じゃあおじさん、またね~」

「……ああ」


 デュランが積み上げられていた骨を袋へ詰め終えると、リサは軽い口調で店主へと挨拶をして立ち去るのだった。

 けれどもそこで疑問があり、デュランはリサへと質問することにした。


「なぁリサ、さっきの店では金を払って豆を買ったのにここでは買わなくて良かったのかよ? それに骨とはいえ、こんなにもたくさん無料で貰っちまって……」


 デュランは重い袋を片手にそうリサへ言葉を投げかけた。


「うーん。本当は買ってあげたいんだけどね。それにスープに肉が入ればもっと美味しくなるんだけど……ボク達ってさ、お金無いでしょ? だから買うに買えないんだよね」

「そう言われると……」

「でしょ?」


「お金が無い……」リサからそう言われてしまっては、デュランは一切反論することができなかった。


「だからさ、お兄さん。お店を繁盛させて肉が必要になる料理が作れるようになったら、あそこで買うつもりなんだ。だからそんな気まずそうな顔しないでよ」

「そうか……早く買えるようになるといいな」

「うん♪」


 リサは元気良く返事をして頷いていた。


 そうして今度は再び野菜を買った店へと戻り、骨が入っている麻袋も運んでもらうようにと店主へ頼んだ。それから次にパン屋へ行き、明日の朝一番に黒パンを100個ほど届けて貰う約束を取り付けた。


 明日は開店初日ということでどれほどの客が来るかは分からないけれども、とりあえず自分達が食べる分も含めて、100人分の黒パンがあれば事足りるだろうとのリサの目論見であった。


 食材の仕入れを終えたデュラン達二人は手ぶらのまま店へと戻ることにして、ちょうど酒場の前を通り過ぎようとしたときである。


「あの……もし」

「ん? 俺のことか?」


 ふとデュランが一人の女性から声をかけられたのだ。

 瞬間的に以前声をかけてきた一夜を共にする商売を生業とした娼婦にでも声をかけられたと思ったデュランだったが、その声の主は娼婦の類ではなかった。


「もしよろしければ幸福の薔薇を1本、いかがでしょうか?」

「幸福の薔薇? ああっ。君は花売りなんだな?」

「はい」


 その子は見た目デュランと同じ年頃に見えるとても美人な女の子だったのだが、どこか幸薄そうな雰囲気を感じてしまう大人しそうな娘だった。


 青く長い艶やかな髪に整った顔、それにピンクを基調に所々に花をあしらったであろう模様のワンピース、その上には薄いスケスケのベーゼのような羽織ものを着ており、その服だけでいえば娼婦と言えなくもないが、左腕に下げている木で作られたカゴにいくつかの赤い薔薇が入れられているのが目に入った。


「1本銅貨1枚になりますが……ご必要になりませんか? 身に付け持っているだけでも幸せをもたらしてくれる幸福の薔薇なんですよ」

「あ~すまないのだが、正直、君からその薔薇を買ってやりたいのは山々なのだが、実は今手持ちが全然無くてな。花を買えるだけの余裕というか、二人とも食うことさえ困ってる状況なのだ。だからすまないな」

「そう……なのですか? また是非に……いつか貴方に幸福が訪れることを」


 そうデュランに頭を下げると花売りの子は今にも泣き出しそうな顔をしたまま、次の通り客へと話しかけに行ってしまった。


「今時……というか、馬鹿に丁寧な物腰の花売りだったな」

「そうだね。見たところボクとはニオイ・・・が違うみたいだから、元々はどこかの令嬢だったんじゃないのかな? ほら彼女の言葉使いや容姿、それに着ている服なんか高そうでしょ? 普通の庶民にはとても買える品物じゃないよ、アレ」

「なるほど令嬢か。確かにそんな独特の雰囲気が漂っているが、どこか不幸せそうな身の上にも見えてしまうな」


 隣にいるリサの言葉にデュランは思わず後ろを振り返って先程の花売りを見てしまう。

 彼女は一生懸命に薔薇を1本でも多く売ろうと次々に話しかけていた。


「ま、ボク達も今はそれどころじゃないよね」

「ああ、俺達にだって余裕があるわけじゃないしな。それに先程市場で仕入れをしたから、持ち金も銅貨がたった数枚程度しか残されて……」

「きゃーーっ!!」


 デュランが懐に入っている銅貨を確認しようと手を入れた瞬間、背後から女性の悲鳴が聞こえてきた。

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