第40話 アルフの懇願

悪魔deあくまで……」

「…………レストランねぇ~っ」


 デュランが店の名前を叫ぶと、リサとアルフは疑問があるのか互いに不満そうな顔を見合わせ、二人仲良く店名を揃って口にした。


「二人とも、この名前じゃダメだって言うつもりなのか?」

「いや、デュランがそう決めたら俺達がとやかく口を挟むことじゃねぇけどさ。ただ……」

「ただ……なんだよ? 遠慮しないで言ってみてくれ」


 アルフは少し言いづらそうにしていた。


「いや、そのぉ~……なぁリサ?」

「う、うん。また潰れちゃわないかって不安そうな店の名前だけど、お兄さんがそう決めたならいいんじゃないかな?」

「うぐっ……た、確かに不吉な名前ではあるよな」


 アルフは言おうかと迷った挙句、リサへと振ったら彼女は臆することなく以前潰れた店と文字は違うけれども、読み方が同じことに不安を持っていると述べた。

 またデュラン自身も思い当たるところがあったのか、それに対して反論することができない。


「ま、まぁでも今度は西側こっちの文字にするんだろ? なら、洒落が効いてるから案外ウケるかもしれない! な、なぁリサ!」

「……うん。ボクもアルフの言ったとおりだと思う。わ、わぁ~お兄さん、すっごいなぁ~。ははっ……」

「……苦しい言い訳と乾いた笑みをありがとよ、アルフにリサ」


 二人は苦しみながらも、どうにかそう言葉を口にするとデュランは社交辞令に対して礼を述べた。


「それで店のほうはどうなんだ? 二人して二階を掃除してるってことはもう粗方終わったってみていいのか?」

「ああ、それならもうバッチリだぜ! 店の中も綺麗になってるし、あとは材料とか買ってきてただひたすらに営業するだけだ」


 アルフはまるで自分の手柄だと言わんばかりに、デュランに店を見渡して確認するように言った。

 デュランは言われたとおり、店の中を見渡す。


「そうか。リサのほうはどうなんだ? 料理というか、調理全般に関してはお前一人に任せても平気なんだよな?」

「もちろんだよ♪ ただボクが厨房に入っちゃうとホールができないんだけど……」 

「俺が配膳係ウエイターをするか、誰か新たに雇い入れるしかないか」


 リサは調理には自信があるようだったが、客を接客したり料理を運ぶホール仕事のほうが不安のようだった。


「おいおい、デュランよ! 俺も居るんだぞっ!? 何で俺には仕事を振らないんだよ!? この俺だってな、酒場でウエイターとかの仕事してたんだぞ」

「……別に俺もアルフの能力を疑ってるわけじゃないさ」

「な、ならっ!!」


 アルフはここにきて自分のことを頼ってくれない親友に食って掛かり、彼の胸元の服を握り締め、今にも殴らんばかりの勢いに興奮していた。

 けれども次のデュランの言葉でふと我に返ることになる。


「でもな、アルフ。お前には養わなければいけないたくさんの家族がいるだろ? とてもじゃないが今のウチでは、それに見合えるだけの賃金をお前に払えるか分からないんだ。それでもいいのか? 自分の家族を無視してでも、これからずっと無賃金で働いてくれるのか? 正直これまではお前が親友ってことで甘えちまったけれどな、これからは店を継続して営業しなくちゃいけないんだ。だからキチンとした労働力が見込めないと雇い入れることは不可能なんだよ」

「あっ……」

「……無理だろ? 違うか?」

「ごめんデュラン……俺、自分の都合のことしか頭になかったみてぇだ」


 アルフはデュランの言葉に納得したのか、それともそこで家族の顔が頭に浮かんだのか、冷静な顔つきになって掴んでいた服をパッと放した。


「でもな、デュラン……」

「うん?」

「実は言ってなかったことがあるんだけど、今は世間も不況でな、安定した仕事なんて全然ねぇんだよ。実際、ウィーレス鉱山が閉鎖されちまってから毎日のように酒場には人があぶれちまってるんだよ。これは何も比喩でもなんでもなく、仕事から溢れた人達が大勢毎日のように何かしらの仕事が入るのを待っているんだ。だから……」


 アルフはそっとデュランの手を力一杯握り締め、こんな言葉を口にした。


「俺を……いえ、俺のことをこの店で雇ってください、お願いします」

「あ、アルフっ!?」


 いきなりのアルフの行動にデュランは目を剥いて驚き、戸惑いを隠し切れない。


 たった今、雇えないと断ったばかりだというのに、彼は頭を下げて自分を雇ってくれるようにと頼み込んでいたのだ。


「ね、ねぇお兄さん。どうにかならないの?」

「……リサ」


 リサはデュランの右袖を引っ張りながら困っているアルフのことを心配していた。


 きっと、自分の境遇と彼の家族とを重ね合わせているのかもしれない。


「いや、でも……でもな、アルフ。さっきも言ったけれども、今のウチじゃとてもじゃないが……」

「別に俺だってな、もう良い年頃の大人なんだから自分のことを安く売るつもりなんて全然ねぇさ。でも稼がなきゃ、何かしらの仕事がなきゃ、ウチで待ってる兄妹を養っていけねぇんだ。せめて飯を食っていける分だけでもどうにかならねぇか? お、俺の分はどうだっていんだ! その分余計に弟や妹に少しでも食わせてやりてぇんだよ。なぁ頼むよ、デュラン……」

「アルフ……」


 デュランと同様にアルフ自身も仕事が無く、彼の家族も食べられないほど、ほとほと困り果ててる状態だったようだ。そうでもなければ彼がこんな必死に頼み込むわけがなかった。


「リサ。毎日昼と夜2食分の食事を8人分、どうにか給金の代わりとして賄えることができるか?」

「うーん。スープと黒パンくらいならなんとか捻出できるとは思うよ。それにお店を営業して売れ残れば食事を提供、売れ残らなければ代わりに賃金を払えば問題は解決できるんじゃないかな?」

「つまり半物半金はんぶつはんきんってわけか。それなら……」


 デュランの問いかけにリサは少し間を置いてから、そんな解決策を提案してくれた。


「アルフはそれでもいいのか? とりあえず店が軌道に乗るまでの間は食べ物での現物支給をする。これは家族の食事を含んだ賃金の代わりとして、だ。それにもし店からの利益が出始めたら、改めてそれ相応の賃金を払うことを約束する……それでいいか?」

「ああ、ああっ! それで十分だぜっ! ありがとうデュランっっ!!」

「れ、礼ならリサに言え。あっこら、そんな抱きつくなってっ!」


 アルフはようやく家族を食べさせていけることに喜び、そのままデュランへと抱きついていた。

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