第33話 互いに相手を愛するが故の決断

「新郎ケイン・シュヴァルツ。あなたはここにいるマーガレット・ツヴェルスタを病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

「誓います」


 神父の言葉にケインはマーガレットの目を見つめ、迷うことなく誓った。

 そして神父は新婦である、マーガレットの方へと体を向け、このように問いかける。


「新婦マーガレット・ツヴェルスタ。あなたはここにいるケイン・シュヴァルツを病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

「…………」


 しかしマーガレットは神父のその問いに答えようとせず、まるで誰かを探すかのように事の成り行きを見守る観衆の中へと視線を送っていた。


(マーガレットは俺のことを探しているのか?)


 デュランがそう思っていたまさにそのとき、二人の想いが通じ合ったのか、ふと誰かを必死に探すマーガレットの目と合ってしまった。


(ほんとうにいいの……デュラン?)


 マーガレットのその瞳は激しく揺れ動き、まるで迷い子のように不安そうな顔とともに今の心境を表わしているようにもデュランには見えた。


(今の俺なんかじゃ、とてもマーガレットのことを救うこともできない……)


 デュランは覚悟を決め、硬くなっていた口元を少しだけ緩め小さく頷いた。


(デュラン……。そう……そうよね。私と貴方はもう……)


 それを見たマーガレットは今にも泣き出しそうに唇を噛み締めながら顔を伏せてしまった。 


「こほんっ。新婦マーガレット・ツヴェルスタ。あなたは……」


 神父は仕切りなおしとばかりに咳払いをすると、再度その意思を確認するようにマーガレットへ向けて誓いの言葉を口にした。


「……慈しむ事を誓いますか?」


 そして再びマーガレットへケインと夫婦となるかと問いかけられた。これが事実上、彼女への最後の意思の確認となる。

 もしここで否定するなり沈黙を貫くなりすれば、ケインとの婚姻は正式に破談となることだろう。


 そうして、マーガレットが下した決断とは……


「…………誓います」


 マーガレットは神父の問いに対して長い沈黙の後、誓ってしまった。


「おおっ! 主よ、今ここに新たな夫婦が誕生いたしました。今日この日より二人が永遠の別れをするそのときまで見守りください。新郎、最後に夫婦となった証に誓いの口付けを新婦へ」

「マーガレット……んっ」

「…………ん」


 神父に促されたケインはマーガレットの顔を覆っているベールを持ち上げると、そっと誓いの口付けをしたのだった。

 その瞬間、それまで二人を見守っていた観衆から割れんばかりの拍手と祝福の言葉が投げかけられたが、扉からそっと出てしまう人がいた。


(マーガレット……)


 それはデュランだった。

 彼はマーガレットの結婚式を祝福したのだが、心の中で巻き起こる葛藤に堪えられなかったのだ。


(これで本当に良かったんだよな? 俺は……後悔していないよな?)


 そして今なおその判断が正しいものだったのか分からず、新郎と新婦が祝福されながら外へと出てくるまで一人考えるのだった。



「いやぁ~、今日の結婚式はとてもすばらしいものでしたな~」

「ほんとここまで来たかいがあったというものですよ。それにあんな綺麗な女性を妻にできるのだから彼は幸せ者ですな! ははははっ」


 教会での式を終えると今度は出席した人達を招いたパーティが開かれることとなった。

 もちろん場所は二人がこれから住む家であり、そこは元デュランが住んでいた家だった。


 七面鳥の丸焼きにローストビーフ、クラッカーの上に乗せられたキャビアや年代ものの高級なワインなど、それらはとても庶民が一生かけても口にできるものとはかけ離れている豪勢な料理が振る舞われていた。

 そして出席していた各々は社交界のパーティーさながらにダンスをしたり、新郎や新婦の話をツマミ・・・に交流を深めていた。


「あの……お兄様。これをどうぞ」

「ルインか。ありがとう」


 デュランが一人窓際で佇んでいると、そこへルインがやって来て彼にワイングラスを手渡した。

 グラスの中には、赤く芳醇な香りが漂う赤ワインがグラスに半分ほど注がれていた。


「ありがとうルイン。んっんっ……ふぅ~っ」

「お兄様。気を落とされていますわよね?」


 デュランが一気に渡されたワインを水のようにあおると、ルインは彼の心中を察するようにそう問いかけてきた。


「んっ? いや、案外そうでもないさ。どちらにせよ、俺にはマーガレットを救うだけの力がなかったからな。それも仕方ないことさ」

「ですけど! お兄様はお姉様のことを……愛していらしたのですわよね? 本当によろしかったんですの?」


 デュランのその物言いが強がりだと感じたのか、ルインは食い下がるように彼の気持ちへ問いかけようとする。


「ふふっ。ああ、もちろんマーガレットのことは愛していた・・・・・さ。そもそも相手を好きでもなければ女性と婚約の約束なんてしないだろ? 違うか?」

「そ、それなら一体どうして……お兄様はそのように冷静でいられますの?」


 デュランはそれでもなお食い下がろうとするルインの言葉を遮るように、そっと彼女の頭へと手を乗せて優しく髪を撫でた。


「でもな、ルイン。俺とマーガレットは互いに好き合っていたのに、いつの間にか運命の悪戯ってヤツに惑わされちまったんだよ。人の縁ってのは不思議なもので互いの気持ちに関係なく、時に花をつけたとしてもこうして実を結ばないこともあるんだ」

「でもお姉様のことを愛されていたのですわよね? なのに! なのに……お兄様はこんな簡単に諦めてしまえるものなんですの?」

「ああ、諦められるさ。それが相手の幸せなら……な。マーガレットもそれを理解しているからこそ、ケインと結婚したはずだしな」

「……私にはとてもお二人のことが理解できませんわ。愛しているのに……こんなにも近くに居るのに……」


 ルインは未だ納得できないといった感じでデュランに頭を撫でられ、どこか拗ねたような顔をしていた。


「ルイン、相手を愛しているが故に諦めることもあるんだ。お前ももう少し大人になればそれを理解できる時が来るはずだ」

「大人になれば……ですの」


 デュランはそうルインに言い聞かせるように優しく諭した。


「あの、お兄様……実は私、お兄様に謝らなければいけないことがあるんです」


 ルインは悲しい顔のまま、今度はデュランへと語りかけた。

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