第22話 想い人との口付け

「ようやくトールの村が見えてきたな! やはり馬は早くて良いものだなルイン」

「そう……ですわね」


 前方には小さな村であり目的地であるトールの村々が二人の視界に映りこんでいた。

 大都会であるツヴェンクルクとは違って大きな建物などもほとんどなく、一部の貴族が住む少し大きな家とともに庶民達が暮らす小さな家が点在する程度である。


 馬を褒め明るい笑顔のデュランとは対象的に、ルインは少しだけ名残惜しそうな顔をしていた。


「また今度一緒に……」

「えっ? お兄様、今なにかおっしゃいまして?」

「あっいや……もしルインさえ良かったら、また今度一緒に二人乗りで乗馬をしないかと思ってな。今度はゆっくりと……嫌か?」

「嫌だなんてとんでもないですわよお兄様! お兄様のお誘いなら私はいつでも大歓迎ですもの♪」


 デュランは何故かそんな言葉を自然と口にしてしまう。

 ルインはその誘いを喜んで受けていた。


「ふっ……そうか。ありがとうな……ルイン」

「ふぇ? なんでお兄様が感謝の言葉をおっしゃられてますの?」

「それはルインがいい子だからさ」


 デュランは少し手綱を緩めると、右腕だけでルインのことを支えながら空いている左手で自分の胸元へと収まっている彼女の頭をそっと撫でた。


「あ、あのお兄様。これって……」

「もしかしてルインは頭を撫でられるのは嫌だったか? なら残念だが……もう撫でるのは止めるとするか」

「あっ……ぅぅっ」


 デュランは頭を撫でるのを嫌がっていると思い、撫でるのを止めるとルインは自分の頭から離れていく彼の手を名残惜しそうに目で追い、とても残念そうな顔をしてしまう。  


「うん? どうしたルイン?」  

「ぅぅっ。お兄様は意地悪ですわよ。私の気持ちに気づいていながら撫でるのを止めてしまうだなんて……」


 デュランの意味深な笑みを見たルインは、自分がからかわれているのだと気づいてしまう。


(その笑顔もズルイですわ。私の心を知りながらも弄んでいるようなその笑顔。ぅぅっ……それでも私はお兄様のことが大好きですわ。い、いえ今のはなし。なしですわよルイン。今の気持ちは勘違いですの。私はお兄様に頭を撫でられるのが好きなんですわよ。それにそれにお兄様との何気ないコミュニケーションも好きですわ)


 それでもなお、デュランとのこんなやり取りが心地良いものだとルインは感じてしまっていたのだ。

 だが彼を好きとという気持ちと共に自分は妹のような存在で諦めなければいけないという気持ちとが複雑に葛藤かっとうしていたが、彼に甘えたいという気持ちの方が勝ってしまい、こんな言葉を口に出してしまう。


「お、お兄様……頭を撫でるのを止めないでくださいまし。お願いですから……(照)」

「ははっ。ルインは甘えん坊なんだな。ほら」

「あっ……ん~~っ♪」


 デュランはそんなルインのことが可愛くて堪らなくなり、撫でるのを再開する。

 するとまるで子猫のように彼へと甘えてしまうルイン。


(もしもお兄様がこのように毎日のように頭を撫でてくれるなら、私はたとえお兄様の妹でも……。私はなんでお兄様の妹に生まれてこなかったのかしら……。でもお兄様の実の妹ですと結婚は愚か恋愛もそして……きききき、キスもできませんわよね。それに何より今の立ち位置ポジションなら私にもまだチャンスはあるかもしれないですわね!)


 ルインはデュランの妹に生まれたかったと望みながらも、それと同時に彼とそれ以上の関係もまだ諦めてはいなかったのだ。

 そして意を決したようにルインは見上げながらデュランへとこう宣言する。


「お兄様っ!!」

「なんだルイン?」

「お兄様、ツヴェルスタ家の女は諦めが悪いことで有名なんですわよ! だから私、最後まで諦めませんから覚悟しておいてくださいまし! よろしいこと!!」

「…………」


 いきなりのルインの物言いにデュランは呆気に取られてしまった。


「ダメ……なんですの?」


 けれどもルインもルインで彼がどう思ったのか気にした様子で少し弱気になりながら、彼のことを潤んだ瞳で見つめていた。


「あ、ああ……。いや……いきなりだったから驚いただけだ。ルインがそう決めたならそれでも良いと俺は思う」


 彼はそんな彼女の瞳に魅入られてしまうのではないかと、内心戸惑いながらもそう口にして賛同した。


「本当ですの? ほんとの本当に?」

「も、もちろんだ。ルインが決めたことなんだろ? なら俺はそれを応援するだけだしな」


 デュランはルインが一体何を諦めないと言っているのか皆目見当も付いていなかったのだが、とにかく一生懸命になっている彼女を応援することだけは約束した。


「ああっっ、私だけの・・・・お兄様っ! やはり私とお兄様は運命の赤い糸で結ばれ想いも通わせているのですね!」

「……えっ? る、ルイン。お前一体何の話をしているん……っ!?」

「んっ♪」


 突然正面からルインが彼の首へ両腕を回しながら抱きついてきて、彼女から自分の口元へと何かを押し付けられてしまったデュランは息も出来ずに混乱してしまう。

 目の前には彼女が目を瞑りながら自分の唇へと柔らかくて温かな甘い唇を押し付けているのが目に入った。


(こ、これってルインの唇……だよな? 何で俺はルインとキスをしているんだよ? もしかして弾みで……いや、首に腕を回されてから彼女がしてきたんだったよな? じゃあルインはわざと俺に……)


 そこでようやくデュランは自分が置かれた状況を理解するのだった。


(これが夢にまでみた憧れだったお兄様とのキス。ああ私、今と~っても幸せですわよ。それに私の唇を伝わってお兄様の熱と吐息とが直接私の体へ流れ込んでくるような不思議な感覚。それにこの心持ちどこかほんのりっとした甘いお味。今まで口にしたどんなスイーツよりもと~っても甘くて、それでいていつまでも味わっていたいような魅力的な大人の味がしますわね♪ これが殿方との……いいえ、想い人とのキスなのね♪)


 ルインは未だデュランの首へと腕を回してキスを楽しんでいた。

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