東風ギャングエイジ
赤木フランカ(旧・赤木律夫)
1
ダークブルーの海は、海底の白い砂と淡いグラデーションを織りなす。南オグレット海の非現実的な景色はしばしば「宝石」と形容され、人々に地球の美しさを再認識させる。
その宝石の海の上に、ただ一点だけ黒い塊が浮かんでいる。世界中の人間の欲望と資本が集まり渦を巻く「混沌の島」……都市化が進んだ北東部と、自然が残る南西部のリゾート地。人工物と自然物を歪に継ぎ合わせた島の姿は、複数の動物を合成した異形の悪魔にも見える。
「まったく、いつ見ても醜い島ですね……パイモン島は……」
ヘリのパイロットが操縦席から話しかけてくる。万城目ワタルは「いえ」と答えた。
「私は結構好きですよ、この島の景色」
「冗談でしょう?」
「本気で言っているんですよ」
万城目は笑う。
パイモン島は国際条約において企業自治区と設定され、どの国家の統治下にも属さない。行政権は各企業の代表から構成される自治委員会が握り、立法や司法にも民間企業が強い影響力を及ぼす。一応国連の各機関の指導に従うが、この島では経済力が権力に直結し、国家の果たしていた役割は企業に取って代わられている。
「パイモン島は多種多様な企業がそれぞれビジネスを展開し、雑然とした街並みを形作っている。私にはそれが、人々の生命エネルギーと情熱が形となって現れたように見えるんです」
「へぇ……」
ヘリのパイロットには万城目の感覚がピンとこないらしい。まぁ、ジャーナリストとしての仕事をやってきて、この島の魅力を理解してくれる人に出会ったことなど、数えるほどしかない。
「ところで、ミスター・マンジョウメ? 今日は何を取材しにパイモン島へ?」
「ファン公司(コンス)の飛行隊ですよ。やっと許可が下りて、少しの時間ですが、パイロットにインタビューさせてもらえるそうです」
ファン公司はパイモン島で最も強大な権力を有する巨大複合企業体である。これだけ大きな企業になると、当然快く思わない者がいるため、自衛のために武装し、黒社会と関係を持っていた。現在のファン公司は、表向きには一企業として振舞っているが、その実態はほとんどマフィアに近いと言われる。
ファン公司は陸・海・空からなる傭兵部門を抱えている。私兵部隊を前身としているが、その戦力はパイモン島の防衛や国連が主導する平和維持活動にも拠出されている。とくに航空戦力は小国の空軍力に匹敵し、正規軍からは「スカイ・ギャング」と呼ばれて畏れられている。
「ギャングのアジトに乗り込むんですか⁉」
「いや、ケンカはごめんですよ」
「でも、危険であることは変わりません。下手なことを記事に描けば、ピストルを突き付けられますよ?」
パイロットは万城目の身を案じてくれているようだ。だが、万城目はここで取材を諦める訳にはいかなかった。
「それでも、私は行きますよ。世界最強の戦闘機と、最新鋭のAI。そして、それを駆る戦士に会えるんですから……これを逃したら、もう二度とチャンスは巡ってこないかもしれない……」
「そんなにスゴイんですか? ギャングの飛行機は?」
「ええ」と応え、万城目はギャングたちが乗る機体の性能を語る。
RW-19「ラステル」は、並の民間軍事会社ではまず使うことのできない一級品である。格闘性能、速度性能、生存性を世界最高レベルで備え、ロト&ヴァイス社の最高傑作と称される。当然価格もバカにならないが、ファン公司は五十機以上のラステルを購入し、三十機以上が稼働している。
「それくらいの性能の機体なら、他にもいくらでもあると思うんですがね?」
「いや、ファン公司の機体はただのラステルじゃないんです。睦月重工業が開発したパイロット支援AI『RINNE』を搭載しているんです!」
今度はRINNEについて説明を始める。
提携企業である睦月重工が開発したこのAIは、兵装の切り替えや攻撃効果の確認などを人間の代わりにこなし、パイロットの負担を軽減する。だが、RINNEの最大の特徴は、自己進化プログラムが組み込まれていることである。戦闘で収集したデータを解析し問題を修正、他の機体と並列化することで、人間が手を加えずとも自動でアップグレードしていく。将来的には離陸から着陸までの動作を自動で行ったり、完全無人の状態で運用したりすることすら可能とすると言われている。RINNE=輪廻の名の通り、何度も生まれ変わって進化を続けるAIなのだ。
「機械に命を与えるシステム……という訳ですか?」
万城目は頷く。パイロットはバックミラーでそれを確認した後、「着陸態勢に入ります」と伝えてきた。彼は嘘を言っている訳では無かったが、万城目にはそれが自分の話をシャットアウトされたように感じた。まぁ、饒舌に語り過ぎてしまう癖が悪かったのだろう。
ヘリが着陸するまでの間、万城目はタブレットで取材の資料に目を通した。そこには、今回インタビューすることになっているパイロットのプロフィールが記載されている。
RINNE搭載型のラステル二機で編成されるシェンリー隊は、ファン公司がパイモン島に配備している飛行隊の一つである。予備パイロットはおらず、男女二人のパイロットだけで運用される非常に小規模な部隊だ。
一番機のロナルド・チェンは十五歳の若さで編隊長を任されているが、しっかりとその仕事をこなしているようである。資料に添付された顔写真では、利発な少年という印象を受ける。率先して学級委員長を引き受けて、体育祭でもクラスを引っ張っていくようなタイプと言ったところだ。仲間内では名前の略称に「小(シャオ)」を付けて「シャオロン」と呼ばれているらしい。ニックネームで呼ばれるほど、彼は周りから親しまれ、信頼されているようだ。
二番機のカズキ・D・ティラーソンは、シャオロンとは対照的に無口な少女だと聞かされている。艶やかな黒髪とヤマネコを思わせる目つきは、彼女の性格が反映されているようにも思える。シャオロンが学級委員長なら、彼女は教室の隅で読書をしているタイプだ。しかし、撃墜数はシャオロンに優っている。空に上がれば優秀なハンターに化けるらしい。
*
ヘリを降りた万城目は、広報を担当する職員の案内で基地内の応接室に通された。
五分ほど待っていると、先ほどと同じ職員に連れられてシャオロンとカズキが入ってきた。二人はパイロットスーツを着ていたが、万城目は特に驚くことはなかった。事前にスクランブル配置の間にインタビューをするということは聞かされていた。
「どうも! シェンリー隊一番機、ロナルド・チェンです!」
「同じく二番機、カズキ・D・ティラーソンです」
シャオロンはニカッと笑って挙手敬礼。写真の印象通りの反応だ。一方のカズキは表情を崩さない。彼女は自分を警戒しているのだろうか?
「万城目ワタルだ。二人とも、今日はわざわざありがとう」
万城目はシャオロンと握手を交わし、次いでカズキにも手を差し出す。彼女が手を握り返してくるまでの間に、若干のタイムラグがあった。カズキは取材を受けるのには慣れていないらしい。
「あまり時間をとってしまうと悪いから、さっそく本題に入ろうか?」
三人はソファーに座り、インタビューを始める。
「つい最近、キミたちの部隊のラステルにRINNEが搭載されたらしいけど、使ってみてどうだった? パイロットとして、率直な感想を聴かせてほしい」
万城目の質問にシャオロンが直ぐに答える。
「そうですねぇ……俺はバカなんで、使い心地とかは特に気にしたことないです。でも、問題ないと思いますよ?」
「あはは……そうなんだ……」
どうやら、シャオロンは道具にはこだわらないようだ。RINNEの実戦における評価を記事に書くつもりだったが、彼の感想は役に立たないだろう。まぁ、どんな道具でもそれなりに出来てしまうのは、ある意味才能と言えるかもしれないが……
「カズキは?」
今度は僚機の方に話を振る。彼女は即答しない。五秒ほど経って、カズキはようやく万城目の質問に答える。
「いいAIだと思いますよ……まるで中に人が入っているみたいです。それなら、私はもう飛ぶ必要はなくなりますよね……」
カズキは俯く。黒い前髪がその顔を隠し、泣いているのか怒っているのかは解らない。もしかして、自分の質問は何等かのスイッチを入れてしまったのだろうか?
万城目がそんなことを考えていると、基地内に警報が鳴り響いた。それを聴いたシャオロンとカズキは跳び上がるように席を立つ。
「悪いな、万城目さん。スクランブルだ」
「こっちこそ。今日は話ができて良かったよ」
そう言って万城目は部屋を飛び出すシャオロンを見送る。そこにカズキが続くが、彼女は部屋を出る前に、一瞬だけ万城目の方に視線を向けてきた。
ヤマネコのように鋭い眼光……しかし、それはトラやライオンよりも頼りなかった。
――つづく――
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