スイの怠惰な一人旅
「なに、今日は自室で食事かい。気を付けて持ってお行き」
メリーは王都の調理人からスイと自分の昼食を受け取り、足早に勇者部屋に持って行った。
(ふぅ、怪しまれてはいないけど変に気を張ってしまいます……)
メリーは優秀なメイドだ。決して態度に出す事は無いが、その心の内は年相応に不安や悩みが絶えない。
(だけど頑張らなくてはスイ様のメイドは務まりません)
メリーは今、スイのメイドなのだ。
王城に仕える者としては、勇者の無許可の旅立ちなど許すはずがない。
だが、スイは何か理由があって一人で行ったのだろう。
メリーはスイを信じた。
彼は逃げ出す様な人じゃない。
面倒臭いなんて言いながらも、ミライア様やデヴィス様が見ていない所で、知識や力を蓄えている。
そう、いつも側に控えている自分だけが知っている。
「スイ様、昼食をお持ちしました」
「うむ」
部屋に入り、テーブルに二人分の食事を並べて、メリーはスイの
スイは一人で食べるのは居心地が悪いと、そう言っていつもメリーと一緒に食事をしている。だから今の光景に違和感はない。
それに、擬似人形が喋る事も、食事をとる事も嬉しい誤算であり、メリーはやり通すぞと意気込んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
スイを含む三人は、ケモンシティの搬入専用門前に来ていた。
正門とは別の場所にあるここは、今回の様に魔物を丸々一体運ぶ際に利用される。
多くの冒険者は、必要な部位だけを剥ぎ取り、ギルドに提出したり売却するのだが、状態が良ければそのまま持ち運んだ方が良い値がつくことが多い。それは解体手数料を差し引いても、だ。
それらの事を冒険者に説明され、適当に聞き流すスイ。
「まあ、通常は荷車なんかを使うんだがな……」
両手を天に掲げて大きな魔物を運ぶ少年を見れば、常識とは何なのか考えさせられる冒険者であった。
「な、な、なんでぇそのガキは!!」
そしてその冒険者は、驚く解体屋を見て、やはり自分はおかしくなかったと安堵するのだった。
「よかった、今日は暇だから昼過ぎには解体終わるってさ。今が丁度昼だから、飯食ってプラプラしてれば部位報酬が出る。ま、その前に先に依頼報酬を貰いにギルドに行こう」
依頼達成の報酬とは別に、討伐した魔物の素材は部位報酬として与えられる。部位報酬は素材の状態や希少価値、量などによって変化する。
「そういえば俺はギルドに登録していないが、報酬を貰ってもいいのか?」
「ああ、心配ないよ。解体屋もギルドの依頼も、冒険者の特権だけど受け取った報酬をどうこうするのはそれぞれの勝手だからね。今回の件は俺らの依頼だけど俺らは何もしてない。だから依頼報酬も部位報酬も半分は君に渡す。……半分じゃ満足出来ないかい?」
「いや、それだけでも一月分の宿と食事代くらいはあるのだろう?それなら十分だ」
「無欲だなあ。ま、俺らからしたらありがたいけどね。あ、お昼くらいは奢るよ」
会話をしながらギルドへ向かう三人。
搬入用の門から入ると、目の前にギルドの裏口がある。ここは職員専用だ。
冒険者は表に回り込んだ入口から入る。
「あ、おかえりなさい、Bランク冒険者『ダブル』のお二人!と、そちらは……?」
明るく元気な受付嬢が三人を迎える。
因みにスイは『ダブル』の二人を、残念なものを見るような目で見つめている。
「ただいま。こちらは強力な助っ人さ。今回の報酬の半分は彼に渡したいから分けておいてくれるかな。あ、スイ、良かったら登録していけば…………おい、何だよその目は」
「いい名前が思いつかなかったのか?」
「「余計なお世話だよ!!」」
綺麗に揃ったツッコミに苦笑しながら、受付嬢は勧めた。
「ではスイさん!是非ギルドに登録して行ってください!ダブルのお二人に認められる程の実力なら、たくさん貢献してくれるでしょうから!」
「登録に必要なものはなんだ?」
「実名と、生まれや育ちを簡単に伺います!」
「面倒だな……」
恐らく王都に戻れば、ギルドに登録させられるだろう。その時に自分の情報が登録されていたら何を言われるかわかったもんじゃない。特に小姑のようなミライアは面倒だ。
スイはそう考え、登録を断った。
「ぎ、ギルドの登録が面倒だなんて、初めて言われましたよぉ……」
再び苦笑した受付嬢に見送られる。
「しかし広いな。そこの飯は美味いか?」
受付から離れたスイは、ギルドに併設された食堂に惹かれた。
「おう、勿論!低価格でたらふく食えて、味も良い!その食堂は冒険者の天国さ」
そういうわけで、三人はギルドの食堂で昼食を取ることにした。
「ダブルのお二人さん。俺の事はあまり口外しないで欲しい」
葡萄ジュースをちまちま飲みながら、スイは言った。
「はは、やっぱ只者じゃないって事だな。まあ断る事じゃないし、別にいいぜ」
「そうだな、少し正体が気になるが……まあそれより飯だな」
三人は運ばれてきた料理にがっつく。
「そういえばここから北に行くと何がある?」
スイは知っているが、敢えて聞いた。
「何って、そりゃあ獣族の里だよ。でもあの山は越えられないぞ。中腹より先に進んだ人族は、誰も帰って来なかった。きっと獣族の仕業だろうが、証拠がないから人族も動けない。まあ、亜人族はこちらから関わらなければ害にならない。何より、亜人なんかに興味ないしな。間違っても山を越えようとするなよ?」
「なぜ亜人に興味が無いんだ?亜人族や魔族に会ったことは?」
「え、と、そりゃあないけどさ、随分おかしな事を言うな。亜人族も魔族も、人族じゃあないだろ?」
「…………そうか」
不思議そうにしている二人と、人族至上主義かと呆れるスイ。
そこに悪意が絡むのは、荒くれ者が多い故だろう。
「はっ!『ダブル』の二人がガキのお守りか?人族の誇りも知らねえガキの世話とは、お前らも堕ちたなぁ!」
しかし三人は気にも止めずに食事を続ける。
「そういえば西のケモンシティ、東のエドンシティと言うが、東もここ程賑わっているのか?」
「おいクソガキ!テメェ誰をシカトして…」
「ああ、規模は同じくらいだね。どちらも中心の王都に負けてないよ?是非行ってみるといい」
そしてシカトされ続けた荒くれ冒険者は、遂に殺気を放った。
「テメェらいい加減に――」
――ガキィィィン。
しかしそれは虎の前の鼠の様。
『ダブル』の二人は、この少年に喧嘩売ったのが間違いだったな、と同じ事を思いながら結界に包囲された荒くれ冒険者を眺める。
「おいこら俺を閉じ込めたつもりか!?クソが!なめやがって」
だが荒くれ冒険者は恥を知らずに騒ぎ続ける。その様子を見て、周りの冒険者も迷惑している。
スイはトントンとテーブルを指で叩きながら考え事をしている。
そんなスイを見て、次は何をするのかと楽しみにしているのは『ダブル』の二人だけだ。
そしてスイは思い出したと言わんばかりに顔を上げた。
「補助魔法 防音・暗転」
「形質変化」
そう唱えると、荒くれ冒険者を閉じ込めた結界は真っ黒になり、中が見えなくなる。それと同時に一切の音が消える。
そして最後に、その真っ黒の結界は熊の形に変化する。勿論、中では人間が騒いでいるのだが、外から見れば大きな黒熊の置物だ。
「迷惑かけたな。この置物は邪魔だったらゴミに出してくれて構わない」
そう言い終わった後、食堂のあちこちから拍手と歓声が響いた。
「あいつには皆迷惑してたんだ。スイのおかげでスカッとしてるのさ。しかし結局目立ってしまったな」
「そうだな、俺は少し街を見に出よう。解体が終わる頃にここに集まろう」
「了解、あちこちで騒ぎ起こすなよ」
「そんな面倒事しない」
――――――――――――――
「お、スイ、早かったな。丁度報酬貰ってきた所だ」
「うむ」
ここは海と隣接する街だ。故にスイはここを港町と勘違いした。
だがこの世界に船は無く、漁も行われていない。だからスイが期待した海鮮料理は食べられなかった。それを期待して昼食を控えたと言うのに。
「……へえ。お前結構食ってたのにまだ食おうとしてたのか」
「飯だけは意外と食うんだな」
ギルドにトボトボ帰ってきたスイの話を聞いた冒険者二人は苦笑しながら報酬を渡した。
「ありがたい。……少し重くないか?」
「獲物の状態が良かったからさ。それと、ちょっとだけ色をつけといたよ。面白いもん見せて貰ったし」
そう言って熊の置物に視線を向ける冒険者。
スイは出発前に貰った空間拡張ポーチに金貨袋をしまった。スイの訓練卒業祝いだと、デヴィスとミライアがプレゼントしてくれたのだ。そしてその直後王都を抜け出して来たのだから、スイに罪悪感は無い様に見える。
「何から何まで感謝する。ではまたどこかで会ったらよろしく頼む」
「え!?もう行っちまうのか?一晩くらいゆっくりして行けよ?」
「いや、急ぐ旅だからな」
片手を上げてギルドを出て行くスイは呟いた。
「そう言えば名前を聞いてなかったな……」
『ダブル』の二人の名前を聞き忘れたが、まあいいかとスイは街を出た。
王都を出て一日目だが、スイは早くも面倒だと思い始めた。
旅立った時は「久しぶりに一人になれる」と気楽なものだったが、日が暮れてきてから、美味しい夕食が食べたいやら、フカフカのベッドで眠りたいやら考えるようになった。
「しかし見事な隔離だな」
ケモンシティから北に向かっているスイは、獣族の里の前に聳え立つ山を見て呟いた。
左右に迂回しようと思っても、どちらも海で、この山を越えなければ辿り着けない。
きっと迫害された亜人が住み易い場所を求めて、この山を越えたのだろう。スイはそう予想した。図書館の文献にも、人族の里に隠れて暮らして居た亜人を追い出す事はよくあると読んだ。これが魔族だったら、直ちに戦いが始まりどちらかが力尽きるまで続くだろう。
「一番めんどっちぃのは人族じゃないか……」
スイは意味深な事を呟きながら『飛行』した。
上空から山を越えながら下を見ていると、中腹を超えた冒険者は帰ってこないと言われている理由がわかった。その辺りから魔物の数がかなり増えているのだ。
それは低ランクの魔物から高ランクの魔物まで。そして頂上を越えようとしたスイは見つけてしまった。
「…………めんどくさい」
中ランクから高ランクに分類される魔物、グリーンリザード、その数十体。
そしてグリーンリザードが狙っているのは、赤髪に白い耳と尻尾の生えた二人の獣族。幼い少年と、更に幼い少女であった。
怠惰な発言はいかがなものかと思えるが、迷う事もなく救おうと動くのは、スイの美点であろう。
そして上空から地上に降り立ち、子供達を守ろうと魔物の前に立ちはだかるスイの姿は、紛れも無い勇者であった。
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