09.邪法遠征-1

「ではライト! よろしく頼むのである!!」


「はい、わかりました」


 リスティとの会談から数日後。俺は今、信仰国家リュミエールの正門に馬を連れて立っていた。支給された鞄には数日分の飲食類に、寝袋一式。そして、二人の部下を付けられた。


「ルイス、クレドラ。お前達二人も、しっかりライトのサポートをするように」


「承知致しました!」


「お任せ下さい!」


 名前を呼ばれた男女の聖騎士は、ラダムと俺に綺麗な敬礼を見せる。今まさに俺は、騎士団の一人となって初の遠征に派遣されようとしていた。

 遠征とはいっても、片道一日も掛からない山の中だ。大陸西方にあるとある国から、危険な魔道具を盗み出した魔法使いがリュミエール公国の近くに逃げ込んだらしい。そいつを取っ付構え、魔道具を在るべき場所に戻す。

 それが俺達三人に命じられた任務であった。


「第一部隊団長として我輩はこの国を離れられん。……が、ライト。お前が向かってくれるのならば、何の心配も無いのであるな!」


「買被り過ぎですよ、ラダム殿。では、行って参ります」


「うむ! 委細、任せたのである!!」


          ☆☆☆


 ラダム騎士団長より豪快に任務を放り投げられ、早数刻。俺達三人の旅はまさに快調と呼べる足取りだった。

 予定よりも早く馬は足を進め、明日の朝にはお尋ね者が潜んでいるだろう山へと到達できるだろう。

 朗らかな太陽の光を浴びながら、俺の後ろで二人の部下が声をかけてくる。


「ラダム団長と切り結ぶライト様が就いて下さるのならば、この任務も安心ですな」


「だからあまり買い被らないでくれよ。俺は二人の事を頼りにしてるんだぜ」


「御冗談を。……どうか、ライト様には末永く第一部隊に所属して頂きたいですね」


 談笑していたクレドラが、少し不安げな声をだす。


「気になる物言いだな。まるで俺が何処かの部隊に移籍するみたいじゃないか」


「ライト様にもお話が行ったのではないですか? ……フロストバイン枢機卿と、マグニコア大司祭から」


「ああ、確かに来たな。ハト派とタカ派、どっちからもラブコールを受けたよ」


「それに組み要られるという事は、枢機卿率いる第二部隊、もしくは大司祭率いる第三部隊に所属されるという事ですよ」


「何だって? あの二人は独自の部隊を率いているのか?」


 聞く所によれば、この第一部隊の実権を握っているのは、最高司祭でもあるゴダマ・リュミエール・アラキスらしい。第一部隊は基本的にリュミエール国内の守りに従事し、他に何か重要な任務があればそれに就く。

 リスティが率いる第二部隊は、基本的に他国へ派遣される。戦力が少ない貧しい地域や、貧困に喘ぐ村々へと赴き、警備や炊き出しといった慈善事業が主な任務だとか。

 マグニコア大司祭の第三部隊は、率先して北方の魔族領へと派遣されるらしい。そこで魔族を狩ることで、大陸中に騎士団の有用性をアピールする事が目的だという。


「なるほど。リュミエール国内に居る為には、第二部隊や第三部隊に移籍するのは悪手か」


「ライト様はリュミエールがお好きなのですか?」


「あ、あぁ。まぁ、そんな所かな」


「なら他の部隊もお勧め出来ませんね。基本的に第一部隊以外は、ハト派やタカ派の関係なく地方に飛ばされる事もありますから」


「そんな物なのか? あまり別の国で聖騎士を見かけた覚えはないけど……」


「ここ最近の話ですからね。ライト様もご存じでしょう、あの極悪人を」


 クレドラの言葉で、一瞬呼吸が止まってしまう。ふと目をやれば、ルイスもクレドラも、その瞳に怒りを表していた。


「ここ三年間、聖剣を持ち逃げしたあの男の捜索が主になっています。中々尻尾を掴ませないのですが」


 そりゃそうだ。三年間、誰にも会わずに山奥に引き籠ってたし。

 何より、その聖剣を持って今お前達の隣にいるわけだからな。


「あの極悪人は本当に酷い男です。聞くところによれば、以前教会に滞在していた際“姫巫女”様を湖に突き落とした事があるだの、当時は大司祭だったゴダマ大司祭が病で倒れた時に止めを刺そうとしたなんて話もありましたよ」


 怒気を孕んだルイスの声に、思わず反論の言葉が喉にまで出かかってしまう。幾らなんでも、あんまりだ。

 湖に溺れたリスティを助けた事があった。持病で倒れたゴダマを応急処置で救った事も。その全てが、思わぬ形で記憶されてしまっていたのだ。


「極悪人の捜索ならばまだやりがいもあるでしょう。……第三部隊よりかは」


「第三部隊はあまり良くない噂を聞きますからねぇ。移籍を考えるのなら、他の部隊が良いと思いますよ」


「良くない噂……?」


「ええ。何でも高額の給金が支払われる代わりに、酷い任務に就かされるらしいです。風の噂で聞けば、とある農村を犠牲にして、魔族の将を討ったらしいですよ」


 ルイスの言葉に、思わず息が詰まる。


「農村を犠牲にって、どういう意味だよ!?」


「その言葉通りですよ。村を囮に使い、大規模な策を練ったとか。強力な魔族の首を獲った代わりに、その村の住人は全滅したと聞きました」


「恐らく箝口令が敷かれていますから、表沙汰にはならないのでしょうが。マグニコア大司祭は、とにかく資産をお持ちの方ですからね」


 ルイス、クレドラの話す内容に、頭がついていかない。

 確かにマグニコア大司祭が魔族の根絶を掲げている話は聞いていた。しかし、あくまでそれは民を守る一つの方法としてだと認識していた。

 俺の内に掲げた正義とはかけ離れた手口を聞き及び、思わず唇を噛みしめる。


「……ゴダマ最高司祭は、この事を知らないのか」


「我らの耳にも入ったのです、恐らく聞き及んではいるのでしょう。最高司祭のお考えは分かりませんが、何しろあの二人は実の親子ですからね」


 行き場の無い感情で、思わず視界が揺らぐ。

 俺が魔王を倒せば、世界は平和になるのではなかったのか。確かに魔王を倒した所で魔族を始めとした魔物が消えてなくなるわけではない。だからといって、その為に守るべき人々を囮として使うなどと言語道断だ。


「ライト殿がこの話に義憤を抱いて下さるのならば、やはり貴方は信用出来るお方だ。……どうか、共にこの国を支えましょう」


 ルイスの爽やかな声が、俺の心に染み入っていく。勇者として様々な人間を見てきたが、この騎士団の連中はやはり良い奴らばかりだ。


「約束するよ。必ずこの国を、“良い国”にしよう」


          ☆☆☆


 明くる日。夜に簡易的な焚火で休息、休眠を取った俺達はやはり順調な足取りで件の山へと進んでいった。

 そして西日が差しこもうとする頃合い。その頃には山の麓に馬を置き、荒れ果てた山道を登っていた。


「お尋ね者の名前はビルグ・ワイズマン。西方の魔道国家ユグドラシルにて召喚魔法の研究をしていた男のようです」


「盗んだ魔道具は使用者のマナを増幅させる、“増加のグリモア”アクセルという名の魔導書です」


「ユグドラシルの研究員に、門外不出の魔導書か。……確かに、これは第一部隊の先鋭じゃなきゃ厳しい戦いになるだろうな」


 魔道国家ユグドラシル。俺のかつての仲間の一人が所属していたこの魔道国家は、大陸の中で最先端の魔法の研究を行っている国だ。

 この国が光教という宗教を信仰しているように、彼らは魔法という学問を心の底から敬愛している。

 魔法とは即ち力。体内の魔力を物質や現象へと昇華させ、現実に反映させる武器だ。それの研究者が、自身の力を最大限に引き延ばす魔導書を持って逃げ出した。

 恐らく並大抵の騎士では歯が立たないだろう。


「ユグドラシルは既に冒険者を何組か雇ったらしいですが、そのどれもが失敗に終わっています。中から死者が出たパーティはまだ良い方、一組は全員が行方知らずです」


「……相手もなりふり構っていられないらしいな。だが、そいつは何が目的でそんな事を?」


「分かっていません。ユグドラシルの要求は“増加のグリモア”アクセルの返還のみで、ビルグ・ワイズマンの生死は条件に入っていません」


「そういう人に無関心な所も実にユグドラシルらしいな……」


「──そろそろ奴の領域に入る頃でしょう。ライト様、ご注意を」


「ああ、お前達もな」


 俺は腰に掛けた市販の剣の柄に手をやる。周囲から聞こえるどれだけ些細な音も聞き逃さぬよう、万全の注意を払いながら歩み始めた。

 ビルグ・ワイズマン。名前を聞いた事はないが、ユグドラシルが雇ったのであろう一級の冒険者達を何度も追い返した実力を持った男。

 ならば自ずと、ビルグ自身の実力も浮き彫りになる。後ろの二人を守りながら、魔導書を傷つけないように奴を倒す。聖剣ならば難しくない戦いも、思うように力の出せない市販の剣ならば。

 緊張の糸を限界にまで張付かせながら、俺はビルグ・ワイズマンの領域へ一歩を踏み出した。

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