Chapter.2 【信仰国家リュミエール公国】

05.最も神に近き場所

 ──ロディス大陸、南方。光教発祥の地、信仰国家リュミエール公国。


 古代の建築様式が垣間見える石造りの建物が立ち並び、さながら時を遡行したかのような錯覚に苛まれる。


 建物の大半は住居として補強されているが、そのまま石がむき出しとなった巨大な建造物が公国の一画には並んでいる。


 それこそが、この信仰国家が誇る古き神殿。光を司る双子の女神を奉る太古の遺産であった。




「……やはり、話は平行線のようだな」




 その中でも頭一つ抜きんでた、巨大な神殿が公国の中央に存在する。


 大神殿。そう呼ばれるこの建物では、一か月に一度、光教の中でも位の高い司祭達が集う定例集会が行われていた。




「しかしそろそろ責任を追及しなければなりませんよ。聖剣を極悪人に持ち逃げされて早三年、他の神官達に示しがつきません」




 木製の円卓に腰を掛ける司祭、その数は十三人。


 六人同士が対面に向かい合い、それを中央の上座に座る禿頭の老人が見守る形で着席していた。上座にすわる、真白の修道服を着た禿頭の老人は、しゃがれた声を挙げる。




「埒が明かんな。この議題も来月に回す事にする」




 それはまさに鶴の一声。


 向かい合い、互いの意見をぶつけていた司祭達は、老人の声に一つの異を唱える事無く沈黙する。


 光教最高司祭、ゴダマ・リュミエール・アラキス。大陸中に広がる信徒を纏め上げ、最も神に近いと呼ばれる場所の中央に座するこの老人こそ、光教の最高権力者であった。




「では、枢機卿。次の議題は卿からあるらしいが」




 ゴダマの一声で、その円卓に座る他の十一人の目線が一人に注がれる。


 最高司祭に次ぐ権力を誇る、枢機卿。そう呼ばれたのは、水色の髪を優雅に躍らせるリスティリア・フロストバインの姿であった。




「フロストバインから提案致します。今後の光教の方針について、一つ是正を計って頂きたく」




「御言葉が過ぎますな、枢機卿。是正とは即ち、現在の方針に何か間違いがあると?」




「その通りです、マグニコア様。我々ハト派は、先月提示された方針を容認出来ません」




 リスティリアの対岸に腰かける男、マグニコア。司祭らしからぬ軽薄な出で立ちを持つこの男は、最高司祭でもあるゴダマの嫡子でもあった。




「やれやれ、これだからハト派は。最高司祭の決定に従えないと?」




「先月の会議では私が体調不良により欠席をしておりました。ハト派とタカ派、発言力に差が生まれていた事は明白です」




 古来より続く光教といえども、一枚岩ではない。魔王亡き今、それでもまだ魔物の脅威に怯える民を救うべきと唱えるハト派と、魔物の根絶を掲げるタカ派で二分に分かれていた。


 リスティリア・フロストバインが率いるハト派六名、そして対岸にはマグニコア・アラキスが率いるタカ派六名。この円卓は、光教の勢力図を如実に表していた。




「確かに、枢機卿の姿は無かったな。タカ派より強く要望があり、早急に方針を取りまとめたが」




「私はあくまで再審議を要請しています。それまでは、以前の方針をそのまま適用されればよろしいかと」




「問題外ではありませんか、最高司祭。女神の教えの最たる部分は、民の救済。ならばその民を害する魔物の根絶を図る事に何の意義があると言うのですか」




「民の救済が最たる教えと思っていらっしゃるのであれば、方針の撤回を。今も尚、飢饉や病に苦しむ民は大陸中に居るのです。今闇雲に聖騎士を魔領に送る事は得策ではありません」




 意見の応酬。


 魔物の討伐を急くマグニコアに、民の救済を掲げるリスティリア。二人に続くように、それぞれの派閥に属する司祭もまた様々な意見を発現していく。


 上座に座るゴダマは両者の意見を耳に入れつつ、重苦しい口を開く。




「方針に関しては折衷案を作成し直す物とする。出来上がり次第私から皆に通達し、来月の議会にて最終調整を行う」




 ゴダマの言葉に、やはり先ほどまで息巻いていた司祭達の口が閉ざされる。


 ハト、タカの両者が譲らない事は明白。ならばどれだけ自分の意見をその折衷案に取り込むか。リスティリア、マグニコア両者の頭には、その考えが渦巻いていた。




「では最後に私から一つ聞きたい事がある。……マグニコア殿」




 突然ゴダマから名前を呼ばれたマグニコアは一瞬の驚きを顔に見せ、返答する。




「な、何か?」




「最近、ラダム騎士団長から凄腕の新兵が加入したと報告があった。その者の素性は?」




「ああ、アイツですか。名はライト、流れの冒険者のようでしたな」




「……ふむ。直接会った事もあるのかね」




「ええ。確か出身は西方の帝都らしく、元はそこの傭兵だったとか。ご大層な仮面を付けた変な男でしたが、騎士団長に引けを取らない腕だったので二つ返事で雇い入れましたよ」




「魔族の可能性は無いのか?」




「この“魔族狩り”のマグニコアが、奴らの侵入を許すわけが無いではないですか。ご安心を、あの男はちゃんとした人間でしたよ」




 マグニコアの返答に満足したのか、ゴダマは小さくそうか、とだけ返す。


 黙ったゴダマを見て、会議の終わりを感じたのだろう。司祭は思い思いに立ち上がれば、大神殿を後にして行った。




          ☆☆☆




「──ライト、ですか?」




 大神殿から一キロと離れた地点。大神殿ほどではないが、それでも一定の大きさを誇る古風な神殿の一画で、リスティリアは頷いた。




「ええ。新しく聖騎士に入団したその方について、調べて頂けますか?」




「それは構いませんが、どうして?」




 リスティリアにそう聞くのは、御付きの神官でもある男だった。


 男の問いに、リスティリアは困ったように眉をひそめて答える。




「ゴダマ最高司祭が気にかけていたから……というのは建前ですね。すみません、直感なのです」




「ええ、承知致しました。“姫巫女”様がそう仰られるのであれば」




「あの、その“姫巫女”っていうのはそろそろ止めて頂けませんか……?」




「それだけはご勘弁を。貴女ほどの容姿端麗である回復魔法の使い手は、世界中を探しても他に居ないでしょう」




「……はぁ。人前では、勘弁して下さいね」




 御付きの神官は深くため息をつくリスティリアに微笑みで返すと、退室していく。


 回復魔法の扱いならば、右に出る者はいない。幼き頃よりそう称えられ、僅か一代で枢機卿にまで上り詰めたリスティリアは、幼少時より“姫巫女”という二つ名で呼ばれていた。


 魔物の討伐を掲げる教会の中で、貧しき民達に施しを与えるその姿はまさに姫でも巫女でも理想の出で立ちだと言えるだろう。


 そんなリスティリアの心を、不確かな不安がかき乱していた。言葉にする事は出来ない、だが決して無視する事が出来ないナニカ。それが、すぐ近くに迫っている気がしてならないのだ。




「最初に不安を感じてから、もう二ヶ月あまり。何かが起こるとするならば、そろそろ……」




 思わず不安を口にするリスティリアは、未だ何も知り得ない。


 しかし近い将来、その不安は確信に変わる物となる。が、すぐ間近に潜んでいた事実を目の当たりにする事によって。

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