02.下山
──ロディス大陸、南方。およそ都会という言葉からかけ離れた農村地帯が広がる場所の、更に奥地。その山中を、俺とルナファリアは歩いていた。
太陽から注ぐ朝日を浴びながら、俺はこれから地獄へと舞い戻る事に現実感を抱き始める。
「ソレイユ、さっきから足取りが重いニャ」
「う、うるせ。今まで俺がどんな思いをしてきたか知ってるだろ」
早々に歩くのを諦め、俺が下げる鞄に定着した黒猫ルナが茶化す。
魔王によって反転した俺の好感度は、例え一介の農民であろうとも容赦なく作用する。会った事がなくとも、自分達を守る為に魔王討伐という定めを一身に受けた青年。それだけでもう好感度は爆上がりだ。
ならばその好感度が反転するとどうなるか。
「周りには気をつけるニャ。勇者とバレたら、すぐ刃物を振り回し始めるからニャ」
ルナの仰る通りである。
僕は勇者ですなどとのたまおうものなら、農民だろうが貴族だろうが全力で殺しに掛かってくる。それが今の俺を取り巻く地獄なのだ。
「そうならない為に色々準備した三年間だったんだよ」
俺はそういうとルナを入れた鞄をおろし、中身を漁る。
そして取り出したのは、薄汚れたローブと、見るからに怪しい雰囲気を醸し出す仮面だった。
「随分と古風な手だニャ。……いや、それ逆に一目に付かないかニャ」
「ちょっと注目を浴びるくらいが丁度良いんだ。何せ、俺はこれから仲間達の呪いを解かなきゃいけないんだからさ」
「かつてのソレイユの仲間──ニャるほど。確かにきっと他の皆は超人気者になってるだろうニャ」
何せあいつらは、まさに魔王を倒した英雄なのだ。
緻密に変装をしたところで、安易に近づける相手ではなくなっているだろう。ならば少しくらい人目に付く程度の外見的特徴は重要だ。
「でも本当にさっきの魔法で呪いは解けるのかニャ? 確かにソレイユは魔王を倒したけど、あの“反転の魔王”の実力は確かだったニャ」
「それなら問題無い。もう自分で実験済だ」
「ニャニャ!?」
この三年間、皆の呪いを解呪する為に俺は魔法の研究に没頭していた。だが解呪の魔法を作った所で、実験して成功してみせねばそれは完成とは言えない。
だが失敗の可能性もある危険な実験を誰かで試すわけにもいかない。
故に、作ったのだ。あの“反転の魔王”と同様の呪いを。
「そ、それを自分にかけて解呪したっていうのかニャ!?」
「作ったのは簡易的な奴だけどな。“好きな食べ物が反転する”呪いをかけたんだ。……お陰で母さんのシチューを思い出さなくて済んだよ」
「やる事為す事が滅茶苦茶だニャ……。でも解呪が成功したっていう事は」
「ああ、今は途方も無く母さんのシチューが恋しい。泣きそうだ」
本当に目尻に涙を浮かべる俺を余所に、ルナは唖然とした顔で俺を見やる。
ルナが言う事も最もだが、こればかりは他で試すわけにもいかないのでしょうがなかったのだ。
「はぁ……言いたい事はあるけど、成功したのならとりあえずは置いておくニャ。でも実際に解呪はどうやってやるんだニャ?」
「結構工程が複雑でな。魔方陣から魔力を増幅させて、肥大化した魔力を無抵抗の相手に一時間近く浴びせ続けなきゃいけないんだ」
「すっごい怪しいニャ、それ」
その通りだった。物凄くやばい絵図になるのは想像に難くない。
ただでさえ軽く人目を引く外見をしてるのに、邪法の儀式じみた物をかつての仲間達に掛けなければならないのだから、楽に済む筈がないだろう。
「というか一人に一時間って、どんだけ時間掛かるニャ!?」
「そう、それが一番悩んでる所なんだよ!!!」
俺と共に魔王を倒した仲間は、四人だ。だがそれ以外にも、事情があったりで追随こそしていない物の、仲間と呼びたい奴は何人かいる。
そいつらの呪いを解除するだけならば現実的だが、それが全世界の人々となると途方もない時間が必要になるだろう。
「千人いれば千時間。一度に使う魔力も膨大。……けど、相手が誰であれ必ず解呪出来る自信はある。仲間達が協力してくれれば、きっともっと上手い手がある筈だ」
──俺は一人では“反転の魔王”を討伐する事は出来なかった。そんな俺が世界を救えたのは、数多くの仲間達の助力があったからこそだ。
だからこの窮地も、必ず打開できる。その為には、一人でも多く仲間の呪いを解除する事が先決だった。
「……まぁ、ソレイユがそう言うならルナは見守るだけニャ。あの洞窟に戻る事だけは絶対に否定しないニャ」
「ありがとよ、ルナ。お前が居るってだけで正直心強いからさ」
「ふん、ならルナだけで満足しておく事だニャ」
「その選択肢は本気で心が折れた時の為に取っておくよ」
そんな軽いやり取りを交わしながら、俺とルナは山道を下り続けていく。
この大陸は広い。北方に広がる魔族の領地を抜かしたとしても、南方のこの場所を始め西方にも東方にも大きな町が存在している。
とりあえず近場のあの国から。
俺は行先を定めると確かな、しかしやはりどこか重い足を動かし続けた。
☆☆☆
ロディス大陸、南方。田畑が広がる大陸の食料事も揶揄されるこの土地には、唯一無二の宗教国家が存在していた。
太古から語り継がれる、光を司る双子の女神を崇める宗教。通称、<光教>。
その光教の総本山とも呼ばれる場所こそ、大陸南方中央部に在る信仰国家リュミエール公国だった。
双子の女神を信仰する神官が集い、興した国。魔族を払う光の鏡を女神から受け取り、それを大陸中の国々へと譲った最も神の威光を浴びる場所。
街中に立ち並ぶ石造りの神殿の中でも一際大きい、大神殿の内部にて一人の女性がため息をついた。
「──“姫巫女”様。何処かお身体の具合が悪いのですか」
姫巫女と呼ばれたのはため息をついた女性──淡い水色の長い髪を束ねた美しい神官は、その声の主に首を振る。
「いいえ、体調は全く問題ありませんわ」
「それでは、その溜息は?」
姫巫女のすぐ隣には、心の底から心配そうに彼女を覗く御付きの神官の男の顔がある。
姫巫女はその神官の男に小さく微笑みを作り、ゆっくりと首を左右に振った。
「何でもありません。……ただ」
「ただ?」
「ただ、嫌な予感がしたのです。何か、良くない者が近づいているかのような」
姫巫女の抽象的な言葉に、神官の男は眉を顰める。だがそれ以降、不安なそぶりを見せない姫巫女に安心したのか、男もまた自身の職務へと戻っていく。
──リスティの勘は、本当に良く当たるよな!
過去に、かつて好いていた少年から良く言われた言葉が姫巫女の頭を過る。あの世界を混沌の渦に巻き込んだ極悪人の顔を、何故今になって思い出してしまうのか。
眉間に寄せた皺を隠す事も無く、姫巫女の座に冠するリスティリア・フロストバインは再度大きくため息をついた。
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