赤松健先生参院選初当選記念作『もしラブ~もしラブひなに嵌って東大に憧れた新世紀少女が令和時代におジャ魔したら~』

明石竜 

第一話 新世紀少女がおジャ魔だって!

一九〇〇年代から二〇〇〇年代へと変わる、千年に一度のミレニアム。

そして、二十世紀から二十一世紀に変わる瞬間をリアルで体験してみたかった。

  

そう願ったことのある今どきの小中高生は、ひょっとしたらいるのではないだろうか?

人生の全てを二十一世紀で過ごして来た彼らにとって、それは決して叶わぬ願いである。

けれども僻むことはない。プレミアム感では及ばないものの、彼らの中には二十一世紀から二十二世紀に変わる瞬間を体験出来る人も数多くいるだろうから。


                 ☆


「健太(けんた)ぁ、新作マンガ描いたんだけど、読んでみる?」

「姉ちゃん、またしょうもないマンガ描いたのかよ」

 九月最終日曜日の夕方、自室で机に向かって数学の予習に励んでいた高校一年生の利川健太は姉の彩花(あやか)に邪魔をされ、ほとほと迷惑がった。

「今度のは絶対面白いから試しに読んでみなって。まだお母さんには見せてないから、健太が第一読者よ」

「今忙しいし、たとえ暇だったとしても姉ちゃんの描いたマンガを読む気はしない。姉ちゃん、鬱陶しいから早く出ていってくれ」

健太は面倒くさそうにイスから立ち上がり、彩花の背中を押して自室から追い出そうとする。ついでに渡された三十数枚の漫画原稿用紙の束も。

「健太、かわいい女の子のエッチなシーンも満載よ」

「だからこそ読む気がしないんだって」

あともう少しで懸命に踏みとどまろうとする彩花を廊下へ追い出せそうになった時、

「彩花、ここにいたのね。明日は雑誌類回収の日だから、あんたのお部屋に大量に溜まってる古いマンガ雑誌類、いい加減捨てなさいね」

 母がこのお部屋に入って来て、こんな要求をして来た。

「えー、まだ読むかもしれんのに」

「またそんなこと言って。そのうち床がズドンッて抜けるわよ」

「お母さん大げさ過ぎー。ギャグマンガじゃあるまいし」

 彩花は大きく笑う。

「姉ちゃん、実際あり得る話だと思うんだけど」

「数千冊、部屋が埋もれるくらい溜めた場合でしょ。ワタシの部屋にはまだ雑誌は百何十冊かしか溜まってないし」

「それでも俺基準では溜め過ぎだと思う」

「母さんもそう思うわ。せいぜい五十冊までよ」

「俺は十冊くらいまでだと思う」

「十冊くらいなら一月足らずで溜まっちゃうこともあると思うけど。あら彩花、新作マンガ描いたのね。ちょっと見せて」

 母は健太が手に持っていた漫画原稿用紙が目に留まるや、衝動的にさっと奪い取った。

「お母さん、これ、少年向けの新人賞に応募したら受賞出来るかな? 美少女満載のコメディ物なんだけど」

 自信たっぷりげな彩花に、

「そうねぇ……」

 母はパラパラッと原稿に目を通したのち、

「彩花、これじゃぁ百パーセント落選するわ。ストーリーがありきたりだし、絵も前作と比べてほとんど上達してないし。母さんが中学生になって以降に描いた絵の方が、彩花の今の絵よりも上手かったわよ」

微笑み顔できっぱりとこう言い張った。

「はい、はい。ワタシはお母さんの学生時代なんて知らないし、何とでも虚言出来るよね」

 彩花はにこにこ笑いながらも、ちょっぴり不機嫌そうに言う。

「信じてないようね。証拠見せてあげるわ」

 母はそう伝えて廊下に出ると、すぐに三十冊くらいのノートの束を両手に抱えて戻って来た。

「これ全部、お母さんが学生時代に使ってたノート?」

「そうよ。さっき寝室の押入れ片付けてたら出て来たの。結婚して以降、彩花が生まれる前かちょっとあとくらいの分もあるわ。ほんの一部だけだけど」

 誰もが使ったことがあるだろう自由帳や、罫線入りのキャンパスノートだった。日に焼けて黄ばんでいて、時の流れを感じさせていた。

「悔しいけど、確かに今のワタシよりも上手いわね。絵柄は古臭いけど」

ある一冊をパラパラ捲ると、イラストが多数目に飛び込んでくる。色鉛筆やカラーペンで塗られたものもけっこうあった。

「当時は最先端だったのよ」

「この絵は余裕で三十年以上は前っぽいな。これは何かのアニメか漫画のキャラ?」

 健太も別の一冊を手に取り、興味深そうにページを捲る。 

「全部母さんのオリジナルキャラよ。藤子不○雄先生、い○らしゆみこ先生、高橋留○子先生、あ○ち充先生、赤塚不○夫先生、鳥○明先生、CL〇MP先生、赤〇健先生なんかの影響もちょっとは受けてるけどね」

 母は照れくさそうに伝えた。

今では見かけないであろうリーゼント&学ランの不良、ビン底メガネのがり勉風な少年少女、巻き髪やおかっぱ頭やポニーテールや三つ編みの少女、悪がき風の幼稚園児や小学生、洟垂れ坊主、手土産に饅頭を持った酔っ払いハゲ親父、仙人風の白長髭お爺さん、いじわるそうなきつね顔のお婆さんなどなど老若男女問わず。人間だけでなく、動植物や乗り物、建造物、食べ物、楽器、武器、アクセサリー、雑貨類なんかもけっこう描かれていた。

「よく思いつくわね」

「母さんはこれでも結局商業誌で活躍するプロの漫画家にはなれなかったのよ。今はその頃よりも全体的なレベルがかなり上がってるみたいだし、彩花がプロ漫画家デビューするにはまだまだ相当険しい道を乗り越えなきゃダメね」

「……否定は出来ないな」

 彩花は苦笑する。彼女は二十一世紀生まれの大学一年生だ。じつはアニメ雑誌などに広告の載るエンタメ系の専門学校に行きたがっていたのだが、両親から反対され仕方なくそれほど偏差値の高くない私立大の文学部に進んだ経緯がある。丸顔ぱっちり垂れ目、細長八の字眉、痩せても太ってもなく標準的な体つき。今どきの女子大生っぽくほんのり茶髪に染めて、セミロングなふんわりウェーブにしているものの、まだ女子高生としてもじゅうぶん通用するちょっぴりあどけない顔つきをしている。背丈は一五二、三センチとやや小柄だ。将来の夢は漫画家、イラストレーター、アニメーター、声優、ライトノベル作家……迷走中のようである。

「これ、彩花にあげるわ。作画の参考に使ってね」

 母に爽やかな表情で言われ、

「こんな古臭い絵柄じゃ参考にならないって」

 彩花はにかっと笑う。

「ふふ、彩花も負けず嫌いね。世紀を超えて二十年くらいに渡って描き続けたものだから、この中で一番最近描いたのは、それほど古臭さは感じない絵柄になってるわよ」

 母は上機嫌な微笑み顔でそう伝える。

「お母さんの学生時代のイラスト、初めて見たわ。絵に躍動感があるわね」

「街並みのイラストも精巧だな。火星の街とか、海底都市とかやけに尖った超高層ビルとか、リニアモーターカーとか空飛ぶ車とか、チューブみたいなのがあって未来感があるな。2001年の設定みたいだけど、今ですらそんなの実現してないけど、昔の人が考えた二十一世紀って、こんな感じだったみたいだな」

「この絵描いたの、昭和の頃だから。昭和の頃は、母さん以外もみんな二十一世紀になるとこんな感じのすごい未来が訪れるって思い描いていたものよ。母さんが子供の頃は、大人になる頃には月や火星に手軽に旅行出来るようになるって思ってたわ。それじゃ、晩ご飯作ってくるから、いらない雑誌類、紐でくくってまとめといてね」

 母は照れ笑いを浮かべ、一階へと降りていった。

「茶色に日焼けして、ルーズソックスって言われたの履いてる子の絵は、きっと九〇年代半ばに描かれたものね。安室奈美恵がデビューした頃に、こういうのが流行ってたみたいね。ファッションとか流行りのアイテムの移り変わりも分かって見ててけっこう面白い。ちょっとした史料にもなるわね。確かにだんだん絵柄が新しくなってる。2001年頃のでもまだ古臭い感じがするけど」

「姉ちゃん、自分の部屋で見て来いよ。部屋の片付けも忘れるなよ」

「分かってるって。健太もせっかくだしお母さんの昔のノート、見てみたら?」

 彩花は十何冊かを手に抱え、自分のお部屋へ。

 健太は再び数学の予習に取り組もうとしたが、

(……他にはどんなの描いたんだろ)

 つい気になって一番上の一冊を手に取ってしまった。ベッドに寝転がり、ページをパラパラッと捲っていく。

(なんかマンガが出て来た。『かおりのドジが止まらない!』か。この絵は、最初に見たのよりは新しいか)

 自作マンガ最初のページが載っている横に、色鉛筆で塗られた主人公の【かおりちゃん】のイラストが載っていた。中学生くらいに見え、四角顔でぱっちりとした瞳、昆虫の触角のような二本のアホ毛が付いたほんのり茶色のストレートロングヘアー。服装は水色地に可愛らしい亀さんの刺繍が施された半袖チュニックと黄色いミニスカート、膝よりちょっと下まで穿いた薄緑の靴下が特徴的だった。作中にはセーラー服姿も描かれていた。

(クマ柄のパンツを男に見られて、パンチで吹っ飛ばしてるし。当時はこれが流行りの展開だったのかな? そこそこ面白い)

健太がくすくす笑いながら母の自作漫画を眺めていたその時、不思議な出来事が――。

「あれ?」

 どこからか、女の子の聞き慣れぬ声がしたのだ。

「何だ? 今の声」

 健太は周囲をきょろきょろ見渡した。

(耳元で聞こえた気がするんだけど、誰もいないよな?)

 少しドキッとしながらそう思った直後、

「うっ、うわあああああっ!」

 健太はあっと驚き、口を縦に大きく開けて絶叫した。

突如、ノートの中から、飛び出して来たのだ。 

 かおりちゃんにそっくりな少女が――。

 その子は四つん這いの格好で健太に覆い被さって来た。健太は両肩をぐっと押さえつけられる。彼の眼前にはチュニック越しにまみえるその子のあまりふくらんでない胸があった。

「どこよ、ここ? 急にお部屋が斜めになったと思ったら知らない場所に来ちゃったよ。きゃっ! きみ、誰?」

 その子は周囲をぐるっと見渡したのち軽く悲鳴を上げ、とっさに健太の体から離れた。腰を抜かしたかのようにベッド上にぺたんと座り込む。気が動転している様子だったが、当然の反応ともいえよう。

「俺は、健太だけど……」

 健太の方も呆然としていた。

ノートの中から生身の人間の女の子が飛び出してくるという、物理現象を完全無視した出来事が今しがた健太の目の前で起こったというわけだ。

「あたしは香織よ。カオラ・スゥちゃんに名前が似てるからこの名前気に入ってるねん。きみは健太かぁ。そこそこ格好いいね。勉強も景太郎くんよりは出来そう。いつだってMyケンタ! なんちゃって」

 香織はお顔をじーっと見つめてくる。

(あのマンガに載ってた女の子の絵が、飛び出して来たなんて。こんなこと、あり得ないだろ)

健太は右手をゆっくりと自分のほっぺたへ動かし、ぎゅーっと強くつねってみる。

「いってぇっ!」

 痛かった。

 現実、だったらしい。

 まだ健太は、信じられなかった。

「健太お兄さんったら、マンガみたいなことしてはるぅ」

 香織にくすくす笑われてしまう。

 突如、

「健太くーん、どうかしたの? さっきもびっくりしたような叫び声出してたけど」

 窓の外から別の女の子の声が聞こえて来た。

「いや、なんでもない」

「本当? どこか怪我したんじゃないの?」

「そうじゃないって。それじゃ」

 健太は窓越しに伝えて窓をすばやく閉めた。

 先ほどの声の主は健太の同い年の幼馴染、学校も幼小中高ずっと同じな光久七海(みつひさ ななみ)だった。おウチが向かい合わせで、健太のお部屋と七海のお部屋もほぼ同じ位置で向かい合っているのだ。ちょうど双方の窓が開いていて、物音が聞こえやすい状況になっていた。 

丸顔ぱっちり垂れ目に細長八の字眉、広めのおでこがチャームポイントな、高校生としては少し幼く見えるおっとりのんびりした雰囲気の子で、さらさらしたほんのり栗色な髪を普段はアジサイ柄リボンでポニーテールにしている。

(女の子の声もしたような気がするんだけど、気のせいかな? 健太くんのお部屋にはテレビがあるし、その音声かも)

 そんな七海がこう思いながら、まもなく午後六時から始まる国民的アニメをリビングで見るため、自分のお部屋から出て行こうとしたのと時同じくして、

「さっきの可愛らしい声の子、健太お兄さんの彼女?」

 香織はにこにこ顔で問いかけてくる。

「いや違う。ただの幼馴染だ」 

 健太は即否定した。

「そっか。浦島景太郎と成瀬川なるちゃんみたいな関係ってわけやね。二人で東大行く約束した?」

「してないよ」

「そっか。キスはもうしたん?」

「するわけないって」

「俯きながら答えとるとこが怪しい。絶対しとるやろ。正直に答えて」

「してない、してない」

「これはしとるな。お顔に書いてあるよ」

 香織はにやっと笑う。

「だからしてないって。それより香織ちゃん、パンツがまる見えに」

 健太は俯き加減のまま気まずそうに伝える。

「えっ! きゃっ! もう、健太お兄さんどこ見てはるんよ。この、エロガッパーッ♪」

 胡坐をかくような姿勢になっていた香織は慌てて正座姿勢へ変えて、照れ笑いしながら健太のほっぺたにグーパンチした。

「いってぇ~。俺は見る気はなかったって」

クマさん柄のショーツをついつい五秒以上は凝視してしまった健太がこう言い訳した。

「ありゃりゃ。景太郎みたいに吹っ飛ばへんね」

 香織はえへっと笑う。

「マンガじゃないんだから」

健太が困惑顔でこう伝えた次の瞬間、

「健太ぁ、なんか叫び声がしたけど、一体どうしたの?」

 廊下からこんな声が聞こえて来て、まもなくガチャリとここのお部屋の扉が開かれた。

 彩花だった。 

「なっ、なんでもないって」

 健太は慌てて答える。

「なんか変ね。お母さんのノート、見た?」

「全然」

「勿体ないなぁ。ワタシがアニメ声優っぽい声で声当ててあげようか?」

「いいって」 

「ちゃんと見てあげなよ」

 彩花がお部屋から出て行くと、

「ちょっと、あたしが怪しい人みたいじゃない」

香織は被せられた毛布を払いのけ、不機嫌そうに愚痴を呟く。

「じゅうぶん怪しいだろ」

「あたしからすれば健太お兄さんの方が怪しい人よ。あやしいわーるどだよ」

「あの、冷静に聞いて欲しい。ここは、二十一世紀が始まってから二〇年くらいは経った世界なんだ」

「何言ってるの? 今二〇〇一年でしょ?」

「信じられないと思うんなら、まずはこれを見てくれ。世界の状況がけっこう変わってるから」

 健太は今学校で使っている地図帳を差し出した。

「けっこう、国増えとるね。南スーダンもあるし」

 見開きの世界全体地図を眺め、香織は目を丸める。

「あと、カレンダーを見てくれ」

 健太は学習机の上に置かれた卓上カレンダーを指し示す。

「……ほんまに、未来の世界なん?」

 この事実に気付くと、香織は口を大きく開け、仰天した。

「その通りだ。ちなみに元号も平成は天皇の生前退位で三十一年四月三十日で終わって、二〇一九年の五月一日から令和って元号に変わったんだ」

「ほんまに? ……そういや、テレビがなんか未来的な形しとるし、あたし、本当に未来の世界にタイムスリップしたってわけか。こうなった以上、未来の世界を思う存分楽しまんと損やな」

 続けてこう呟いて、  

「タイムトラベルは楽し、メトロポリタンミュージアム♪」

 にこやかな表情でこんな歌を口ずさみ始めた。

「それ、何の歌?」

「メトロポリタンミュージアムだよ。未来の世界の子は知らないの? あたしがちっちゃい頃、教育テレビのみんなのうたで歌われてたやつだよ。まああれも昔の再放送みたいやったけど」

「その歌は、聞いたことないな」

「あたしこの歌めっちゃ好き。ちょっとホラー入ってるけど。歌の最後でちっちゃい女の子が大好きな絵の中に閉じ込められるんだよ。あたしもさっきまで絵の中に閉じ込められてたみたいやね」

 香織はアハハッと笑う。

「どうやら社会の動きは現実世界とリンクしているようだな」

 健太がこう呟いた次の瞬間、

「健太ぁ、英語の演習プリント、代わりにやっといて欲しいんだ……」

 扉が静かに開かれ、また彩花が入り込んで来た。

「ねっ、姉ちゃん!!」

 健太はびくーっとなる。 

「……健太、誰なん? このかわいらしい子」

 彩花は目を大きく見開き、呆然と立ち尽くす。香織の姿をばっちりと見られてしまった。

「あっ、あの、この子は」

 慌てる健太をよそに、

「どうも、はじめまして。健太お兄さんのお姉さん、あたし、香織。中学二年生。このノートの中から飛び出て来てん」

 香織は例のノートを手に取り、爽やかな笑顔で自己紹介した。

「マジなん?」

「そっ、そうなんだ。俺も出てくるとこ見た」

「……確かに、お母さんのイラストの香織ちゃんって子にそっくりね。こんな非科学的なことって起こり得るのね」

 彩花はかざされた香織のイラストが載っているページを凝視する。

「あたし、自分の部屋でマンガ読みながらかっぱえびせん食べてるシーンから出て来たみたいや。このページからあたしが消えてるから。風呂入ってるシーンじゃなくて良かったよ」

 香織は該当するページを開き、彩花と健太に再びかざす。

「姉ちゃん、俺、これは夢だと思ってるんだけど」

「ワタシもまだ百パー現実とは思えないわ。でも、この子とは夢でもいいからお友達になっときたいな。ワタシ、彩花って言うの。よろしくね、香織ちゃん」

「こちらこそよろしく、彩花お姉さん。せっかくなので指と指を合わせましょう。あたしの人差し指に彩花お姉さんの人差し指を合わせて下さい」

 握手を求められると、香織はこう要求した。

「これでいいかな?」

「はい、E.T.♪」

 指と指が合わさり、香織は満面の笑みを浮かべる。

「香織ちゃんもこの映画ネタ知ってるのね。超有名作品なだけはあるわ」

「E.T.は今年の春休みに出来たばっかりのUSJ行って、一番気に入ったアトラクションやねん」

「えっ!?」

「姉ちゃん、この子、2001年からタイムスリップして来たみたいで、この時代のことは全然知らないみたいなんだ」

「マジで? 香織ちゃんは漫画やアニメはどんなんが好き?」

「ラブひなが一番好き♪ あたし、ラブひな見て東大目指そうと思ったもん。髪型もなるちゃんの真似してるねん。他にもシ〇プリ、フ〇バ、カードキャプターさ〇ら、おジャ魔女どれみ、デ・ジ・キャ〇ット、守〇月天、To He〇rt、犬〇叉、金田一、RAVE、GTO、中華一番、サ〇ラ大戦、花〇京メイド隊、六〇天外モンコレナイト、エンジェ〇ックレイヤー、はれ〇ゥ、ギャ〇クシーエンジェル、コ〇ロ図書館、ま〇ろまてぃっく、天〇のしっぽ、R〇VE、カ〇ミンも大好き♪ いくつかはもう放送終わってるけど、ビデオに撮ったお気に入りの回のやつは最近でもよく見返してる」 

 生き生きとした表情で質問に答えてくれる香織を見て、

「確かに、そのラインナップからして二十一世紀が始まって間もない頃の子のようね。この子にとっては未来の世界に来たってことになるわけか。香織ちゃん、この時代の世界、思う存分楽しんでね」

 彩花は確信を持つ。 

「ねえ、この時代って、月や火星旅行が普通になってて、リニアモーターカーとか空飛ぶ車とかが街中をビュンビュン走ってるんでしょ?」

「いや、そこまでは文明発達してないよ。宇宙もまだ一般人は行けないし。リニアモーターカーもまだ線路が建設中の段階だし、車も二〇年くらい前と比べてちょっとデザインが変わったくらいじゃないかな」

 健太は軽く苦笑いしながら現実を伝える。

「そうなの!? あれから二〇年くらい経ったっていうのに、そんなに変わってないのね。それじゃ、二〇〇三年が誕生日設定の鉄腕ア○ムも」

「残念ながら、あそこまで高性能なロボットは未だ生まれてないぞ」

「なぁんだ。がっかり。二十一世紀もずいぶん経った世界がまだこんなに平凡だなんて」

「この時代はド○えもんの誕生日まで百年切ってるけど、あと百年経ったところであんな高性能高知能な猫型ロボットはおろか、どこでもドアとかタイムマシーンとかスモールライトとかも実現化されて無いと思うわ」

 彩花はにこにこ顔で主張する。

「二十一世紀も二〇年くらい過ぎた時代の人は、未来への夢を失ってるみたいやね。まあ、二〇〇一年もあたしがちっちゃい頃に思い描いてたほどの未来って感じじゃなかったもんね」

 香織は苦笑い。

「でも、情報通信技術は香織ちゃんの時代よりかなり進化してると思うぞ」

 健太は自慢げに言う。

「この時代はネットはパソコン以外に、スマホでも出来るわよ」

 彩花はマイスマホをインターネットに繋ぎ、ニュースの画面を香織に見せた。

「ぅおう! これが未来の携帯かぁ。指で画面操作って未来的で格好いい! IT革命めっちゃ進んどるやん。テレビも進化すごいね。薄っぺらになっとるぅ」

「テレビ放送も今はアナログ放送じゃなくて、地上デジタル放送になってるよ。二〇一一年から」

 健太はテレビリモコンを手に取り、電源ボタンを押した。

 次の瞬間、 

『バカモーン!』

 こんな怒声が。

 今、時刻は午後六時三八分。

 二〇インチの画面にあの国民的アニメが映し出されたのだ。

「おう、波○さん! 二〇年くらい経ったっていうのにあの髪型のままやっ! 声は変わってるけど。カ○オくんも歳取ってないね。サ○エさん、再放送じゃなくて今やってるの?」

「うん、放送開始から五〇年以上続いてるみたい」

「すごいっ! あたしの時代でもすでに長寿アニメ言われてたのに」

「ちなみに笑○や徹○の部屋や新○さんいらっしゃいやア○ック25、ド○えもんもまだやってるわよ」

 彩花は加えて伝えた。 

「そうなんか。変わらん面もあるんやね。でも映像はものすごくきれいになっとる。さすが未来の世界やー。この時代ではテレビゲーム機はどうなっとるん? あたしの時代、プ〇ステ2が出た頃やねんけど」

「それもかなり進化してると思う。本体だけじゃなくソフトも画面が3DCGでボイス付きが当たり前だし」

「そうなんか。この時代のテレビゲーム機、触ってみたーい!」

「これ、やってみる?」

 健太はベッド下の収納ケースからわりと最近のテレビゲーム機を取り出した。

「おう、デザインが未来って感じ。このリモコンみたいなのが、コントローラ?」

 香織は興味津々で凝視する。

「そうだよ」

健太はゲームが始められるよう本体をテレビに接続し、とあるアクションゲームのソフトを本体に挿入した。

 電源を入れ、ゲーム画面が表示されると、

「この時代のゲームって、画面があたしの時代以上にめっちゃきれいやね。立体感もすごい! あれからもさらに進化しはるんかぁ」

 香織は興奮気味にコントローラを操作する。

「これでも俺が小学校の頃に買ってもらった、五年くらいの前のゲームだけどね」

健太がこう呟いたその直後、

「健太ぁ、彩花ぁ、晩ご飯よぅ。冷めないうちに早く下りてらっしゃーい」

一階から母に大声で叫ばれた。

「もう晩ご飯の時間か。香織ちゃん、とりあえずここで待っといてね。絶対お部屋から出てきちゃダメよ」

「母さんと父さんに見つかると厄介だからなぁ」

 こう注意を促し、彩花と健太はお部屋から出て行った。

 あたしはの○太くんがママにナイショで飼ってる捨て犬かよ。

 香織は今、こんな少し苛立った心境だ。

 それをよそにキッチンテーブル席にて、一家四人全員揃っての夕食の団欒が始まる。

「彩花、お部屋ちゃんと片付けてる?」

「元々片付いてるじゃん」

「どこがよ。彩花、深夜の不健全なアニメにのめり込み過ぎないようにしなさいね。マンガやアニメの世界と現実の世界との区別が付かなくなっちゃうわよ」

「そんなことあるわけないって」

 彩花はにこにこ笑いながら母に反論する。

「お母さんが彩花くらいの年の頃にはまだ深夜のアニメなんか見て無かったわよ」

 母は得意げな表情だ。

「そりゃ放送自体なかったからじゃん」

「彩花、後期の単位、大丈夫そうか?」

 高校の理科教師を勤めている父が問いかけた。

「たぶんね。レポート課題で困ったら、健太にやってもらうし」

「姉ちゃん、俺に頼っちゃダメだろ」

 健太は呆れ顔で言う。 

その後も時折会話を弾ませ夕食後。健太と彩花はすぐさまキッチンを後にした。

「姉ちゃん、香織ちゃんが出て来たのは、現実、なんだよな?」

「うん、きっとそうよ」

 階段を上りながら、二人は小声で話し合う。

 健太の自室扉を開けると、

「おかえり健太お兄さん、彩花お姉さん」

 香織はにこにこ顔で迎えてくれた。

「やっぱり現実のようだな」

「これはもう、現実として受け入れるしかないわね」

 健太と彩花は苦笑い。

「この子、今夜どうしよう?」

「とりあえず、今夜はワタシの部屋に寝かすわ」

「ねーえ、あたしもお腹すいたぁ。何か食べさせてー」

 香織はむすっとした表情で要求してくる。

「ちょっと待ってて。今からコンビニでお弁当買ってくるから。香織ちゃん、食べたい物はあるかな?」

 彩花が質問すると、

「カレー。あたしカレーめっちゃ好き♪ 十億人のインド人は毎日カレーだから羨ましいよ」

 香織は笑顔で楽しそうに答えた。

「香織ちゃん、今、インドの人口は十四億くらいいるみたい」

 健太は現状を教える。

「あれからもそんなに増えとるの! インド人もびっくりだよね。中国はどうなったん? あたしは学校で十二億って習ったけど」

「中国はあまり増えてないかな? インドは近いうちに中国抜いて世界一になりそうで、世界の人口も八十億超えそう」

「そうなん? あたしの時代じゃ六〇億くらいよ。予想通り、どんどん増えてるんか」

「逆に、日本の人口は二〇〇八年頃をピークに少しずつ減って来てるみたい」

「それも予想通りな感じやね。この時代のお金はどうなってるん?」

「だいたい同じだと思う。お札の人とデザインは変わったけど、旧札も今でも大方使えるよ。物価も二〇年くらい前と比べてそんなには上がってないんじゃないかな」

「そっか。戦中と戦後みたいな劇的な変化はないんやね」

「この間、経済学入門の講義で教わったけど、あの頃ってたった四、五年で物価が百倍以上上がったらしいわね。あの、香織ちゃん、話戻すけど、カレーのお弁当は、売ってないの思うの」

「それじゃ、何でもいいよ」

 香織は申し訳なさそうに伝えた。

「分かったわ。じゃ、行ってくるね」


 彩花がこのお部屋から出て行ってから15分ほどのち、

「香織ちゃんお待たせ。温めてもらったよ。ついでにお茶と、明日の朝ご飯とお昼ご飯の分も買って来たよ」

 彩花が戻ってくる。レジ袋から唐揚げ弁当を取り出した。

「サンキュー彩花お姉さん、これが未来のコンビニ弁当か。もっと宇宙食的なものになってるかと思ったけど、そんなには変わってないね」

 香織は蓋を開け、割り箸を手に持つと唐揚げを美味しそうにもぐもぐ頬張る。

「香織ちゃんの時代のコンビニ弁当とこの時代の、どっちが美味しい?」

 彩花が尋ねると、

「今年の夏に食べたアジアごはんと同格かな?」

 香織はにっこり笑顔で答えた。

「そっか。食べ物の味は未来だからって進化するわけでもないからね」

 彩花は苦笑いを浮かべる。

 それから七分ほど経ち、

「もうお腹いっぱい。ごちそうさま」

 香織が他のおかずやご飯も全部平らげ紙パックの煎茶も飲み干すと、

「それじゃ健太、この子、ワタシのお部屋に連れて行くね」

 彩花は出たゴミを袋にまとめて手に持ち、香織と一緒にお部屋から出て行った。

 香織は隣の彩花のお部屋に入れてもらうと、

「うわぁっ! ア〇メイトみたいなお部屋やね。あたしの部屋よりもオタク感すごい!」

 興味深そうに室内を見渡し始めた。

窓際に観葉植物、学習机の周りにビーズアクセサリーやオルゴール、クマやウサギ、リスといった可愛らしい動物のぬいぐるみがいくつか飾られてあり、普通の女の子らしいお部屋の様相も見受けられたが、それ以外の場所に目を移すと、オタク趣味を思わせるものがたくさん。

本棚には合わせて五百冊は越えるだろう少年・少女・青年コミックやラノベ、アニメ・マンガ・声優系雑誌に加え、十八歳未満は読んではいけない同人誌まで。アニソンCDやアニメブルーレイも多数所有しており専用の収納ケースに並べられていた。DVD/ブルーレイレコーダーと二四V型液晶テレビ、学習机の上にはノートパソコンもあった。本棚の上と、本棚のすぐ横扉寄りにある衣装ケースの上には、萌え系のガチャポンやフィギュア、ぬいぐるみが合わせて二十数体、まるで雛人形のように飾られてあり、さらに壁にも、瞳の大きな可愛らしい女の子達のアニメ風イラストが描かれたポスターが何枚か貼られてあったのだ。健太の自室と同じ広さのフローリングだが、家具や飾りが多く、散らかっている分こちらの方が狭く感じられた。 

「アニメー○ュとアニメ○ィアとニュー○イプ、メ〇ミマガジンと、G‘sマガジンも、この時代でもまだあるんやねー。めっちゃ値上がりしとるし。ラノベもあるぅ。未来のラノベ、どんな感じなんかな? あたしの時代だと『キ〇の旅』や『ス〇イヤーズ』や『マ〇みて』が人気だよ」

 香織は本棚にあった一冊の文庫本を手に取りパラパラッと捲ってみる。

「この時代では、異世界転移転生チートハーレムが流行りよ。ラノベレーベルも香織ちゃんの時代より遥かに充実してるわ。デビュー方法も新人賞だけじゃなく、小説家になろうとか、カクヨムとかの小説投稿サイトに投稿された作品に出版社から声がかかってデビュー出来るケースも多いのよ。ラノベ原作のアニメも多いわ」

「そうなんかぁ。ラノベ業界も発展してはるんやね。確かに聞いたことない文庫名がいっぱいや。おう、彩花お姉さん、マンガを描いてるんですね」

 香織は机の上に置かれた描きかけの漫画原稿にも目が留まった。

「うん、幼稚園の頃にはもう描いてたわ。本格的な画材使うようになったのは小学校高学年頃からだけど」

「そっか。ラブひな以上にエッチなシーンは多いですが上手過ぎます。あたしも趣味で描いてるけど全然敵いません」

「いやぁ、ワタシの絵もプロデビューにはまだまだ足元にも及ばないレベルよ。香織ちゃん、よかったらワタシの原稿、手伝ってくれない?」

「いえいえ、あたしには力不足です。足手まといになっちゃいますからやめときますよ。彩花お姉さん、スクリーントーン貼るのめっちゃ上手いね。手先器用過ぎや~」

「トーンはパソコンで仕上げてるの。手作業じゃないわよ」

「パソコンで漫画描いてるんですか!」

「この時代はパソコンでデジタル漫画を描くのが普通になってるわ。これだと簡単に修正が利くし、カラーも描きやすいし。ワタシはトーンだけだけど、下書きペン入れ効果線ベタも含めてオールパソコンで描いてる人も多いわよ。専用のソフトがあるの。それさえあれば画材を揃えなくても漫画が描けるってわけ」

「そうなんか。あたしの時代でもパソコンで描く人はおるにはおるけど、より進化してるんやね」

「小説も、この時代じゃパソコンの文章作成ソフトで書くのが一般的よ。手書きを受け付けてない新人賞もいっぱいあるの」

「ってことは、この時代の小説家は伊○坂先生みたいに原稿用紙をくしゃくしゃに丸めるようなことはないんですね」

「そうね。編集者とのやり取りもメールが一般的みたいだから、締め切り間際に編集者が作家の自宅に押しかける光景も見られなくなってると思うわ」

 そんな会話を交わしていた時、

「彩花ぁー、早くお風呂入っちゃいなさい」

 母に一階廊下から叫ばれた。

「香織ちゃん、ワタシ、お風呂入ってくるからここで待っててね。もしお母さんが入ってくるようなことがあったら、お布団に隠れて」

 彩花はこう注意を促し、お部屋から出て行く。

「はーい」

 香織は素直に返事し、

(面白そうな未来のマンガがいっぱい)

 本棚を物色し始める。

 最近発売されたコミックを一冊手に取り、ベッドに寝転んだ。

「絵柄は、思ったほど未来になった感は、ないかな?」

 ぽかんとした表情でこう呟いたその時、

 ドスドスドス。と、足音が聞こえてくる。

(この重さを感じる足音は、お母様のやね。隠れなきゃ)

 香織はそう直感し、慌ててお布団に潜り込んだ。

 それから約二秒後、ガチャリと扉が開かれ母がこのお部屋に入り込んで来たのだ。

 衣装ケースを開け、長袖の服を何着か入れるとすぐにお部屋から出て行く。どうやら衣替え作業らしい。

(危なかったぁー)

 香織の心拍数は急上昇した。

(ちらっとお姿見たけど、あの髪型は安室奈美恵意識してるね。この時代でもあの髪型の人いるんだ。安室奈美恵って、この時代じゃもうおばちゃんだよね? 篠原ともえも)

 心拍数が徐々に戻って来て、再びマンガを読み耽る。


 それから二〇分ほどのち、トストストスと軽い足音が聞こえて来た。

(これは、彩花お姉さんのだ)

 そう確信した香織は、安心してベッド上に腰掛け待機する。

「香織ちゃん、お待たせ」

 予想通り、彩花だった。風呂上り、パジャマ姿。髪の毛がしっとりと濡れていた。

「お風呂いいな。あたしも入りたーい」

「ごめんね、絶対ばれちゃうだろうから。今日は我慢して」

「分かった」 

「香織ちゃん、お母さんここに来たでしょ? バレなかったみたいね」

「うん、とっさに布団に隠れたよ」

「そっか。最良のやり方ね。香織ちゃんは、ワタシと身長ほとんど変わらんね。ワタシの服、どれでも着ていいよ」

「ありがとう。あの、彩花お姉さん、あたし、すごい能力が備わってたよ」

 香織は興奮気味に伝える。

「どんな能力かな?」

「あたしの絵が載ってたノートに手を突っ込めるの」

 香織は例のノートを手に取る。続いて開かれたページに手を添えると、なんと波打つ水面のように揺らいだのだ。

「香織ちゃん、こんなことも出来るのね」

 ちょっぴり驚いた彩花。

「さっき試しにやってみたら出来たの。まさか出来るとは思わんかったよ」

 香織はえへっと笑う。

「さすが元二次元絵ね」

「でも、これ以外のやつには出来なかったよ。これは特別なノートやね」

「こういうことが出来るってことは、元の世界にも帰れるってことなんじゃ」

 彩花はふと勘付く。

「出来るかも」

 香織は例のノートの自分が元いたページを開き、床の上に置くと上に乗っかってみた。

 その結果、

「あれ? 入れないや」

 出来なかった。

「あらあら」

「でも、元の世界へ戻れた時のために、あたしも宿題片付けていかないと、先生からめっちゃ叱られちゃう。やな宿題はぜーんぶゴミ箱にすてちゃえ♪ って気分であまりやる気は出ないけどね」

 香織は例のノートに手を突っ込み、通学鞄を引っ張り出して、中から数学の問題集とノート、筆箱を取り出した。

「ワタシの机、使っていいわよ」

「ありがとう。でも、置き場が無いな」

「ごめんね、すぐ片付けるから」

 彩花は申し訳なさそうに、無造作に散らばった机の上のものを隅っこに動かす。

 香織は開いたスペースに先ほど取り出したアイテムを置いた。イスに腰掛け、筆箱から筆記用具を取り出す。

「あっ、た〇ぱんだだ。お母さんもこれ持ってたわ」

「た〇ぱんだ、あたしの時代じゃ大ブームになってたよ。この時代でもまだた〇ぱんだ人気あるの?」

「この時代は、リ〇ックマの方が人気だな」

 彩花はそう伝えて、学習机の引出からリ〇ックマのキーホルダーを取り出した。

「こっちの方が、かわいい♪ これはた〇ぱんだが人気で負けるんも頷けるわ~」

 香織はうっとり見つめる。

「これ、香織ちゃんにあげるよ」

「いいんですか!」

「うん♪ ワタシからの未来のキャラクターグッズのプレゼントよ」

「サンキュー彩花お姉さん。めっちゃ嬉しい♪ 勉強もやる気が出て来たよ」

「香織ちゃんは、東大目指してるってことは、勉強得意なんだよね?」

「いやぁ。むしろ苦手。クラスで真ん中よりちょっと上くらいやねん。最初の方の巻のし〇ぶちゃんよりはええんやないかなぁっとは思っとる。勉強しようと思っても、ついつい漫画やアニメやゲームに手が……」

「その気持ち、よく分かるなぁ」

 彩花はふふっと微笑む。


ともあれ、香織は自力で数学の宿題を片付けた後は、

「金○先生、シリーズ終わってもうたんか」「東京スカイツリーなんてのも出来とるんや。これは未来の建造物って感じ」「宮崎駿さん、千と千〇以降はこんな作品作ってたんやね」「ビンラディンは二〇一一年に処刑されるんか」「東京でまたオリンピックやるんやね」「大阪万博もやるんかぁ~。最初のはあたしが生まれるずっと前やで」「新幹線も北海道まで繋がってはるんや。おう、鹿児島までも繋がってるやん! 北陸にも通ってはるし。車両、未来って感じの形やね。一回乗ってみた~い」「神戸空港も出来てはるやん」

 彩花のノートパソコンを立ち上げ、インターネットを通じて現在のエンタメ、社会情勢などを調べ今の時代の知識を身につけていく。浦島花子状態から少しでも脱却するためだ。

「もうこんな時間かぁ。時間経つの早っ!」 

「これがインターネットの魔力よ。ワタシも気が付いたら明け方になってたことあるし」

「スーファ○やプ〇ステ以上やね。懸賞もネットで手軽の応募出来るようになってるし、この時代やったらな〇びさんもあんなに大量に葉書書かんでも懸賞生活送れるね」

 あっと言う間にまもなく日付が変わろうという時刻となった。

「香織ちゃん、この時代のアニメ、見てみる?」

「うん、見たい、見たい。あたしアニメ大好き♪」

「香織ちゃんのいた時代はビデオテープもまだ主流かな?」

「そうやね。アニメはVHS版とDVD版両方発売されてるよ」

「ビデオテープは数年前からすでに生産されてなくて、この時代ではDVD、ブルーレイが主流になってるの」

「おう、ここでもまた進化が。本当に情報通信技術の進化は凄まじいみたいやね」

「映像もぐぅーんと良くなってるわよ。香織ちゃんは好きな声優さんはいる?」

「ほっちゃん、ゆかりんが一番好きだな。あと、林原めぐみさん、國府田マリ子さん、Prits結成する水樹奈々ちゃん、望月久代さん、桑谷夏子さんや小林由美子さんも大好き♪ ラブ〇なやシ〇プリの声優さんはみんな好きだな。天使の〇っぽの平野綾ちゃんも注目株やね。妹に欲しい♪ 山本麻里安はお姉さんに欲しい。金田朋子さんもあたしよりずっと年上やけど、声かわいくて好き♪ あ〇まんが大王の映画、めっちゃ楽しみや♪」

「アイドル声優の先駆けの方々ね。それじゃ、このアニメを見てみる?」

 彩花は二〇一八年に放送され、作画が酷いことでも話題になった妹系アニメ一話収録のブルーレイを再生する。

「シ〇プリが、そのまんまやん。これ、新たに録られたん?」

 流れて来た映像に、香織は驚き顔で問う。

「うん、コラボ企画で当時の声優さんが集結したんだって。この作品の監督さんが初めて原画の仕事をしたのがシ〇プリだったことが縁で、実現出来たみたい」

「そうなんや。監督さん、めっちゃ嬉しいやろうね」

「次はこれを見てみる?」

彩花は続いて、二〇一〇年に放送され大ヒットした軽音楽アニメ二期のブルーレイを取り出し、再生する。

「この声、青山〇子役の浅川悠さんかぁ。相変わらず気の強そうなキャラやってるね」

「今の時代から見ればわりと昔のアニメだけど、放送当時は社会現象にもなった平成を代表する大ヒット作だから、全話見るのがおススメよ。今放送中のアニメも、もうすぐ始まるわよ」

「それは楽しみや♪」

「アニメの放送数も、香織ちゃんの時代とは比較にならないくらい多いわよ。新作アニメが年に百数十本は作られてて、首都圏では地上波だけでも週に八〇本くらいは放送されてるわ」

「そんなに!! すっごーい! あたしの時代より遥かにアニメ天国やね。That‘s so wonderful! ♪や」

「さらに、ここ数年でBS放送やネット配信もかなり普及して、観られるアニメの地域格差もなくなってるわよ」

「おう! それは素晴らしい! あたしの時代、地方じゃ深夜アニメ全然映らんからその変化は最高や。ラブ〇なも水樹奈々ちゃんが出る春スペだけ関西でやらんかったんよ」

「アニ〇イトの数も、昔よりかなり増えて今や四七都道府県全てと、海外にも進出してるわ。田舎のイ〇ンの中とかにも店舗が拡大してるのよ。と〇のあなやゲー〇ーズやメ〇ンブックスやまんだ〇けは相変わらず都会にしかないけど」

「そうなんかぁ。アニメ専門店はアニ〇イトの一人勝ちかぁ。まあ、確かに他の店に比べたら子どもや家族連れでも入りやすい雰囲気やもんね。あの、彩花お姉さん、この時代も、深夜アニメは1クールか2クールで終わるんが普通なんかな?」

「うん、それは香織ちゃんの時代と同じね。これから始まるアニメも、今年七月に始まったばかりだけどもう次で最終回よ」

 彩花はテレビの電源を入れ、チャンネルを合わせる。

 午前一時。とある深夜アニメの放送が、予定通り始まらなかった。

「あらら。野球延長で十分遅れなのね」

「あの、彩花お姉さん。この時代の録画機器って、番組の時間変更があったら自動的に録画時刻変更してくれるんかな?」

「うん。他にも録画した番組のCMスキップとかの機能も付いてるわよ」

「おう! それは便利。やっぱ未来や~。武蔵丸の悲劇はもう起こらへんのやね」

 香織は大いに感激していた。

「それ、聞いたことある。香織ちゃんも被害者なのかな?」

 彩花はふふっと微笑む。

「生で見てたから、あたしは免れたけどね。友達は被害者やったよ。今年の夏場所で武蔵丸が優勝決定戦で貴乃花に負けたんはあの時の罰が当たったからやって言うてたわ」

 香織は自慢げに伝えたあと、

「けど、恥ずかしながらその子は何ともなかったポケモンショックの被害は受けちゃったよ。当時小五や。被害者の中では年上の方やったわ」

 照れくさそうにこう伝える。

「ついつい画面に夢中になっちゃったのね。ワタシももしその時代に嵌ってたら、被害者になってたかも」

 彩花は強く共感したようだ。


 一時十分。いよいよ放送が始まった。

「……あのう、この時代の深夜アニメって、乳首出んの?」

「この時代は規制が厳しくて地上波では放送出来んのよ」

「そうなん? あたしのいた時代じゃ深夜アニメは乳首出しとったのに」

「昔は寛容だったみたいね。この時代じゃパンツもNGになる放送局もあるのよ」

「映像がきれくなり過ぎたからなんかな?」

「それも一理あると思うわ」

 ベッドにうつ伏せで寝転び、会話を弾ませながら引き続き視聴を楽しむ二人。

 香織の方はだんだん眠くなって来たようで、Bパートも後半に差し掛かった頃にはぐっすり眠りついていた。

「やっぱり中学生はまだまだ子どもね」

 彩花は香織の寝顔をちらっと眺め、にっこり微笑む。

 彩花はこのアニメ終了まで見て、

「それにしてもお母さんの昔のノートから飛び出てくるなんて、摩訶不思議なことがあるものね。この子、ワタシの新作マンガのモデルにしようかな」

 香織の頭をそっと撫で、電気を消すと同じ布団に潜り込んだ。



               

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