魔素の異常

 翌朝、窓を叩く雨の音で目を覚ましたブレイドは違和感を感じ取っていた。

 それは部屋の中ではなく、宿屋に感じたものでもない。

 もっと広い範囲、宿屋の外であり、さらに言えばマンティスの外。


「……違う、マンティスを覆っている、空気が重い?」


 窓の外に顔を向けると、どんよりとした雲が空を覆い、太陽の姿を完全に隠している。

 雲ひとつない晴れた空であれば、心地よい太陽の光で目を覚ますことができただろう。


「……不味いかもしれないな」


 ベッドから降りたブレイドは身支度を整えると部屋を出る。

 リビングではすでに起きていたリアナが運ばれてきた朝食をテーブルに並べているところだった。


「あっ、おはよう、お兄ちゃん……どうしたの?」


 すでに身支度を整えていたブレイドに疑問を覚えたリアナは表情を硬くして問い掛ける。


「魔窟の封印の件なんだけど、急いだ方がいいかもしれない」

「どういうこと?」

「魔素がマンティス全体を覆っているかもしれない。このままだと、周囲の魔族に影響が出て魔族のスタンピードが起こる可能性が高い」

「そ、そんな!」


 ――パリンッ!


 突然の衝撃発言に、リアナは手に持っていた食器を床に落としてしまう。


「あっ! ご、ごめんなさい」

「いや、俺も落ち着いた状況で言うべきだった、すまん」

「ううん。……でも、それが本当だったらゆっくりしている場合じゃないよね」

「あぁ。リアナはミリエラさんに声を掛けてきてもらってもいいか? 食器は俺が片付けておくから」

「わ、分かった!」


 部屋を飛び出したリアナを見送ると、ブレイドは割れた食器を片付けながら魔素が溢れ出した理由について考え始めた。


「ダーラグロロアが魔窟の主ではなかったってことか。これだけの魔素だ、魔窟の主は明らかにさらに上位の魔族だろうな。……ダーラグロロアが倒されたことを知って、魔素を放出しているのか? だが、それをどのようにして知ったんだ?」


 MSOの世界であっても魔族の情報統制については情報が出てこなかった。

 そんな中で考えても、この世界のことについても分からなことが多過ぎる。

 結局、答えは見つからなかった。


「……なら、やっぱり行って確かめるしかないか」


 ミリエラの心情を考えると晴れた日に向かいたかったというのが本音ではあるが、仕方がないと溜息をつく。


「お兄ちゃん!」

「ブレイド、何があった!」


 そこにミリエラを連れたリアナが戻ってきた。

 ブレイドはあくまでも仮説だと前置きをしたうえで、リアナにした説明を口にする。

 腕組みをして聞いていたミリエラの表情はだんだんと強張り、最終的には右手で顔を覆ってしまった。


「魔族の、スタンピードだと? まさか、それがマンティスで起こるというのか?」

「可能性の問題ですが、おそらく。魔素は魔族に影響を与えます。それは、濃い魔素であればあるほど、下級魔族なら早い段階で錯乱してしまう」

「その濃い魔素が、マンティスを覆っていると言うんだな?」


 大きく頷いたブレイドを見て、ミリエラも覚悟を決めた。


「……分かった、行こう」

「本当は色々と試してから行きたかったんですが、ぶっつけ本番になってしまいますね」

「何を試すつもりだったの?」

「魔法の条件変更だ」

「「……はい?」」


 さらりと告げられた魔法の条件変更という言葉に、リアナとミリエラは口を開けたまま固まったしまう。

 何かおかしなことを言っただろうかと二人に視線を向けながら首を傾げているブレイド。


「……あれ、もしかしてこれも普通じゃない?」

「ふ、普通なわけないじゃないの! 魔法の条件変更だなんて、普通はできないから!」

「そ、そうだぞ、ブレイド! これは生まれた時に与えられた魔法であり、条件も同じだ! 長いこと冒険者をやっているが、魔法の条件変更をしたなんて聞いたことがないぞ!」

「そうなのか? ……まあ、やってみてできなかったらまた考えるよ。とりあえず、今は魔窟へ向かおう」

「……なんだか、リアナの気持ちが少しだけ分かった気がするよ」

「……ありがとう、ミリエラさん」


 意気投合した二人にも首を傾げつつ、ブレイドはこれからの行動について説明を始めた。


「ミリエラさんは一度冒険者ギルドに行って、ミアサさんに状況の説明をお願いします」

「分かった。ブレイドとリアナはどうするんだ?」

「俺たちは南門に向かいます。デュアルホーンやダーラグロロアが南門の方に現れたってことは、魔窟もその近くにあるはずなんです。そこで魔素の流れを感じ取って、魔窟の場所をはっきりさせます」

「……もう驚かないぞ。魔素の上がれを感じ取るとか、普通はできないだろうに」

「安心して、ミリエラさん。私も最初に聞いた時は驚いたけど、もう慣れたから」

「それ、安心していいところなのか?」


 異議を唱えたかったブレイドだが、今はその時間も惜しいと判断してすぐに行動を開始する。

 すでに準備を終えていたブレイドと、リアナもすぐに動ける状態だった。


「私も急いで準備を終わらせる。南門だな?」

「はい。よろしくお願いします」

「待ってますね!」


 部屋を出た三人はその場で別れると、ブレイドとリアナはミラに軽く挨拶をするとすぐに宿屋を後にした。

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