第三章 絶対に負けないんだから

第40話 ゲーム開始

「とうとうこの日が来てしまったわ」


 青草一の日の朝、ローズは自室のベッドの上でそう呟いた。

 早朝の為、フレデリカはまだ来ていない。

 そろそろ朝練の時間なのだが、とうとう来てしまったゲーム開始の日に気が重く、まだベッドの上から起き上がれていなかった。


「ふぅ、昨日の舞踏会は色々有ったわねぇ。本当に楽しかった……。イケフェス開催数も一気に6も増えちゃったしね」


 ローズは少しでもやる気を出そうと、楽しかった昨日の舞踏会の事を思い出す。

 生まれて初めての舞踏会。

 お洒落しようと思ったのも昨日が初めてだった。

 最初何も言ってくれなかったので失敗したのかと悲しかったが、それは間違いだった。

 あの後、皆は口々に褒めてくれて人生最良の日だったと心から言える。


「これから未来含めて最良の日!って事にならないと良いんだけど……」


 折角気持ちを入れ替えようとしたのに、ふと心の中に湧いた不安を口にしてしまうローズ。

 折角軽くなり掛けていた心が、また重い気持ちに沈んでしまう。


「いけない、いけない! 弱気になってたらダメよ! どんな相手だろうと負けないんだからね」


 ローズは主人公なんかに負けてなるものかと、自身に気合を入れてベッドから起き上がった。

 そして、おもむろに寝間着を脱ぎクローゼットの中に掛けてある練習着に腕を通す。

 

 『今日からゲーム開始。ええと、通常ルートってどんな感じだったっけ?』


 三桁回数プレイしたローズだが、クソゲーとは言え辛うじて付いていた既読スキップ機能のお陰と言うべきか、所為と言うべきか、ゲーム冒頭展開の記憶が若干うろ覚えとなっている事に気付いた。

 クソゲーあるあるの一つ、『コンフィグ設定はセーブされない』ので、飛ばせないOPが終わった後にマッハで設定画面を開き少しでも快適になる各種機能をONにする作業を、電源投入若しくは周回毎にする必要が有った為、正直な所まともに見たのは数回、一応攻略に行き詰った時などは僅かなヒントでも逃すまいと食い入るように見た事は有ったがそれもほんの数度程だ。

 

 『確か一日目は基本エレナのモノローグで軽い状況説明とゲームチュートリアルだけで終わったのよね。結局イケメン攻略になるヒントは無かった筈。あぁ、そう言えば既にシナリオ上、出会い済みのイケメンの紹介が語られたっけ。そのイケメンは二人。可愛い天使のカナンちゃんと、ほのぼのお兄さんキャラのホランツ様。いやぁ~カナンちゃんはそのままだったけど、まさかホランツ様がローズの前では色男キャラだったってのは衝撃だったわ』


 ローズはホランツのゲーム中とのギャップを思い出して一人笑った。

 本当にどっちが素なのかしらね? と心の中で呟く。

 エレナのモノローグで語られた二人との出会いは、同じ日に起こった出来事だった。

 荷物運びを頼まれたエレナは、広い屋敷の中まだ慣れない所為か道に迷う。

 そんな困っているエレナの前にカナンが現れて目的地への道を優しく教える、と言うのがカナンとの出会いの流れだ。

 そして、ホランツはと言うと、やっと辿り着いた目的地でたまたま遊びに来ていたホランツと出会うのだが、何も知らないエレナはホランツが荷物の受取人と勘違いして彼に渡してしまう。

 勿論それを見ていたローズの怒りを買う事になるのだが、お兄さんキャラであったホランツは自分が断りを入れずに、安易にエレナから受け取ってしまった事に責任を感じてエレナを庇う事によって仲良くなり、その後もちょくちょく喋る仲になる、これがホランツとの出会いの流れであった。


 『そうそう、確かそんな感じだったわ。他のイケメン達と違って、この二人は屋敷での出現率も高かったし、ゲーム開始直後から顔見知りのキャラだったのよね。そう言えば、改めて思うとカナンちゃんって覚醒する前からエレナに対して面倒見が良かった気がするけど、もしかしてテオドールの紹介って事を知っていたからなのかしら? 本当に実家からの手紙にエレナの事が書かれていたのかもしれないわね』


 そう言えば? と、幾つかのチュートリアル解説の担当をカナンがしていた事をローズは思い出した。

 ゲーム進行度に合わせて新コンテンツが解放される度に、何処からともなく登場キャラが現れてそのコンテンツについての解説を行うのだが、お助けキャラのフレデリカの次に多いのがカナンだったのだ。

 ゲーム中は可愛いキャラに喋らせたかったのかと思っていたが、『それなら辻褄が合うわ』とローズは納得した。


 『あれ? そう言えばゲームはそうだったけど、こちらのエレナと二人はどうなってるの? フレデリカの話だと既に屋敷の中の事や使用人達の事も把握済みと言う事だけど、それは私と同じ転生者だとしたらそれも有りかもしれない。なら二人との出会いはどうなるのかしら?』


 ローズは、ゲーム展開と現状との矛盾に頭を悩ます。

 道に迷うイベントはゲーム開始以降もちょくちょく発生して、それがイケメン達との攻略フラグになる事だって有った。

 使用人達を把握している事もよく考えたらおかしいではないか。

 本来ゲーム進行に合わせてプレイヤーに紹介される形で顔見知りになっていく展開だ。

 考えれば考える程ローズは混乱する。


 少なくともゲームが開始した現在において、ホランツとエレナは出会っていない事だけは言えるだろう。


 『だってまだ、ローズがホランツ様の前でエレナを叱咤するイベントが発生してないもん』


 安易に荷物を受け取った所為で、ローズに叱られた事に責任を感じたホランツがエレナの事を気に掛けるようになるだから、ローズ……即ち自分がエレナを叱らない限り知り合いになったとしても、気軽に喋るような仲にはならない筈。

 但し、これに関しては隠しルートだからと言う可能性は否定出来ない。

 だが、しかし……。


 『そもそも、このゲームのイケメン以外の登場人物って、お助けキャラのフレデリカは別として、執事長とメイド長、あと庭師のおっちゃんと料理長が辛うじて個別画像がある程度。それ以外は職名だけの名前も無いモブキャラばかりよ? それにしたって数人程度。各部門のリーダーなんて知らないわよ。私だってローズになってからやっと皆の顔と名前を覚えたんだから。それなのに、なんでエレナは既に使用人達の事を知っているの?』


 これが以前チラと感じた違和感の正体。

 プレイヤーが知り得ない情報の数々を既に知っているエレナ。

 これらの事は隠しルートだから、とかそんな次元の話ではない。


 『なんと言っても、フレデリカを以てして『どこかで訓練した』と言わしめたエレナのメイド振りよね。これに関してはゲームプレイヤーだからなんて言い訳は通らない……』


 三桁回数プレイしたローズと言えど、プレイヤーが行えるのは一日の予定を選択して開始ボタンを押す事のみ。

 あとは画面上のディフォルトキャラがあくせく動いているのを眺めるだけだ。

 そんなものを見ているだけでメイドスキルが習得出来る筈もない。

 それこそ、自分のように『白馬の王子様』が迎えに来る事を夢見て貴族令嬢の特訓をして来たように、エレナが貴族のメイドになる事を夢見て特訓して来たと言うのなら話は別だが、とローズは思う。

 一瞬メイドカフェでバイトでもしていたのかとも思ったが、あれはただ単にオムライスに向かって『萌え萌えキュン』と言うだけの簡単なお仕事の筈、と偏った知識でそれを否定した。


「本当に不思議だわ……」


「何が不思議なのですか? お嬢様」


 思わずポロリと零した言葉に誰かがその意味を尋ねてきた。

 

「いえ、エレナの事が気になって……」


「私の何がそんなに気になるのでしょうか?」


 思っていた回答と違う言葉、違う声が返って来た。

 いや、そもそも何故この部屋に自分以外の人間が居るのか? ローズは頭の中が真っ白になる。

 先程までこの部屋には自分一人。

 一人じゃない場合は基本フレデリカしか部屋に居ない。

 だから、聞こえて来た声もフレデリカなのだと思わず答えてしまった。

 けど、よく考えたら今の声はフレデリカではなかったではないか。

 それは、キンキンのアニメ声。

 この世界にやって来る寸前の三日三晩ぶっ通しで聞いていた良く知っている声だった。



「あ、貴女はっ! い、一体どうしてここにっ?!」


 これは完全に不意打ちだった。

 こんな展開はゲームには無かったのだから仕方無い。

 そう、今自分の目の前に居るのは、フレデリカではなく前髪で目が隠れているものの、とても綺麗な金髪をした小柄な少女。

 そして、このゲームの主人公。


 エレナその人であった。

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