海が太陽のきらり

真夜中 緒

第1話 海を纏う彼女

 まるで草原にぽてんと寝転んだみたいに、いっそ自室のベッドに転がるみたいに、陽子は無防備に波に寝転がっていた。色素の薄い髪が広がって、波間に溶け込んでいるようにも見える。

 髪だけじゃない。

 細い腕も、足も、そこだけちょっと柔らかそうな頬も。

 当たり前のように海に溶け込んでいる陽子は、まるで海を纏っているみたいだ。

 「んーー気持ちいい。こんなに楽ちんなのにお医者さんはなんで海を禁止にしたがるのかなあ。みんな生まれる前はお母さんのお腹の中の海に浮かんでいるのにさ。」

 だからじゃないかな。と僕は思う。

 常識的には体力を奪われるとか、感染の可能性とか、事故の危険性なんだろうと思うけど、陽子を見ているとそのまま生まれる前の海に帰ってしまいそうで危なっかしくて仕方がない。

 「もう臍の緒がないからね。」

 そう答えると陽子が笑う。

 「そっかあ。臍の緒切っちゃったのは失敗だったなあ。でもあれ、お医者さんが勝手に切っちゃうんだよね。」 

 陽子が海中で身を起こす。

 実際には足が沈み込むのだけど。

 それから僕が座っている岩に寄ってきて、僕のそばに肘をついた。

 「お医者さんが臍の緒を切っちゃったのに、同じお医者さんにそのせいで海を禁止されるなんてひどい話だと思わない。それなら切らずにおいてくれても良かったのに。」

 ちょっとむくれた陽子は綺麗に日に焼けている。毎日のようにこっそり海に来ているんだから当然だ。でもそれだけで健康的に見えるには、あまりに影が薄すぎた。

 「みんな君に、生まれてきて欲しかったんだよ。」 

 陽子はちょっと咎めるような目で僕を見た。

 「でも、それで誰も幸せにはならなかったよ。」

 陽子は綺麗事を許さない。特に自分自身に対して。陽子によれば、陽子は「お母さんを犠牲にしたくせに長く生きられない親不孝者」なのらしい。

 僕は陽子の健康の問題が何なのかを知らなかった。けれども陽子の言動の端々から、陽子が「大人になれない子供」であることはわかった。

 そもそも、僕が知ってることはほんのちょっとだ。

 名前は陽子。

 年齢は、幾つぐらいだろう。身長から言えば小学校の高学年。でも、話している言葉を聞くと中学生ぐらいにはなっていそう。高一の僕より年上なんて事はさすがにないだろうと思うけど、自信があるってほどじゃない。

 それから、陽子が生まれる時に出産が原因でお母さんが亡くなったらしいという事と、陽子にはたぶん先天的な病気がある事ぐらいで全部だ。

 本当に、他には何にも知らない。

 本当はこれだって知っているとは言えない。

 名前は本人が名乗っただけだし、他もみんな陽子の話から察しただけだ。

 だから厳密に言うと、「陽子と名乗っている」「身長は140センチくらい」「健康ではなさそう」ぐらいしか知らないと言うべきなんだろう。

 陽子とはいつも海で出会う。

 むしろ僕にとって陽子は、海に生息している生き物だ。海に行けば必ず会えるってわけではないけれど、海以外では会えない。そして僕たちの間にはいつだって約束めいたものはなかった。

 いつでも偶々出会って、そのまま流れで一緒に過ごす。

 陽子が再び波に寝転ぶ。

 タンクトップと短パンみたいな水着から伸びる手足が、海をまとって伸びていた。



 

 

 


 

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