九番線
最近私は、スマホを使ってある遊びをしている。
スマホが普及して、こんな小さな端末でいろんなことが出来ることに驚きを隠せない。ゲーム、いろんな便利なツール、無料通話アプリなど多岐にわたって活用できることは無限と言っても過言ではない。
その中でも、私の注目した機能は音声による検索機能。私のようにパソコンキーボードに慣れ親しんだ人間にとっては、いまだにあのフリック入力というのが苦手で、面倒くさがりの性格もあってか、音声検索には結構お世話になっている。
この機能を利用している時に、ふと思いついた。この検索のマイクをタップした後に、ずっと無言を貫いたらどうなるのだろうと。結果は、しばらく「認識しています・・・」のメッセージの後、「OK 〇ーグルと発声するか、マイクをタップします」とアシスタントが出る。
だが、もしも、この無言の時に、アシスタントが何かの声を認識してしまったら?そう考えると、凄く怖くないか?最近これを寝る前に、真っ暗にした部屋の中でずっと試しているのだ。怖がりチキンのくせして、布団に潜り込み、毎日寝る前にこれを試している。結果は「OK 〇ーグルと発声するか、マイクをタップします」のメッセージを確認して、残念なようなほっとしたような気分で眠りにつくのだ。
ところがある日の夜、いつものように寝床でさんざんスマホをいじり倒した後に、そろそろ眠くなってきたので、いつもの検索窓のマイクをタップして無言を貫いた時だった。
「近くに居ます」
そうメッセージが出て、私は驚いた。心臓は早鐘のようにドキドキとしたが、私は興味の方が勝ってしまい、ついつい返答してしまった。
「どこに居ますか?」
そう言うと、
「あなたの部屋に居ます」
と返答が来たので、さすがにこれにはビビってしまい、すぐさまスマホを閉じて、頭から布団を被って震えていたのだ。ヤバイことになった。
あくる日の朝、恐る恐るスマホを開いてみたが、なんら変わらずにホーム画面が出て来たのでほっと安心した。たぶん、あれは私の見間違いなのだろう。そうに違いないと自分に言い聞かせたのだ。
とは言うものの、アシスタントに無言を貫くゲームをするのが怖くなり、あの日からぱったりやめてしまったのだ。
ところが最近になって、勝手にアシスタントが開くようになった。ホーム画面にアシスタントが立ち上がり、「はい、どんなご用でしょう?」というメッセージが出るようになったのだ。このことを職場の同僚に話すと、それはよくある話で、知らないうちに発した声を誤って認識してしまい立ち上がるのだと言うのだ。気になるのなら、それを機能しないように設定すればいいと言うので、設定の仕方を教えてもらった。
これでビクビクすることは無い。自分で興味本位で始めた遊びに自分で振り回されるとは、本末転倒な話である。私はいつものように、スマホでゲームをしようとロック画面を解いた時であった。突然。画面の下からアシスタントが立ち上がった。
嘘だろう?音声を認識しないように設定したはずだ。
「どこに居ますか?」
そうメッセージが出た時には、スマホを取り落としそうになった。いやいや、マジあり得ないだろう。こっちは何も声を出してないし、だいいち立ち上がるはずもないのだ。これは何かのバグ?答えるわけがない。
黙ってスマホを見つめていると、またブンという振動音と共に、メッセージが立ち上がった。
「どこに居ますか?」
私は慌てて、スマホを閉じた。あり得ない。マジであり得ない。しばらく私はスマホを開くことができなかった。その間にも、何度もブンという振動音を認識したがずっと無視していた。だが、あまりにもしつこいので、私はついにスマホの電源を切ってしまった。
「アシスタントが勝手に立ち上がるって?この前設定してやっただろう?」
友人に再び、自分のスマホを渡すと、設定を確認してもらった。
「ほら、ちゃんと立ち上がらないようにしてるだろう?」
私は自分の目で確かに確認した。では、何故何も声を発生していないのに反応してしまうのだろう。
「いっそのこと、アプリをアンインストールしてしまえばいいんだろうけど、たぶん、これ紐づけされてるから無理だろうなあ。」
友人からいっそのこと、スマホ買いかえれば?と提案があったのだが、一応このスマホは自分が気に入ってようやく手に入れた物だし、買ったばかりなので当面買い替えるお金もない。
他に別に悪いところがあるわけでもない。インターネットも、メールも普通に使えるし、ゲームも普通に起動している。私は我慢して使うことにした。
ゲームの途中でアシスタントが起動したりする時には、イライラしてしまうこともあるが、自然に慣れていってしまった。ところが最近になって、メッセージが変わってきた。
「どこに居ますか?」というメッセージから、また「近くに居ます」に変わって行ったので少々気味が悪くなってきた。
「近くに居ます」
「近くに居ます」
「近くに居ます」
スマホを開くたびにメッセージが出てくる。
私は次第に追い詰められて行った。昼夜問わず繰り返されるメッセージ。そして、今、立ち上がったメッセージに私は震えあがった。
「今から迎えに行きます」
私は家を飛び出した。見えない何かから逃げるように。財布だけを持って、私は電車に飛び乗った。もうスマホなんか要らない。今からすぐに、ガラケーに買い替えよう。別にネットなんてパソコンでやれば十分じゃないか。そうだ。スマホに囚われて振り回されてずっとビクビクするなんて御免だ。そう自分の考えを切り替えると、今まで疲弊していた精神が解放されたのか、ほっとして眠くなってしまった。
電車の中で目を覚ますと、窓の外は真っ暗だった。トンネルか?乗ったのは地下鉄ではなく在来線だったはず。永遠に真っ暗な車窓に不安を覚えた。
「次は、きさらぎ駅~。終点きさらぎ駅です。お忘れ物のないようにご用意願います。」
きさらぎ駅?聞いたこともない。間違った電車に乗ってしまったのか?
あたりを見回すと、あまり人が乗っていない。男性が二人と、女性が一人。その誰もが俯いていて顔がわからない。車掌も居ないし、どうしたものか。全員眠っているのだろうか。声を掛けるのも憚られた。すると女性が目を覚ましたのか、ふと顔を上げた。顔色は土気色で元気がないようだ。だがこれはチャンスだ。
「あの、ここはどこなんでしょうか。私、電車を乗り間違えたようで。」
すると女は焦点の合わない目でこちらを見つめこう言った。
「間違っていませんよ?これはきさらぎ行きですから。」
私は戸惑った。この女はおかしいのだろうか。
「きさらぎ駅という駅を聞いたこともなくて。たぶん私は間違った電車に乗ってしまったんだと思うんです。」
すると女は小さな声でブツブツと言い始めた。聞き取れた一言を認識した私は顔面蒼白になった。
「今から迎えに行くって・・・行ったでしょ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます