第十五話 ユージ、ケビンと一緒に不在の間の指示を出す
「ブレーズさん、ちょっといいですか?」
「おお、ユージさん、ケビンさんも。どうした?」
開拓地にケビンと鍛冶工房の親方たちを迎えた二日後。
ユージとケビンは農地作りに励むブレーズに声をかけていた。王都行きの同行者をどうするか、不在の間の開拓地をどうするか、その相談である。
「王都行き、なあ……。ドミニクはやっと嫁さん連れてきたとこだし、うちもなあ……」
「ですよねえ。じゃあやっぱりエンゾさんだけか。ケビンさん、戦力的には大丈夫ですかね?」
「ええ、まあ問題ないでしょう。なにしろサロモンさんがいますから。いざとなればサロモンさん以外はみんなで守りを固めるだけです」
「え? サロモンさんってそんな強いんですか? いや、討伐戦でボスを瞬殺したのは見ましたけど……」
「ユージさん、おやっさんはアレでも元1級。俺たちがパーティ全員で挑んでいい勝負ってとこだぞ。護衛って役割がなけりゃ、モンスターでも盗賊でも一人で突っ込んで終わりだ。逃げられるのを気にしなければ、あのモンスターの集落もおやっさん一人で潰せたんだぜ?」
ブレーズの説明を聞いてポカンと大口を開けるユージ。どうやらサロモンの戦闘力はユージの想像以上だったようだ。ひょっとしたら、初めて行ったギルドの訓練場でアリスの魔法に冷や汗をかいていた印象が強すぎたのかもしれない。だが、あれとてサロモンが手にしていたのは訓練用のナマクラであり、元1級冒険者の愛剣ではなかったのだ。
「そうですか……じゃあブレーズさん。ブレーズさんを副村長に任命します。俺が不在の間、開拓地をよろしくお願いします」
「ユージさん、いきなりだなおい」
「私もユージさんから相談されましたが、ブレーズさんしかいないでしょう。なあに、全体の仕切りと、何かあった時の防衛の指揮だけですよ。農業のことはマルセルに聞けばいいですし、空いた時間は建築の手伝いをしていただいて。針子たちはケビン商会の従業員ですし、私から指示を出しておきますから」
ユージによる突然の任命に苦笑するブレーズ。
フォローするようにケビンも言葉をかける。
「おう、まあやってみるさ。他にいねえのは確かだしな」
開拓地に残るのは、獣人一家、元『深緑の風』から三人、針子チーム、木工職人チーム、第二次開拓団の元冒険者五人、出張で来た鍛冶師チーム。
獣人一家は古参だが、犬人族のマルセルはユージの奴隷、猫人族のニナはマイペースな気分屋。息子のマルクはまだ成人前。
ブレーズが言う通り、他にいないのは確かだ。
こうしてあっさりとホウジョウ村副村長は決まるのであった。
「そういえばケビンさん、不在の間の物資はどうするんですか?」
「道もだいぶ歩きやすくなりましたし、いつもの三人組冒険者の誰かを護衛につけて、ケビン商会の店員に運ばせますよ。まあそれほど長く離れるわけじゃないですしね」
「そうですか……人も増えたし、補給なしってわけにはいきませんよねえ」
「ええ。ですからいま、道造りに人手も資金も割いているんですよ。夏の終わりまでと言いましたが、その前に荷車が通る道ができそうです」
「そうすれば缶詰作りも洋服作りもペースアップですね!」
「素材を街から運び、ここで加工する。ホントはこのあたりで採れる素材があればいいんですけどね」
「なるほど……地産地消ってヤツですか!」
ケビンの腹づもりを聞いて相づちをうつユージ。だがちょっと、いやだいぶ違う。地消できるわけがない。
「うーん……じゃあ、新しく来た元冒険者の人たちを何人か護衛につけて、針子さんと鍛冶師さんに周辺を見てもらいますか? 使える物があるかもしれませんし」
「ユージさん、それはいいですね!」
相づちは微妙だったが、提案は有効だったようだ。ユージ、めずらしくファインプレーである。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「えー、それでは、第一回ホウジョウ村代表者会議をはじめます!」
北条家の門の前、切り株が並ぶ簡易広場にユージの声が響く。
ちなみに切り株は木工職人のトマスが手を入れて断面を整え、根を切り払われていた。当初はイスに加工する予定だったのだが、依頼されたトマスが、これが伝統でいいじゃないっすか、と言い張ったのだ。
集まったのは、ユージ、ケビン、元冒険者パーティのリーダー・ブレーズ、農作業担当としてユージの奴隷のマルセル、木工職人のトマス、針子のユルシェルとヴァレリー。
そしてなぜかちょこんとアリスとリーゼも切り株に座っていた。その足下にはコタローの姿もある。
「ホウジョウ村からは俺、アリス、リーゼ、コタロー、エンゾさん、ユルシェルさんが王都に向かいます! 夏までには帰ってくると思いますが、その間の開拓について話しておきたいので集まってもらいました!」
声を張って告げるユージ。まるで開拓団のリーダーである。いや、リーダーなのだが。
ちなみにこの代表者会議、掲示板住人の発案によるものである。カメラもきちんと動画モードでセットされていた。
「まず、ブレーズさんを副村長に任命しました! 俺がいない間は、何かあったらブレーズさんに相談してください!」
ユージが不在になる間の責任者を発表する。
なぜかパチパチと拍手するアリス。つられてリーゼも拍手している。謎のノリである。
ワンッと一吠えした後に首を傾げるコタロー。てきにんね、でもゆーじはそうだんされてたかしら、とでも言いたげな様子だ。
「それで、簡単なところでいくと……ユルシェルさんがいないので、針子のみなさんはヴァレリーさんが指示を出したりしてください」
「頼むわよヴァレリー! 私は王都で流行を見てくるからね! ケビンさんが贈るドレスもばっちり仕上げてくるから!」
そう言って横に座ったヴァレリーの肩を叩くユルシェル。ドレスより王都の流行の方が気になっているのがバレバレだ。
「ちょっ、痛いって……うん、わかった。ユルシェル、気をつけてね」
「あと! 女の子に囲まれるからって浮気したら許さないからね! ウチはお貴族様と違ってお嫁さんは私一人なんだから! 浮気したら……」
針子の二人のやり取りを生暖かい目で見守る面々。
どうやらこの世界の貴族は一夫多妻なケースもあるようだ。
「う、浮気したら?」
「縫い付けるからね?」
にっこりと笑ってヴァレリーの疑問に答えるユルシェル。告げられたヴァレリーの顔は青い。
な、なにを、という男たちの呟きを残し、ふたたびユージが発言して会議が進む。空気を読んだのか、読めなかった結果なのか。
「何かあった時の防衛はブレーズさんが仕切ります! 農作業と建築の人の割り振りについては、ブレーズさんとマルセル、あとトマスさんで相談して決めてください!」
おう、うっす、とそれぞれ同意の声をあげる三人。
いま開拓地で行っている基本的な作業はこれで終わりだ。
「それと、これは余裕があったらですが……ブレーズさんたちと新しく来た五人の冒険者が何人か護衛になって、鍛冶師と新人の針子にこの開拓地のまわりを案内してほしいんです」
「ユージさん、やるのはかまわねえが、なんでだ?」
「使えそうな木はトマスさんが見ていますが……草とか土とか石とか、ほかに使えそうなものがないか見てまわってほしいんですよ。何か見つかるかもしれませんし」
「なるほどな……どうすっかなあ……」
「ブレーズさん、何か問題ありましたか?」
「いや、ユージさんの狙いはわかったし、賛成なんだが……」
言い淀むブレーズ。
ブレーズの考えていることに気づいたのか、ケビン、ヴァレリー、マルセルは眉間にシワを寄せて思案顔だ。コタローも何か考え込んでいる様子だ。
首を傾げているのは、ユージ、アリス、リーゼ、ユルシェル。少女二人はともかく、察しが悪い男と我が道を行く女である。
「アイツら五人とも男で独身。新しく来た針子も三人は独身。これ、どうやって組み合わせりゃいいんだ?」
やってらんねえ、とばかりに投げやりな口調でこぼすブレーズ。
恋バナね! と目を輝かせるユルシェルとアリス、通訳を聞いたリーゼ。
ワフワフッと二つ鳴くコタロー。ちをみることになりそうね、がんばってぶれーず、と言わんばかりだ。
ブレーズ、副村長としての最初の課題はずいぶん難問になりそうだった。
そしてユージは、独身の若い女性とお近づきになるチャンスを逃すことになるようだ。
ユージが王都出発前にホウジョウ村で過ごす最後の夜は、こうして更けていくのだった。
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