第三話 ユージ、針子の二人とドレス製作に取りかかる

「ユージさん、入っていいわよ!」


 開拓地に雪が積もった冬。

 北条家の庭に立てられた作業用仮設テントから、針子の女性・ユルシェルの声が聞こえてくる。


「はーい、失礼しまーす」


 どこか気の抜けた声を出し、カメラを持ってテントの中に入るユージ。

 ユージのあとを追うように、開拓地に住む元冒険者パーティのリーダー・ブレーズも中に入っていった。


 ユルシェルとヴァレリー、針子の二人が作業小屋にしているテントの中には、一人の女性が生成りの布をまとって立っていた。目線は自らの足下。あきらかに自信がない様子である。


「ど、どうかなブレーズ。私にはこんな服、似合わないよね……」


「セリーヌ……。キレイだ……。惚れ直したぜ!」


 頬を染め、うるうると目に涙を浮かべる一人のおっさん。いや、パーティリーダーのブレーズ。妻である元冒険者の弓士・セリーヌの普段とは違う姿を見て、感動してしまったようだ。

 元冒険者のセリーヌは、女性とはいえ普段は動きやすさと防御力の実用性重視。厚手の布や皮のズボン、皮鎧だったのだ。デコルテ、肩、腕を剥き出しにした服装など夫であるブレーズも初めて見たのだ。いや、剥き出しのところは見ているのだが。夫婦なので。だが着衣露出はまた違うものなのだ。


 それはさておき。

 いま、針子の二人は、ユージがネットを通じてアメリカから受け取ったドレスのデザインと型紙を元に、製作に取りかかっていた。まずは練習として廉価な布を裁断し、仮縫いしたところ。ケビンがプロポーズする女性にサイズが似通っているということで、弓士のセリーヌに協力を頼み仮ドレスを当ててみたのだった。このあとはユージが写真を撮りまくり、ネットにアップして指示を受け取る予定である。


 ちなみにこのドレス、掲示板住人の一人、コテハン『趣味はコスプレ』が上げたデザインが元である。それを見たアメリカのパタンナーが手を加え、型紙を作ったのだ。

 修正後のデザインを見た『趣味はコスプレ』は、感動のあまり号泣したという。自分のアイデアが、一流の手によりブラッシュアップされて完成形を目にする。感動して当然である。思わず出た、師匠と呼ばせてください! という書き込みは無視された。きっとサクラが見ていなかっただけなのだ。パタンナーが無視したわけではないのだ。元にした以上、アイデアや着眼点は認めているはずなのだ。たぶん。


 元冒険者の弓士・セリーヌがまとっているのはありふれた布。形を確かめるための仮どめのため、糸が見えており、布の裁断も荒い。布の色は生成りで染色されておらず、アクセサリーもなし。

 それでも。

 ドレスはドレスであった。


 夫の声とうるんだ目に自信を得たのか、もう、いやね、と言いながらまんざらでもない様子の弓士・セリーヌ。

 そんなセリーヌの姿を、アリスはふわあっとばかりに口を開け、目を見開いて見つめている。アリスが手を繋いだ先には、同じ表情を浮かべるエルフの少女リーゼ。9才と12才であっても、女は女。おませな二人はドレスに目を奪われているようだった。

 二人の足下にいるコタローもドレスに目を奪われていたようだ。セリーヌの足下をふらふらと落ち着かなさげにうろついている。ひらひら、いや、だめよ、これはたいせつなものなの、がまんよがまん、でも、と。女であっても、しょせん雌犬であった。



 ちょっと暗くて細かいところがよく見えないからというユージの言葉により、一行はテントを出てぞろぞろとユージ宅の庭へ。


 白銀の世界、曇り空を割って空から差す陽の光。

 ライトアップされたかのように、その中に立つ仮ドレス姿のセリーヌ。

 ピンと伸びた背筋は弓士としての鍛錬の賜物だろう。


 そんな弓士のセリーヌにしばし寒さを我慢してもらい、ユージは撮影タイムであった。

 フロント、サイド、バック、ローアングル、ハイアングル、アップ、接写、超接写。

 お盆と年末に戦う戦士のごとき撮影っぷりである。


 ユージの奇行を無視し、ただただドレス姿に見とれる開拓地の住人たち。

 やがて、門の外側に元冒険者パーティの残りの二人や木工職人チーム、獣人一家も集まってきた。口々に褒めそやし、斥候のエンゾにいたっては野次を飛ばしている。

 撮影に夢中なユージはさておき、手を繋げば住人を謎バリア内に招けるアリスやリーゼも外野は無視であった。いや、見とれて気づかないだけだったのだろう。きっと。


 そんな光景を、顔をほころばせて眺める針子の二人。


「うん、なかなかキレイね。細かい修正は必要だけど、だいたい大丈夫そう。ケビンさんから渡された布も足りそうね。安い布でこうなんだもの、この布を使ったら……」


「そうだね、ユルシェル。楽しみだけど不安だな……。こんな貴重品、もし失敗したら……」


 そう言ってヴァレリーは、手に持つ木箱に入った絹の布に目を落とす。


「そうね……。でも、やるしかないじゃない!」


 相棒を励ますように、自らを鼓舞するかのように、ヴァレリーの肩をバンッと叩くユルシェル。思いのほか大きな音であった。

 ちょっと危ないよユルシェル、あ、ごめんごめん、と会話を交わす二人。

 そして。

 言葉はまだ挨拶程度しかわからないが、音に反応したのか。

 エルフの少女・リーゼが振り返って針子の二人と、その手に持つ木箱を見る。

 いや、木箱の中の絹の布に気づく。


『え? う、うそ、なんで? なんであの布がここにあるの? ユージ兄! ちょっと、ユージ兄!』


『ん? どうしたリーゼ?』


 リーゼの呼び声を聞いたユージが、少女の元へ脚を運ぶ。ちょうど撮影は終わったところだったようだ。


『ユージ兄、あの布、どこで手に入れたの?』


『ああ、アレね。キレイだろ? ケビンさんが、王都のゲガス商会から独立する時に会頭から餞別にもらったんだって。たぶん絹だと思うんだよなー。でもリーゼ、欲しいのはわかるけど、アレはその会頭がどこかわからない場所からちょっとだけ手に入れてくる物で、すごく貴重なんだって。だから欲しがってもあげられないかなー』


『欲しいんじゃないのよ! でも、そう、その人しか知らないのね。じゃあ、それが例の人なのかな、うん、でも……』


 欲しがったわけじゃない、と否定したあとはブツブツと小さな声で呟くリーゼ。その声はユージの耳にも届かなかった。ふだんのレディぶった態度は欠片も見られない。


『ねえ、ユージ兄。春になったら、王都にいるエルフに会いに行くか呼び出すのよね? その会頭さんにも会えないかしら?』


『うーん、たぶん大丈夫だと思うけど。春になれば、あの布で作ったドレスを持ってケビンさんが王都に行くって言ってたしね!』


『そう……じゃあ今はいいわ。ありがと、ユージ兄』


『え? よくわからないけど……うん、まあリーゼが納得したなら』


 首を傾げつつも、会話を打ち切ったリーゼに付き合ってふたたび人の輪に戻るユージ。

 考え込んだ様子のリーゼも、いまはここまでと切り替えたのか、アリスの横に並ぶ。すっかり定位置である。



 仮ドレス姿のセリーヌとその夫、アリス、コタロー、針子の二人、そして門の前にいる開拓民たちは、いまだ盛り上がっていた。


「よーし、キミたち! そんなに喜んでくれるなら、春になったらドレスを作ってやろうじゃないの! 料金はケビンさんと交渉しなさい! どの布で作るかもね!」


 針子の女性、ユルシェルが声を張り上げて宣言する。


 天高く拳を突き上げたのは、元冒険者パーティのリーダー・ブレーズと盾役の大男・ドミニク。

 ユルシェルの横では、相棒であり夫でもあるヴァレリーも小さくガッツポーズしている。

 チーム新婚である。


 一方で。

 その宣言に、ヒザを落とし、地に手をつく男たちがいた。

 元冒険者パーティの斥候・エンゾ。

 そして、ユージ。

 チーム独身おっさんである。


 ふわあ、とばかりにまた口を開け、目を輝かせるアリス。

 針子の女性の声と、それを受けたまわりの様子から見て取ったのだろう、リーゼも目を輝かせていた。まあ、この流れでこれだけハッキリとリアクションされれば、言葉が通じなくても内容は理解できるものだ。


 うらやましそうに目を輝かせる二人の少女の足下で、コタローはもだえるかのように地面を転げまわっていた。

 ひらひら、ひらひらがふえるの、がまんできないかもしれない、だめ、だめよわたし、とばかりに。



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