第三話 ユージ、複数人と裸のおつきあいをする

 薄暗く狭い部屋には、熱気がこもっていた。

 裸のユージが、体の中の熱を逃すようにふうっと大きく息を吐く。


 腰掛けたユージの横には、同じく裸で腰掛けている人影。

 ユージの背後には、汗をかきつつ横たわるもう一人の姿が見える。


「いやー、汗かきますけど、スッキリしますねえ」


 ユージの明るい声が、薄暗い空間に響く。


「そうですねえ。これはプルミエの街ならではの贅沢なんですよ。他の街にもありますが、こうして貸し切ったらけっこう高いですよ」


 ユージの横に座る人影からやわらかな声が聞こえる。


「えっ? そうなんですか!? それはハマったら大変そうですねえ。こんなに気持ちいいのに……」


 意外な事実を聞いて、驚きを見せるユージ。

 これまで暮らしていた日本であれば比較的ありふれているものなのだ。もっとも、たいていは特定の施設に行かなければ実現できないが。いや、金持ちはある種のステータスとして家でも可能だったりするが。


「ふう。それではユージさん、私は一度外に出ますね。長時間いるより、出たり入ったりの方が気持ちいいですよ」


「あ、じゃあ俺もそろそろ出ようかな」


 そんな言葉とともに、全裸のユージが入り口に向かう。

 扉を開け、外に出るユージ。

 火照った体に夏の風が吹き付ける。


 ひゃっほーと叫びながら、川に向けて走るユージ。全裸である。そのままの勢いで、バシャーンと水音を立てて川に飛び込む。

 先に部屋を出て川で遊んでいたアリスは、何が面白いのかそんなユージの姿を見てキャッキャとはしゃいでいた。全裸であるが、まだまだ子供である。

 アリスを見守るように近くで泳いでいた全裸のコタローは、冷たい目でユージを見ていた。もう、かおにみずがかかっちゃったじゃない、と言いたげであった。まるでプールに遊びに来たのに化粧が落ちるのを気にする女のようである。


 はしゃぐユージとアリスを見ながら、ユージと同席していた全裸の二人はゆっくり川に入っていった。

 チラリとその姿に目をやるユージ。


 日々の努力の成果か、均整が保たれた美しいライン。それは思わず見とれてしまうほどだった。火照った体を冷ますように腰まで川につかったあとは、バシャバシャと上半身に水をかけている。濡れた肢体は陽の光を反射し、滑らかに輝いていた。

 もう一人は、ニコニコと柔和な笑みに肉付きのいい体。丸みを帯びたシルエットが優しげな印象である。こちらはゆっくりと肩まで水につかり、ユージの方に近づいてくる。


「いやあ、火照った体に冷たい水が気持ちいいですねえ、ユージさん」


 ケビンと、その護衛である。


 ケビンの護衛は、見事な肉体美であった。厳つい顔立ちにゴリマッチョの肉体。体に残る傷跡が、歴戦であることを感じさせる。おお、すげえ、などとユージはその肉体に見とれていた。

 ケビンは、いわゆるあんこ型レスラー・・・・のような体型である。ユージはその体型を見て、ケビンさんはちょっと太ってるなーなどと暢気に考えていた。だが、『戦う行商人』という二つ名を持つ人物である。脂肪の下には筋肉の鎧があるのだろうか。ふだんは武器を持っていないケビンがどんな戦闘スタイルなのか、いまだ不明である。


 プルミエの街、その川べり。

 商会の会頭ケビンの案内で、その護衛とユージ、アリスはサウナを楽しんでいるのであった。全裸で。



「サウナは燃料が必要ですからね。プルミエの街は辺境ですが、その分、木材が豊富ですから。割りと安く利用できるんですよ」


「なるほど……。でもこんな川べりって、水棲のモンスターに襲われたりしないんですか?」


「滅多にありませんねえ。この街の下流に石造りの橋がかかっているんですが、そこに兵士が駐屯しています。遡上してきた水棲モンスターがいた場合、そこで撃退するんです。プルミエの街と川が接する上流側と下流側にも見張り台がありますしね。基本的には安全ですよ」


 ほーそうなんですか、と感心した様子のユージ。

 一行はふたたび小部屋の中。今度はアリスも一緒にサウナに入っていた。アリスは全裸だが、一行の中にロリコンはいないようだった。ユージは巨乳至上主義者なのだ。


「そういえばユージさん、次の秋には開拓地に徴税官が行くはずです。開拓一年目ということで税はかかりませんが、そろそろ村の名前は考えておいてくださいね。農地と住居はできているので、村として登録されるはずですから」


「村の名前……ですか。わかりました」


 ケビンの言葉を聞いて、考え込むそぶりを見せるユージ。だが心配はいらない。ユージ不在の間、掲示板の住人たちがすでに村の名前を考えはじめているのだ。

 ユージの真似なのか、アリスはうーん、うーんと悩んでいた。どうやらアリスも村の名前を考えているようだった。



「ああそうだ、ケビンさん。鍛冶師さんが開拓地に移住するのは荷車が通れる道ができてからという話でしたけど、道造りはあの二人に任せるんですか? そうとう時間がかかりそうな……」


 ふと思い出したかのようにケビンに問いかけるユージ。サウナは貸し切りである。誰に気兼ねすることなく会話が可能なのだ。まさに裸の付き合いであった。


「領主夫人から、開拓地で缶詰を作る事業に援助をいただいてましてね。そのお金の一部で冒険者ギルドあたりに依頼をかけて、人を雇うつもりですよ。彼らは真面目に働いているようですが、さすがに二人だと十数年かかるでしょうからね……」


 ですよね、と呟くユージ。

 だが、ユージは知らない。

 そもそも道造りなら、冒険者ギルドへの依頼ではなく人夫を雇えば済むはずなのだ。ケビンが冒険者ギルドを選んだのは、ギルドマスターが負い目を感じて優秀な人材を選んでくれるだろうという思惑あってのことだった。もっとも、引退する冒険者を引き受ける開拓団との繋がり、依頼が増える、とギルドマスターにとっても美味しいことではあるのだが。


「ユージ兄、アリスまた川に行ってるね!」


「あ、うん。アリス、コタローから離れるんじゃないぞ!」


 大人同士の会話をつまらないと思ったのか、全裸のアリスはすっくと立ち上がり、ユージに声をかけてからコタロー! と叫んで外に駆け出していった。少し背が伸びたとはいえ、アリスのお尻はまだまだぷにぷにとした幼女のそれだった。巨乳原理主義者のユージには関係ないことだが。

 それにしてもこの男、ナチュラルに8才の女児の面倒を犬に任せている。犬とは何なのか。


 ともあれ。

 鍛冶工房の訪問と顔合わせ、市場見学とケビンが見つけた新しい商売の種。

 ユージの二度目の異世界の街訪問は、こうして成功裏のうちに終わるのだった。


 おっさん三人の全裸の付き合いという、誰得な締めで。


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