閑話6-0 第一回ユージ家跡地キャンプオフ part2
JR宇都宮駅の東口を出て、車で10分ほど。
ユージの妹サクラと恵美、それからスレ住人の男3人が向かうのは国道4号と4号バイパスの間にある商業施設である。
施設内の専門店には、カジュアルファッションの店や靴のチェーン店も揃っていた。スーパーもあるため、一部食料品の買い出しも済ませる予定である。もっとも、本番の食料品の買い出しはホームセンター組に合流してからの予定だが。
運転席と助手席で盛り上がる女性二人。後部座席に並んだ三人の男たちは無言である。当たり前だ。ひさしぶりに会った女性同士の会話に、初対面の男が入り込めるはずがない。ただでさえ自分で服を買うハードルが高く、案内してもらっている面子である。コミュ力など知れたものだ。ただし一名、異物が混じっているが。
駐車場に着き、車を降りる洋服組。男二人はホッと息を吐く。ようやく密閉空間から解放されたのである。だが一人の男は自分の世界に入り込み、まったく気にしていないようだった。
お目当ての洋服店に着くと、さっそく恵美は頼んでいた友人を見つけたようである。
彼は似合うならオススメで決めちゃうって、それから彼も変わったデザインや色じゃなきゃなんでもいいって、二人とも予算は二万円で2セット以上ね、とあらためてオーダーする恵美。りょうかーいと言いながら、二人の女性店員がそれぞれ男たちを先導していった。あとは放置である。
ここでようやくサクラと恵美が気づく。洋服組は男二人を案内するはずだった。だが、ここにはもう一人いる。
車に乗せる前に気づけばいいものを、そこはひさしぶりに会った女友達同士。会話に夢中で気づかなかったようだ。
「あの……すいません、あなたも洋服購入希望ですか?」
引率役として恵美が声をかける。
「ええ! でも気にしないでください。私は一人で大丈夫ですから!」
そうですか、と安心したように頷く恵美。
じゃあサクラとコーヒーでも飲んで待ってようかな、あ、でもアリスちゃんに女の子向けの小物を買ってあげようかな、などと考えをめぐらせる。
だがその時。
男の呟きが恵美とサクラの耳に届く。
「アリスちゃんの服をね」
ゾワッと背筋に走る悪寒。
バッと振り向いた二人の視界に、すでにその男の姿はなかった。
顔を見合わせるサクラと恵美。
「だ、だいじょうぶよサクラ。ほ、ほら、きっとお父さんが娘の服を買いに来たって思われるだけだって」
「そ、そうよね。じゃ、じゃあ私たちはお茶しながら待ってようか」
あははは、と乾いた笑い声を上げて女二人は去って行く。
逃げたとも言う。現実逃避であった。
だがきっと、大量買いでお店側も喜んでくれたことだろう。きっと。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「よーし、着いたぞー」
レンタルした10人乗りのワゴン車が2台、カメラおっさんと動画担当の車で2台、名無しが出した車が1台。ホームセンター組26名と引率役のインフラ屋、合計27名の大所帯である。
「うおおおお、なんだこのでかさ!」
「やべえ田舎のホムセン舐めてたわ!」
ぞろぞろと車から降りた男たちが、口々に驚きを
インフラ屋の引率でやって来たのは、宇都宮駅から南へ車で30分弱。4号バイパスと北関東自動車道が交差する場所にある、超大型ホームセンターである。
広大な駐車場を包むように、北側と西側に大きな建物が広がっている。面積もさることながら、黒という色もその存在感を際立たせていた。
ぞろぞろと入り口に向かって行く27名の男たち。外国人も混ざった団体に、周囲は不思議そうな目を向ける。北棟と西棟の間で足を止める一行。
「よーし、全員いるな。じゃあ売り場はだいたい車の中で説明した通りだから。とにかく広いから、迷ったら店員さんに声かけるように。それと俺は二階の西側、フードコートの外のテラス、ああここからも見えるな、あそこで待機してるから、何かあったら声かけてくれ。まずは買うものを決めてメモっておくこと! 1時間後に俺の友達の店員連れてまわるから、先走って買うなよー」
声を張り上げて説明するインフラ屋。26名の男たちは、大人しく注意事項を聞いていた。謎の真面目さである。学校や会社でもこうであれば、彼らも……どうだろうか。
「よし。それでは車の中で話した通り、開拓&農業班、建築班、武器班、生活&ペット班で行動するように。店内は撮影禁止らしいのでカメラ班は注意を。値段や大きさは、後でまわった時に検討するためまずはピックアップでかまわない。それから食糧はサクラさんたちがここに来てから、BBQ用と合わせて検討するからいまは除外だ。よし、じゃあ行くぞ!」
クールなニートの指示を静かに聞いていた集団が、突然、おー! という声と拳を上げる。ぎょっと目をむく周囲の買い物客。家族連れはいそいそと離れていった。はた迷惑な集団である。だが、超大型ホームセンターからすれば大歓迎の集団でもあった。
ここに来るまでの車内では、無料通話アプリを利用したグループビデオ通話で班分けとこの後の流れが共有されていた。
まずは各班ごとにめぼしい品物をピックアップ。それからインフラ屋と、このグループのお金を管理している郡司先生、各班長プラス何名かで購入を決めていく。購入したら、商品はインフラ屋が友達に頼んで手配させた運送屋の特別便でユージ家跡地へ送り込まれる予定だ。準備のいい男である。
その後、ユージの妹サクラと恵美、洋服組とこの施設で合流。西棟一階のスーパーで食料品の買い出しという流れであった。
ちなみに下調べの結果、検証スレの動画担当がエアバルーン式照明灯と家庭用発電機をレンタルしてきていた。さすがにそこまではホームセンターになかったようだ。レンタル費は郡司先生を通して支払い済みだが、本当に異世界に行ったらどうするつもりなのか。借りパクである。もちろん行けなければ返すだけだが。
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超大型ホームセンターの北棟、西側へ向かう開拓&農業班。中心はクールなニートと郡司先生のようだ。
最初のお目当てはチェーンソーと耕耘機、刈り払い機である。そして、だからこそこの人選だった。異世界に行くんですよー、とは言えない。うまいことごまかしながら店員と相談し、感性ではなくスペックで考えられるメンバーである。
「郡司先生は開拓や農業の経験はありますか?」
「私は経験ありません。うちは代々、堅い職業に就くことが多かったようで」
そんな言葉を交わしていると、売り場にたどり着く。名無したちは名無したちで、売り場に置かれた品物の多さに驚きの声を上げ、ワイワイと騒いでいた。
店員に質問を繰り返し、商品を選んでいく一行。
けっきょく、チェーンソー、耕耘機、刈り払い機はガソリンエンジンを搭載したタイプと電動タイプ、両方購入することにしたようである。
ガソリンがあるうちはパワーで勝るガソリンタイプを、切れた時点で電動タイプをメインで使おうと考えたようだ。さすが、お金があると違うものである。
そのままビニールハウス用の資材や遮光ネットをはじめ、獣よけネットや電気柵といった農業資材を選んでいく一行。
あとは農具、肥料や土、木に種、ああコンポストも買っておくか、そんなことを言いながら北棟の東側、ガーデンセンターへと向かうのだった。
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武器班。このチームはカオスだった。まずメンバーがおかしい。
名無しのトニーとミートという掲示板をにぎやかすコンビに加え、アメリカ人のジョージとルイスもこの班である。知識に期待されず、発想にのみ期待されたメンバーと言い換えてもいいのかもしれない。
開拓&農業班の冷静さと比べ、騒がしい班となっていた。
『ジョージ、ジョージ! チェーンソーがあるよ! やっぱりゾンビ対策に必要じゃないかい?』
『落ち着けルイス。でもたしかにチェーンソーは必要だろう。……小さくないか?』
ゾンビにチェーンソーは様式美である。だがチェーンソーなのになぜあんなにスパッと切れるのかは謎だ。深く考えてはいけないのだ。
そして品揃えが充実した大型ホームセンターといえど、ここは日本である。大径木用の業務用チェーンソーまでは売ってないのだ。
どこか残念そうな表情のアメリカ人コンビをよそに、日本人たちも騒がしい。
「おいおいおい! なんだこのバール! くっそなげえ!」
「お、重い……。バールのようなものってコレのことだったのか!?」
大騒ぎしているのは名無しのトニーとミートである。手には180cmほどの長い鉄の棒を持っていた。バールである。長くても重くても、バールはバールなのだ。
散らばっていた班員たちが集まってくる。さすがバールのようなもの、そりゃ犯人に使われるわ、これは外せないな、でも重くて取りまわし大変そうじゃね? などと各自バールを手にしている。
スコップを見つけては騒ぎ、ピッチフォークを見つけては大喜びし、木槌を見つけてはこれがあの
危ない集団であった。
店員から遠巻きに監視されていた。
彼らはまったく気にしていなかったが。
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購入した商品が、次々に4トントラックに積み込まれていく。
農機具、土や肥料、種や苗、木材やコンパネ、鋼材、コンクリートといった建築資材、ペットフードやコタロー用の薬、ユージたちのための薬、皮と布と加工用の道具各種、専門書、大型の冷凍ストッカー、車用の消耗品、寝袋や水缶、テントや携帯トイレ、バーベキューグリルにスモークグリルといったキャンプ用品などなど。
大量の物資だった。
合計で200万円弱。
お金の使い道が限られているユージは、問題ないと判断したようだ。
お大尽さまの買い物である。
配送用のトラックを手配していたインフラ屋は慧眼だったといえよう。
ちなみにもっとも単価が高いのは、意外なことに薪ストーブだった。
煙突は別で、40万円を超える高額商品である。異世界に行けたら宿泊場所を確保するため家を建てる。それには必要だろうと購入されたが、さすがに1台のみであった。もっと必要になったらドワーフに頼もう。現物があるしイケるだろう。そんな謎の合い言葉とともに、2台目の購入は見送られた。
「どうしたのインフラ屋。なんか疲れてない?」
「ああ、恵美ちゃんとサクラちゃんか……。こっちはもうみんな自由で大変だったんだ……。って男どもはずいぶん爽やかな感じになってんな!」
洋服組の二人の男たち。集合時点ではジャージ姿にぼさぼさの髪で見れたものではなかったが、いまではちょっとオシャレに気を使った大学生程度には見える。
どうやら服を買った後は、美容院にも連れて行かれて髪を切ったようだ。自信がついたのだろうか、丸まっていた背中もまっすぐになったように見える。
だが残念ながらあか抜けなさは残っていた。仕方あるまい。ここは原宿ではないのだ。もっとも、いきなり謎の原宿ファッションになっていたらどん引きだろうが。
「まあ服と髪にちょっと気を使えばこれぐらいにはなるわよ。アンタら気にしなさすぎなの!」
うっ、とひるんだ男たちの数は、一桁では収まらなかった。目をそらしたまま話しかけるインフラ屋。
「それで、あの男の大量の荷物はなんなの?」
「うん、彼ね……。あれ、アリスちゃん用の服だって。あとは任せたわ……」
こちらもお疲れのようであった。
肉は一人1ポンドはいるから30人だと……などと計算をはじめるジョージとルイスをサクラがなだめ、ようやく食料品の買い出しを終えた一行。
ちなみに、西棟南側のスーパーで玄米と家庭用精米機も購入されていた。田舎において玄米は普通にスーパーで売っているのである。もっとも、さらに田舎になるとスーパーで買うことはないのだが。自分で作るか知り合いから買うのだ。
一行はついに本日のメインディッシュ、バーベキュー&キャンプへ向け、ようやく超大型ホームセンターを後にするのだった。
ありがとうございました、またのお越しを心からお待ちしています! と、ずらりと整列した店員たちのお見送りを受けて。
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