第六章 エピローグ

「マルセルさん、そろそろ木が倒れるんで気をつけてくださいねー」


「わかりましたユージさま」


 ケビンが去り、冬を迎えて雪景色が広がる森。

 ユージの家のまわりは、今日も開拓の声が響く。


 ユージは森の木々を倒し、アリスと犬人族のマルクは倒れた木の枝払いのお手伝い。

 ユージの奴隷のマルセルは、去年ユージが倒した木をのこぎりと手斧、かんなを駆使して木の板へと加工している。工具の精度は低いものの、鋸や鉋は異世界にもあるようだ。だが日本式の引き鉋ではなく、押して使うタイプのようだが。

 それでも、これでユージが断念していた木の板・・・を作れるようになったのは僥倖だろう。とはいえマルセルが作れるのは簡単な家具までで、さすがに家は建てられないそうだが。


 この冬のユージの目標は、春になる前にできるだけ農地を広げられるよう木を伐り倒すこと。そして、コタローがプルして来るモンスターを倒して位階を上げることである。

 その意味では、ケビンにも相談したゴブリンやオークの数が増えている気がする、というのはプラスに働いていた。すでにこの冬だけでユージとアリス、コタローはそれぞれ位階が上がっている。


 ちなみに今日もコタローと猫人族のニナは、周囲の見まわりとユキウサギの狩りである。もちろんモンスターを見つけたら家の近くまで追い込んで来る手はずになっていた。たくましい女たちである。一家が移住してきて以来、一人と一匹はずいぶん通じ合っているようだ。


 コタローが索敵し、ニナが弓で仕留める。彼女たちの狩りはシカやイノシシ、ユキウサギと充分な猟果を上げていた。ユージのアドバイスにより、ニナが挑戦している缶詰用の料理研究も順調なようだ。あとからケビンにその分のお金をもらえるユージもホクホクである。



「ふう。アリス、マルセルさん、マルク君、ちょっと休憩しようか!」


 そんなユージの声に、二足歩行のゴールデンレトリバーが大小そろって駆けてくる。雪の上なのに素早いものである。もこもこに着込んだアリスは、転ばないよう慎重に歩いてきていた。最近は女の子らしさの研究に余念がないようだ。8才にしてすでに心は乙女であった。


 バサリとヤランガの入り口の布をめくると、モワッと暖かな空気が流れて来る。雪を落として中に入る4人。

 ヤランガの片隅に置かれていたのは、昔ながらの電気ヒーターであった。ユージの母親がキッチン用に使っていた物である。


 そう。

 ユージが車庫の裏、敷地からできるだけ近くにヤランガを建てたのはこのためだった。

 車庫のコンセントから延長コードを何本か繋ぎ、ギリギリ届く距離。そこにこのヤランガを建てたのだ。

 延長コードの確保のため、いくつかの家電は配置換えを余儀なくされたが、それで人が快適に暮らせるなら仕方のないことだろう。ちなみに一番苦労したのは延長コードの確保ではなく、防水・漏電防止の加工であった。本来屋内用の延長コードを屋外で使うのは厳禁なのである。



「うわあ、あったかいねユージ兄!」


 ユージの妹サクラのコートを着て、サクラの毛糸のニット帽と手袋をつけてもこもこと着膨れしたアリスが、寒さで頬を赤くしたままうれしそうな声をあげる。


 マルセル、マルクの犬人族の親子もさっそく電気ストーブの前で丸くなっていた。横になった姿は、まさに服を着たゴールデンレトリバーである。暖かさが心地いいのだろうか、二人がシンクロしてパタパタと尻尾を振っていた。

 アリスと二人の犬人族の姿を見てほほえむユージ。きつい労働の疲れが癒されるようである。


 ニートから開拓者へ。

 開拓者から作物を植え、育て、収穫する農家へ。

 まだまだ収穫量は少ないけれど、開拓者から農家と呼べるようになったユージ。


 奴隷を手に入れ、人が増えたことで開拓や農作業はさらに加速していく。


 開拓、狩り、位階上げ。


 やがてくる春と初めての街訪問に向けて準備する日々。


 ユージが異世界に来てから3年目の冬は、こうして穏やかに過ぎていくのだった。



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