第五話 ユージ、現実逃避しながら敷地の外にヤランガを建てる


 ユージが行商人のケビンから合法的に街に入る方法を教えられた翌朝。

 それはユージがケビンに奴隷の入手を依頼した翌朝でもある。


 疲れ果てた表情のユージを見て、慌ててケビンが声をかける。


「ゆ、ユージさん、どうしました!? 大丈夫ですか?」


 ええ、だいじょうぶですよ、はははと力なく笑うユージ。どう見てもダメな表情である。妹のサクラとのお話はそうとうこたえたようだ。

 まあお話とは言うものの、Skyp○のチャット機能を使った文字のやり取りなのだが。

 アリスはケビンおじちゃんおはよー! と元気に挨拶しているが、コタローは冷たい目でユージを見つめていた。じごうじとくよこのおばか、と言っているかのようだ。


「ええ、まあ、ユージさんが大丈夫だとおっしゃるならいいんですけど……。それでですね、次に来る時は人と家畜と物を運ばなければならないわけでして。申し訳ないのですが、あの三人のほかに私がいつも一緒に行動している専属護衛の二人もここに連れてきていいですか? 口外はさせませんし、稀人であることは話しません。あの三人の冒険者を矯正したのも彼らですし、信頼できる人間です」


「うーん……。ええまあ、わかりました。そうですよね、それに開拓地と開拓民として申請するってことは、少なくともこの場所は広まるわけですよね……」


 悩みながらも了承するユージ。

 掲示板の住人にも相談していたことではあるが、このまま隠れて暮らすことよりも開拓して食糧を生産すること、少なくとも一度は街に入ることを選択したらしい。


 たしかに快適に暮らしていく上で、今の状況はよろしくはない。ケビンに何かあったら、ユージはあっという間に餓死の危機だ。虫食に挑戦するかモンスターを食べるか餓死するか、あるいはアリス一人を街中に送り出してはじめてのおつかい・・・・・・・・・にチャレンジしてもらうか。ケビンが無事であっても、その心変わり一つでユージは詰むのだ。


「あとは、申請がスムーズに行くように伝手をたどりたいと思っています。秋あたりに一度こちらに食糧や家畜、奴隷を届けて、本格的に雪が降る前に王都に向かおうかと。修行した大店の会頭にお願いして、開拓民の申請は領主様か代官に直接行えるように紹介状を書いてもらうつもりです。なんとか稀人であることはごまかそうと思っていますが……。以前にユージさんは保留しましたが、領主様と代官に稀人だと明かすかどうか、私が秋ごろここに来るまでに考えておいてください」


 大きな宿題を残し、3回目の訪問を終えて行商人のケビンは帰路につくのであった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「よーしアリス、それじゃあテントを建てるぞー!」


 拳を振り上げ、威勢良く声を張り上げるユージ。けっしてヤケクソになっているわけではない。

 おー! と、アリスも小さな拳を突き上げてユージに応える。


 コタローは周囲の見まわりに出かけていった。

 行商人のケビンと冒険者が来ている間はユージかアリスに連れ添っていたので、ひさしぶりの見まわりである。ワンッと一吠えし、ちょっとひろめにみてくるわねと言いたげに去っていった。


 ユージの足元には、去年伐採して乾燥のために放置していた木々が置かれている。特に細く長く、できるだけまっすぐなものを選んで集めたようだ。長いもので4メートルはあるだろう。

 場所は北条家の敷地の外、西側。すぐ横にある生垣を挟んで車庫の裏側である。


「うーん、木を避けるなら場所はこの辺かなあ。まずは地面を平らにしないと……」


「ここをたいらにするの? ユージ兄、アリスまほーでやってみる? できるかわからないけど…」


「お、おう、そうだなアリス! できたらすごく楽になるなー」


 うんわかったー、と元気よく返事をするアリス。

 ユージは遠い目をして森の木々を見つめている。妹のサクラとチャットをして以来、ユージはときおりこんな表情をするようになった。現実逃避である。


「うーんと、うーんと……。土さん、たいらになれー!」


 両手を振りかぶってからペチンと手のひらで地面を叩くアリス。

 直径2メートルの範囲が、ならしたかのように平らになる。50cmほど地面が下がっているのは、木の根の除去に活躍した土を下にへこませる魔法を応用したのだろうか。


「おお、一発で成功してる! やっぱりアリスはすごいなあ」


 わっしゃわっしゃとアリスの頭を撫でるユージ。

 やめてーユージ兄、かみがみだれちゃうーなどときゃーきゃー言いながら満面の笑みでぐにぐに体を動かすアリス。ユージに褒められてすっかりご満悦なようである。


「じゃあアリス、ここからここまでお願いできるかな?」


「うんわかったー!」


 幼女使いの荒いユージであった。だが仕方があるまい。できる人ができることをやっているだけなのだ。




「よし! 地面も平らになったし準備はOK! 断熱は秋になったら落ち葉を集めるとして……。まずは支柱を建ててみるか。 危ないからアリスはそこで見てるんだよー」


 ようやくユージの出番のようだ。


 ユージが造ろうとしているのは、シベリア北東に住むトナカイチュクチのヤランガと呼ばれるテントである。

 複数の木の棒を斜めに立てて天辺を結んでたがいを支えあう支柱とし、布やトナカイの皮で周囲を覆う。天頂に開口部ができるため、内部でストーブを焚ける寒冷地仕様の簡易住居だ。彼らはこれで極寒の冬を越えるのだ。


 構造としては、ネイティブアメリカンのティピーに近い。違いは高床や支柱を覆う皮や布の断熱性、中で使われる火が暖を取るのがメインか煮炊きがメインかぐらいであろう。


 簡易住居で有名なのはモンゴルのゲルだが、掲示板の住人いわく「あれは外周に蛇腹に折り畳める木の格子を組まないといけないから難易度高くてダメ」なのだという。

 丸ノコもかんなもない現状で木板を造るのは難しいが、移動は必要ないのだから畳める構造をやめて木の杭を打てば楽そうだが……。謎のこだわりであった。


 当たり前だが、ユージがこれらを知っていたわけではない。掲示板の住人のレクチャーにより手に入れた知識である。


 庭の木々を手入れするための脚立を引っ張り出してきたユージ。アリスがならした地面に立て、さらにその上に立つ。

 まずは3本の木を地面に刺して、天頂部をザイルで結ぶ。ちなみにこの結び方もネットで仕入れた知識である。


 ユージは一度脚立から降り、支柱となった3本の木にさらに棒状の木々を立てかけていく。十数本ほど立てかけたところで、今度は太く短い木を地面に突き刺した支柱の前に置き、倒れないようにする。


 再び脚立に登り、再度ザイルで天頂部の支柱を結ぶユージ。それが終わると、プレハブ倉庫から引っ張り出したブルーシートを支柱の外側に張っていく。


「よし! 布とか落ち葉とか防寒対策は後にしてひとまずこれで壊れないかチェックだな!」


「やったー! ねえユージ兄、今日はユージ兄とアリスとコタローでここにお泊まりしよー!」


 どうやらヤランガはアリスの冒険心をくすぐりまくったようだ。


「よーしアリス、じゃあ今日はここに泊まろうか。コタローと俺と交代で見張りをすれば大丈夫だろ。こういうのをキャンプって言うんだぞー」


 わーい、きゃんぷきゃんぷーと言いながら飛び跳ねるアリス。異世界でサバイバル生活を送る子どもでも、キャンプという言葉が持つワクワク感は通じるようである。


 作業に集中したユージは、サクラのお話の記憶からも逃れられたようだ。まるでブラック企業で働く数字が上がらない営業マンのごとく追い詰められていた表情は、ずいぶんと柔らかいものになっている。電車を止めることはなさそうだ。そもそもこの世界には電車自体がなさそうだが。


 ユージが作業をはじめてから2時間ほど。

 いかに地面を平らにならすのがアリスの魔法により想像以上に速く終わったとはいえ、ヤランガは半日もかからずにいったん完成である。


 集合知とはかくも偉大なのだ。ユージがこれだけ短時間で泊まれる場所を造れるほどに。


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