第六話 ユージの妹サクラ、ユージからメールを受け取り返信する

「もうここまで来たら、足を伸ばして那須にでも行こうかなあ」


 ユージの妹、サクラである。

 電気会社・ガス会社・水道局をまわり、しこたま怒られたサクラはお疲れモード。

 県庁近くのお気に入りの古民家カフェでランチ兼コーヒーブレイク兼現実逃避中であった。


 いかにアメリカで激しい主義主張を戦わせてるとはいえ、28才の女性である。

 しかも向こうの主張は真っ当なものなのだ。

 おっさんにさんざん責められるためにわざわざ日本に帰ってきたわけではない。


「はーあ。でももうそろそろ郡司さん来るんだし、しっかりしなきゃ」


「こちらでしたか。お待たせしましたサクラさん」


 サクラに声をかける男性の姿があった。

 年の頃は50代であろうか、きっちりと着こなしたスーツが古民家カフェの雰囲気を台無しにしている。髪は白髪まじりというより黒髪の方が少ない。金属フレームの角ブチメガネがさらにかっちりとした印象を与える。

 場違いである。


「あー、郡司さん。すいません、こんな所にまで来てもらっちゃって」


「かまいませんよ。事務所はここから割と近いですから。ウチの事務員もたまに利用しているようです」


 低い声が渋い。だが場違いである。

 実際、二人が座るテーブル席以外は遅めのランチに繰り出したOLやマダムが談笑している。地方都市のお洒落なカフェに小洒落こじゃれた有閑マダムは付き物なのだ。


「それで、どうなさいましたか? 電話口ではずいぶんとお困りのようでしたが」


 そう、サクラがこんなにも場違いな男をカフェに呼び出した理由。それは本日のライフライン各社怒られツアーに関連するのである。


「実は……電気会社、ガス会社、水道局と揉めてまして、郡司さんに代理人になっていただけないかと」


「それはかまいませんよ。ご両親の事故の際も、遺産等も私どもが担当しておりますし、ご家族の方にとって法律関係の窓口は一人の方がわかりやすいと理解しておりますから」


 郡司のスーツには金に光るバッジが輝く。そう、この男は郡司法律事務所の所長であり、北条家がお世話になっている弁護士なのだ。サクラの同級生の父親であり、縁をたどって紹介してもらった知己の弁護士である。


「そう言っていただけると助かります。こちらの事情がずいぶん荒唐無稽なものでして……。初対面の弁護士さんに相談する勇気はなくて。実はですね……」


 ノートパソコンを広げながら、説明をはじめるサクラであった。

 何度も繰り返すが、場違いである。




「ふむ……。にわかには信じがたいですね。ただ現実的に考えると、今回の争点はとつぜん家が異世界に行ったかどうかではないように思えます。まずは各社の意向を確認いたしましょう。現実的な落とし所として、名目はともかくいくらかの金銭が考えられますが、よろしいですか?」


「多少のお金で解決するのであれば大丈夫です。あの……信じていただけるんですか?」


「この場合、今のお話を信じるか信じないかは問題ではありません」


「そうですよね……」


「ただ、私は読書が趣味でして。こう見えて好きなんですよ。ミヒャエル・○デ、ルイス・キャ○ル、J.R.R.トー○キン、C.S.ル○ス、アーシュラ・K・ルグ○ィン……。もし異世界に行く方法が見つかったら、こっそり教えてくださいね」


 サクラにウィンクする郡司。意外にお茶目なようである。だが口元はニコリとも笑っていない。わかりづらい男であった。




「郡司さん、意外だったわー。何にせよ任せられそうでよかったけど」


 サクラが次に向かうのは栃○銀行である。

 別れ際、郡司から報告を受けたのだ。

 両親の交通事故の慰謝料が支払われたはずなので、確認してほしいと。


「あー、もう、めんどくさい! 口座確認したら、あとは税理士さんに相談して相続税の方もやらなきゃだし……というかお兄ちゃんの住民票とかどうすればいいんだろ。でも土地はあるから家がなくても問題ない、のかな? 市役所に相談するにも完全に不審者よね。まあ私の日本の住所ってことでごまかせばなんとかなるか。あーもう! お兄ちゃんなんで異世界なんかでのほほんとしてんのよ! こっちを手伝いなさいよ! これちょっと日本滞在を延長しなきゃダメかしら……」


 現代日本で生きていくとは、かくも面倒なものである。




「ああもう疲れた……」


 長い一日を終えたサクラ。何日も友達のところにはお世話になれないと、JR宇都宮駅近くのホテルをとり、チェックインしてベッドに体を投げ出す。


「けっきょくまだお兄ちゃんからメールこないし。やっぱり暴露しすぎちゃったかなあ……」


ポオンッ


 広げていたノートパソコンから、メールの着信音が響く。わざわざ音が鳴る設定に変更してまで、ユージからのメールを待っていたのだ。


 ガバッと跳ね起きたサクラは、さっそくパソコンに向かいメールチェックする。

 待ち望んだユージからのメールであった。


「お兄ちゃん……」



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



ユージお兄ちゃんへ


サクラです。


メール、ちゃんと届いたよ。

メールは午後遅くか夕方かなーって思ってたけど、私の読み通りだったね!

お兄ちゃんの恥ずかしい話を暴露しちゃってごめんね。


そっか、10年ぶりに外に出られるようになったんだね。

うれしいよ。

お父さんもお母さんも、きっと天国で喜んでくれてると思う。


お兄ちゃんが元気で楽しんでるならよかった。

本当によかった。


ライフライン各社とか市役所とか銀行とか税金とか

お兄ちゃんがいなくてほんっとーにほんっとーに大変だけど、

迷惑だとか思ってないからね。たぶん。


私は一人じゃないよ。

そりゃジョージもいるけど、お兄ちゃんともこうやってメールで繋がってる。

私もメールするし写真送るし、掲示板も見ることにするね。

昨日の夜、恵美に見せてもらって大笑いしちゃった。


10年前の、昔のお兄ちゃんがそのまんま戻ってきたみたいで、

ちょっと泣いちゃった。


うれしいんだ。

おかえり、お兄ちゃん。


またメールするね。


           サクラ・フローレス


PS


お兄ちゃんが勝手に服を着せてイラッとしたけど、

アリスちゃんはかわいいから許す!

好きに使っていいから、いつもかわいくしてあげてね。

でもアリスちゃんじゃなくてお兄ちゃんが私の下着に触ったら許さないから。

掲示板にもっといろいろ暴露するから、気をつけてね。


あ、あとお兄ちゃんの口座に父さんたちの遺産とか慰謝料とか、

お兄ちゃんの分を振り込んでおいたから。

明日にでもネットバンクで確認しておいてください。

わからなかったらメールしてね。



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