第五話 ユージ、幼女の事情を把握する
森で見つけた遭難したらしき幼女を家に連れ帰り、徹夜で看病した雄二。
翌朝、雄二とコタローが見守る中、幼い彼女が目を覚ます。
10年ぶりの家族以外との会話に、動揺しながら
あ、でも日本語じゃ通じないか、と考える雄二の耳に飛び込んできた言葉は、意味がわかるものであった。
「あの……ここはどこですか? え? アリスは森にいて、走って、それで、それで」
動揺しているのは雄二だけではなかったようだ。
「うん、えっと、きみは森で倒れてて、うん、それで、そのままにしておくのもどうかなって思って、うん、やましいこととかぜんぜんこれっぽちも考えてないんだけど、まず連れて帰ろうって思って、それで」
ワンッ! とコタローが小さく吠える。
もうふたりともちょっとおちついて、と言いたいようだ。
この場で一番冷静なのはコタローだったようである。
がんばれ人間。
「あ、うん、よし。ありがとコタロー。俺は雄二。で、この犬はコタロー。一緒にこの家に住んでるんだ。わかるかな? きみのお名前は?」
コタローのアシストにより、雄二は少し落ち着きを取り戻したようだ。
「アリスはアリスです。6才です。お父さんとお母さんとバジル兄とシャルル兄と一緒に村の、むらにっ、うっ、おっ、おとうさんっおかあさんっおにっ、おにいちゃ」
おそらく教え込まれたいつもの自己紹介だったのだろう。雄二が驚くほどなめらかに話しはじめたが、途中で泣きはじめ、嗚咽している。
妹が小さい頃も泣きはじめたらこうだったなーと20年以上昔の関係ないことが頭に浮かぶ雄二。現実逃避である。
なぜ言葉がわかるのか、という当然の疑問も頭からとんでいる。先ほど取り戻した落ち着きなど儚いものであったようだ。
「だいじょうぶ、焦らなくていいから、だいじょうぶだいじょうぶ」
声をかけながらそっと抱きしめ、落ち着かせるように雄二は背中をさする。
幼かった頃の妹を思い出したことがよかったのか、10年ぶりの他人とのコミュニケーションとは思えないほどのナイスプレーである。
えぐっ、えぐっと泣く声が止まり、荒い息が穏やかになるまで雄二は抱きしめ続けるのであった。
「アリスちゃん、よかったらゆっくりこれ飲んで。熱いから気をつけてね。少し落ち着いたら話を聞かせてほしいな」
アリスが泣き止んだのを見て「ちょっと待ってて」と言い残しリビングを離れ、用意してきたホットココアを手渡す。
泣いた子供にはココアだろ、という雄二の謎の固定観念である。
ちなみに冬用にとっておいたインスタントココアであり、わずか二杯分しかなかったうちの一つを使ったなけなしのココアである。あと二回泣いたらどうするつもりなのか。
両手でマグカップを持ち、ふーふーっと息を吹きかけてから、ゆっくりココアを口にするアリス。とたん、目が見開かれる。おいしかったようである。
異世界でも冷ますそぶりは同じなんだなー、おいしそうでよかったなーなどと雄二はのんきなものである。
「えっと、それじゃああらためて。俺は雄二で、この犬はコタロー。アリスちゃん、なんで森にいたか教えてもらえる?」
「アリスは、家で寝てたの。そしたら、お母さんに起こされて、それで、とうぞくが来たから、バジル兄とシャルル兄と街まで逃げなさいって、でも、バジル兄が残って、それで、シャルル兄といっしょに逃げたの、でも、とうぞくが追いかけてきて、それで、シャルル兄と森に逃げて、でもまだ追いかけてきて、そしたらお兄ちゃんが、アリスは逃げろって、アリスはもう6さいだからひとりでだいじょうぶだって、それで、それで、ひとりで、もりに、ひとりで、たくさんはしって、たくさんあるいて、ひるがきて、よるで、なんかいも、でもアリスは6さいだから、おねえちゃんになるから、だから、だから、」
のんきな雄二の気持ちがぶっ飛ぶほど重い理由であった。
泣き出すのをこらえながら言葉を続けようとするアリスを、雄二はそっと抱きしめる。コタローも二人によりそうべく、ソファの上に飛び乗る。
盗賊が村を襲い、幼い兄妹で逃げ出し、兄はアリスをかばって囮になり、アリスは森の中を逃げていた。涙をこらえて話すアリスの言葉をまとめると、そういうことのようである。
やせ細り、倒れていたことと「昼がきて、夜で、何回も」というアリスの言葉をあわせて考えると、何日もさまよったのであろう。
助けられた幸運に、雄二は十数年ぶりに神に感謝した。
ついでに、理由はわからないが今このとき言葉が通じることにも。
「だいじょうぶ、もうだいじょうぶだよ。ここは安全だからね、よくがんばったねアリス」
抱きしめながら大丈夫だと、もう安全だと繰り返しアリスに言い聞かせる雄二。先行きはわからないけれども、雄二はすでに保護者気分である。
しかしようやく落ち着いてきたアリスの一言で、雄二はまた動揺するのであった。
「ありがとう、ユージおじちゃん」
人生初のおじさん呼ばわりであった。
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