第九話 ユージ、ゴブリン(仮)を殲滅する

「長物か……。そりゃそうだよな。いきなり多対一で近接戦闘とか無理だろ。次にあのゴブリンぽいのが来たらまずは動画まわして、挨拶してみて、ダメなら攻撃だな。とりあえず門のところの謎バリアを確認してみるか」


 ゴブリン騒動から一夜明けた朝。今日も雄二は大きな声で独り言である。

 棍棒を振りかざす敵対的な謎生物がいた以上、ひとまず採取はお預けにして、本日は謎バリアを確認することとしたようだ。


 玄関から続く敷地内の土の道を歩き、ガラガラと黒い格子状の門扉をスライドさせていく。


「うーん、開け閉めも普通にできるし、音もするんだよなあ。とりあえず外に出て叩いてみるか」


 そう呟き、外にまわる雄二とコタロー。手にしたトレッキングポールで外側から軽く門を叩いてみる。


ガンッ!


「ファッ!?」


 門に当たる手前で、見えない壁にぶつかったかのようにトレッキングポールが跳ね返る。門に近づき、内側に手を伸ばしてみる雄二。素通りした。門扉の格子の隙間から手を伸ばしてみる雄二。素通りした。トレッキングポールで隙間を突いてみる。見えない壁にぶつかった。なにしてるの? と不思議そうな顔で雄二を見つめるコタロー。


「これは……とりあえず謎バリアがあるのは確定だな。攻撃を防ぐのか? ちょっと離れたとこから石でも投げてみるか。あとは周りの生垣がどうなのかと、内側から攻撃できるかだな」


 コタローと一緒に家から離れ、自宅に向かって石を投げてみる。見えない壁に当たる。届く限りの上空も、敷地の境界上でぶつかるようだ。引き続き、生垣にも投石する雄二。やはり謎バリアに跳ね返される。


「うむ。ぐるっと一周、攻撃を防いでいる。素晴らしい。強度はわからないけど、とりあえず家が安全なのはでかいな。なんなんだろな、これ。なんだと思うコタロー?」


 首を傾げる雄二。コタローはきょとんとした表情で雄二を見つめている。まあいいか、と雄二は門を開けて敷地の中に入っていく。難しいことを考えるのは止めたようだ。


「あとは中から攻撃ができるかか。とりあえずトレッキングポールっと。フン!」


ガギィーン!


 トレッキングポールが金属製の門にぶつかり、派手な音を立てる。思わず取り落とし、右手を押さえてうずくまる雄二。コタローはぺたりと耳を伏せ、縮こまって渋い顔をしている。


「おう……普通に攻撃できた……。だが痛い上にうるさい。すまんなコタロー。だがこれで安全地帯から攻撃し放題だ! ゴブリンなんざ楽勝だぜ!」


 叫ぶ雄二を、コタローがほんとに? それふらぐじゃない? と言いたげな顔で見つめる。その時である。


 森の中から、ゲギャグギャと声が聞こえてくる。昨夜と違い、今日は明るいうちからゴブリンがやってきたようだ。


「マジで来やがった! カメラをセットして、挨拶して、刈り込み鋏だな。よしコタロー、俺とコタローで一匹ずつだ!」


 なぜかコタローも頭数に入っている。攻撃し放題とはなんだったのか。そそくさと三脚にセットされたカメラを起動する雄二。当然、動画撮影モードである。そして刈り込み鋏を手にし、門を振り返る。動きが止まった。


「なんか……五匹もいるんですけど……」


 ゲギャグギャ、ガンガンと門の前で叫びまわり、手にした棍棒を門に叩き付ける五匹のゴブリン。謎バリアで安全とわかっていても、敵意まるだしの醜悪な姿に怖じ気づく。


「こんにちは。ハロー。ニィハオ。ボンジュール。グーテンターク。オラ!」


 無理だろうなーと思いながらも、雄二は昨夜ググった各国の挨拶で話しかけていく。まったく反応しないゴブリンたち。むしろゲギャグギャわめくテンションが上がった気がする。なにしてんのよ? とでも言いたげなコタローの目線が雄二に突き刺さっている。


「カメラよし、挨拶だめ。ゴブリンたちは殺る気まんまん。排除しないと採取にも出られない。仕方ない……やるぞコタロー!」


 自分を奮い立たせるかのように叫ぶ雄二。へっぴり腰で刈り込み鋏を持ち、鋏を大きく開いていく。


「俺はできる俺はできる俺はできる俺はできる」


 ぶつぶつ呟きながら刈り込み鋏を構えるが、手が震えて狙いが定まらないようだ。そういえばこの男、屋外に出た初日に「俺に敵などいない」などとたわ言をのたまっていた。しっかり目の前にいる。元戦鬼とは格が違うのだ。


 いっこうに動かない雄二にしびれを切らしたのか、コタローが門に向かって駆けていく。

 格子状の門の隙間から前脚を突っ込み、コタローがゴブリンを引っかく。コタローの爪が太ももにヒットし、小さな傷から血を流すゴブリン。その血は青かった。


 コタローの果敢な攻撃に勇気づけられたのか、青い血・・・に現実感をなくしたのか、雄二の震えが止まる。

 刈り込み鋏を手に、一歩二歩。武器だとわからないのか、避けようともしないゴブリンの首を鋏の間の空間に捉える。力一杯に柄を握り、両腕を一気に内側へ。


バツンッ!


 首を半ばまで刈り込み鋏に切断され、ゴブリンの首から青い血が勢いよく吹き出る。倒れるゴブリン。残り四匹のゴブリンは仲間の死に怒っているのか、さらに激しく棍棒を門に打ちつける。見えない壁に阻まれているが。


 勢いにのった雄二は、がむしゃらに刈り込み鋏を振るっている。開き、挟み、閉じ、時々突く。



ウォンッ!


 コタローの鳴き声で雄二が我に返った時にはゴブリンは五匹とも倒れ臥し、辺りは青い血の海であった。だいじょうぶ? と言いたげに雄二を見つめるコタロー。できた女である。犬だが。

 そんなコタローの心配をよそに、フラフラと門を開けて外に出て行く雄二。ゴブリンだったものを前に、呆然と立ち尽くす。雄二の足下によりそうコタロー。その時である。


ゲギャギャッ!


 左の手首は千切れかけ、右目が潰れた傷だらけのゴブリンが立ち上がって右手の棍棒を振りかぶり、雄二めがけて振り下ろす。

 至近距離で浴びせられた殺意のせいか、凄惨な姿のせいか、死を覚悟しながら一矢報いようとするその魂にか、振り下ろされる棍棒を見つめたまま固まる雄二。


 あっけなく、雄二は死を迎えるはずであった。彼女さえいなければ。


 薄茶色の影が飛び上がり、ゴブリンの喉元に食らいつく。飛び込んだ勢いそのままに体ごとゴブリンにぶつかり、押し倒す。倒れたゴブリンから口を離さずひねったのは、野生の本能ゆえか。

 ゴキッと音を立て、首の骨を折られたゴブリンが今度こそ息絶える。


アオーン!


 勝利を誇るかのように、四肢を踏みしめ、胸を張り、コタローが吠える。


 こうして、雄二の初めての戦いはコタローの活躍により幕を降ろすのであった。

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