第五話 ユージ、食糧確保を試みる

 明日から本気出す。


 なんと素晴らしい言葉であろうか。今日襲いかかるどんな困難もこれで解決するのである。


 当面のライフラインが確保されたことで、ユージは現実逃避をはじめている。ワイバーンらしき怪鳥の撮影。目下、この課題に集中している。真面目に取り組んでいる分、ある意味では本気を出していると言えるのかもしれない。


「家も映る、森も映る。IDを書いた紙も用意した。この最高のカメラアングルで、怪鳥と俺とコタローの写真を残すんだ! カメラ用のワイヤレスシャッターを見つけたのもでかいな。親父はこれで何を撮るつもりだったんだろうか……。あ、コタロー! 三脚に触っちゃだめだから! ベストアングルがずれるから!」


 朝は7時に起きて朝食。午前中は怪鳥が来ないかちらちら外を見ながら家の掃除と使えそうな物を探す。軽い昼食の後は庭に出て、散歩がわりにコタローと遊びつつ怪鳥を待つ。日が暮れたら夕食、入浴。その後はネットをチェックしたり、掲示板を覗いたり書き込んだりと穏やかな日々を過ごすユージとコタロー。

 だが一週間もすると、目をそむけていた現実が牙を剥いてくる。食糧問題である。


「冷蔵庫はほぼ空になったか……。冷凍ものと米、小麦、カップ麺とか非常食とかあるからまだまだ持つけど……。節約してもこのままじゃ一年後には餓死だな。今日は準備して、明日は朝から探索に行くか」


 明けて翌日。ついに雄二とコタローは敷地の外に出るべく門の前に立つ。雄二の背には大きなリュックサック。中には昼食とお茶、採取したものを入れる小袋、雨具、非常食、スコップ、登山用のピッケルまで入っている。

 雄二自身の格好も登山靴にベスト、帽子、手にはトレッキングポール、腰には鉈と完璧な登山ルックである。それもそのはず。雄二は引きこもる前、わずか二年ではあったが、ワンダーフォーゲル部に所属していたのだ。


「よし行くぞコタロー。目的は食糧確保、狙いは木の実、果物、山菜だ。リスクはあるけど茸も見つけたら採っていく。出発だ!」


 勇ましくコタローに声をかける雄二。だが、足を踏み出せない。もうわかってるよ、と言わんばかりに先に歩き出すコタロー。いかないの? と振り返りつつ雄二を見つめてくる。賢く、勇気がある犬だ。男前である。メスだけど。


 コタローの先導で門からまっすぐ、おおよそ南の方角へ探索を進める雄二。怪鳥は東から北へ飛び去って行ったので、遭遇する危険性を考慮しての選択だ。あと、南ってなんか果物とかありそうじゃね? という頭の悪そうな思惑もあってのことである。


 鳥のさえずり、柔らかな木漏れ日。ところどころ薮があって少々歩きづらそうだが、トレッキングポールと鉈で切り開き、探索を続けていく。

 猪や熊、蛇などの危険な野生動物も怪鳥のような謎生物も見当たらない。

 道行きは順調だが、採取の状況は思わしくない。

 それもそのはず、田舎育ち・ワンゲル部所属だったとはいえ、雄二に山菜や茸採りの経験はない。それでもサクランボのような小さな実やドングリっぽい木の実、焦げ茶色のキクラゲっぽい茸、明らかに危なそうだけど裏をかいていけるかもしれない真っ赤な茸などをリュックに詰めていく。


「水場も開けた場所もないし、今日はここまでにしてお昼は家で食べようか、コタロー」


 わかったよ、とばかりにウォンとひと吠えするコタロー。先導するコタローの後ろをついていく雄二。

 そういえばこの男、コンパスは持っているもののマッピングなどしていない。すっかりコタロー任せである。採取したものが食べられるとなっても、再度行くにはコタロー任せである。


 がんばれコタロー。



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