77 集う演者達

「ここにいるのか、ティナ!!」

「クリ、ス……?」


 二人がいる小屋の中に飛び込んできた男性、それはマルティナの想い人であるクリストフだった。彼は小屋の一角にいるマルティナの姿を見つけると、慌てて彼女の元へと駆け寄っていく。


「ああっ、ティナ、無事だったか……」

「クリス、どうしてここに……?」

「それは後で説明する。それよりも……」


 想い人であるマルティナの無事を確認したクリストフはアメリアからマルティナを庇う様に立ち塞がる。そして、その視線をマルティナからアメリアの方へと向ける。

 そして、彼がアメリアに向ける視線にはマルティナに向けていた視線と違い、敵愾心が多分に含まれていた。


「お前があの手紙の差出人か?」

「ええ、その通りです。あの招待状通り、ここまで来て下さったようですね。歓迎いたしますよ」


 しかし、当のアメリアはクリストフが向ける敵愾心が多分に含まれる視線を受けても、全く動じた様子はなかった。

 一方、マルティナはクリストフがアメリアに放った言葉に気になる単語が含まれていたのが気になり、彼に疑問を投げかける。


「手紙……? クリス、どういう事なの?」

「今朝、僕の元に突然差出人不明の手紙が届いたんだ。そして、その中には……」


 そして、クリストフは自分の元に届いたという手紙の内容をマルティナに対して説明をしていく。

 クリストフ曰く、マルティナ・エステリア伯爵令嬢の身柄を預かった、彼女の身柄を返してほしければ本日中に手紙に指定された場所まで来る事、もし本日中に来なければマルティナの命の保証はない事などが手紙に記されていたらしい。


「そう、なのね……」


 だが、それらの内容を聞いたマルティナの頭の中には何故か嫌な予感が掠め、その表情が暗くなる。しかし、その視線をアメリアに向けているクリストフには彼女のその表情が見えなかった。


「さぁ、ティナの事を返してもらうぞ」

「返す? 返す、ですか……」


 そして、アメリアはクスクスと笑いだす。彼女のその笑みを見たクリストフは訝しげな表情を浮かべた。


「……なにがおかしい?」

「言ったでしょう、あの手紙は招待状なのだと。折角のお客人なのです。『もてなし』もしないで返す訳にはいきません」

「……なん、だと?」

「これから私が貴方達の為に用意した特別な『もてなし』が始まるのです。是非とも、お楽しみくださいな」


 だが、クリストフはアメリアの言葉の意味が分からず、困惑を隠せない。一方、彼の後ろにいるマルティナは二人の会話を耳にしたその時、自身の脳裏に掠めた嫌な予感が、形を持って確信へと変わっていた。


「っ、クリスっ、これは罠よっ、手紙は貴方をここに連れてくる為にアメリアが用意した罠なのよっ!!」

「な、にっ!?」


 マルティナのその叫び声にクリストフは思わず後ろにいるマルティナの方を振り向いて、驚愕の表情を浮かべる。

 それは、父譲りの危機を察知する直感だったのかもしれない。マルティナは今のこの状況こそアメリアが作り出そうとした状況だという事を直感的に悟ってしまっていた。

 しかし、もう遅い。クリストフがこの小屋に来た時点でアメリアの目的は達せられたのだ。


「あはははっ、ティナ、貴女の推測通りです!! ですが、今更その事に気が付いても、もう遅いですよ!!」


 そして、アメリアは右手を勢い良く横薙ぎに振う。すると、先程まで開いていた筈の彼等がいる小屋の扉が、バン!! という音と共に勢い良く閉じられた。


「っ!! ティナっ!!」


 直後、クリストフはマルティナの手を無理矢理引き、慌ててこの小屋から逃げ出そうとした。しかし、それはこの小屋の外と中を繋ぐただ一つの扉によって阻まれる。


「くそっ、開かない、開かないっ!!」


 クリストフは、ドンドンドン、と扉を開けようと何度も叩いたり、押したり、引いたりするが、扉はビクともしなかった。それでも、彼は一刻も早く逃げなければという強迫観念に駆られた様に、何度も何度も扉を開けようとする。だが、何度扉を押しても引いても、どれだけ努力をしても無駄だと言わんばかりに扉は全く動じなかった。


「くそっ、くそっ、くそっ、どうしてっ、どうして開かないんだっ!!」

「あはははっ、どれだけ開けようとしても無駄ですよ。その扉は貴方では絶対に開けられません。

 さて、と。今、この場には遂に此度の舞台に必要な役者二人が出揃いました。ではこれより、貴方達の為に用意した特別なゲームを始めましょうか!!」


 そして、アメリアは勢い良く指を鳴らした。次の瞬間、彼等はこの小屋から彼女の用意したゲームの会場まで転移させられるのだった。

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