68 亡命者達の行く先

 エステリア伯爵家の亡命も遂に最終段階を迎えていた。彼等は既に亡命の為の全ての準備を終えている。必要な私財は纏め、不必要な私財は全て処分しており、後はこの国から脱出するという段階まで来ていたのだ。そして、今日この日は彼等がこの国から脱出をする日であった。

 そして、現在の時刻は深夜、亡命する為にはうってつけの時間だった。


「旦那様、そろそろお時間です」

「ああ、分かった」


 執事に促されたエステリア伯爵家当主ヴィクトルは屋敷の外へと向かう。そして、屋敷を出たヴィクトルは、最後に今迄自分達が暮らしていた屋敷へと目を向けた。


「これで、この屋敷も見納めになるな……」

「お父様……」

「「「旦那様……」」」


 ヴィクトルの娘であるマルティナも、その周りにいる使用人達も心配そうにヴィクトルに声を掛けた。だが、ヴィクトルはその直後に屋敷に背を向け、その視線を屋敷の門の方へと向けた。


「……では、これから馬車を待機している場所まで向かう。行くぞ」

「「「はい」」」


 そして、彼等は自分達が暮らしていた屋敷に別れを告げて、自分達と共に亡命をする使用人達を引き連れながら、王都の中を進んで行く。


 彼等の目的地は王都の外に待機させてある馬車だ。その馬車には彼等が亡命先に持って行く私財等が乗せられている。彼等はその馬車で亡命をするつもりだった。

 また、亡命するのは  だけではなく、エステリア伯爵の元で働く使用人達の内の少数、二割近い者達も着いていく事になっている。着いていく使用人達は、既に高齢で再就職が叶わない者や、天涯孤独の身である為にこの国を捨てる事を厭わない者、エステリア伯爵家に忠誠を誓っている者等、少々特殊な事情を抱えた者が多い。

 因みに、この国に残る使用人達は既に解雇されており、今回の件の口止め料を含めて合計でかなりの退職金を受け取っていたりする。


 そして、彼等は屋敷を出てから約一時間程度を費やしたが、何事もなく無事に王都の外に出て馬車が待機してある場所に到着する事が出来ていた。


「どうやら、全員無事でここまで到着する事が出来た様だな。安心したぞ」


 そう、ヴィクトルは亡命の最終段階を迎えた自分達の元に、アメリアの襲撃があるのではないかと危惧していた。だが、全員が無事にここまで到着出来た事で、どうやらそれは杞憂だった、と安堵する。


「失礼します。貴方達がエステリア伯爵とそのご家族の方々、そしてその使用人の方達ですね?」


 直後、安堵の表情を浮かべているヴィクトルに声を掛けてきたのは、馬車の周りにいた騎士と思われる装備を身に纏った男性達だった。馬車の周りには彼と同じような装備を付けた男性、十数人が待機していた。

 そして、ヴィクトルは、おもむろに自分に声を掛けてきた武装した男性へと話しかけた。


「お前達が我らを護衛してくれるという騎士達か?」

「ええ、その通りです」


 そう、ヴィクトルの言葉通り、彼等はアルティエル王国に仕える騎士で、亡命するヴィクトルの護衛の役目を担う者達だった。また、彼等は馬車がアルティエル王国内に入った後の先導役も担っている。

 その護衛の騎士の数は十数人と心許ない数でしかないが、ここはエルクート王国の国内である為、動員できる護衛の騎士の数はこれが限界だったのだ。その為、アルティエル王国に入った後、道中で護衛の数が増員される手筈になっていたりする。

 また、この場にある馬車は計六台もの数があった。ヴィクトルや娘のマルティナだけではなく、彼等の私財や使用人達まで馬車に乗る必要があるのだ。それら全てを一度に運搬する為には、複数台の馬車が必要になるのも当然と言える。


「では、アルティエル王国までの護衛、よろしく頼む」

「はい、我々に全てお任せください」


 ヴィクトルが護衛を担うアルティエル王国の騎士と挨拶を交わした後、御者役となる者を除くこの場にいる全員がそれぞれ馬車へと乗り込んでいく。


「では、これより出立いたします」

「ああ、頼んだ」


 そして、全員が乗り込んだ後、御者のその声と共に彼等を乗せた馬車はアルティエル王国への移動を開始するのだった。








 王都の外で待機していた馬車がこの国からの脱出の為に移動を開始してから早数時間が経過していた。彼等にとっては運が良い事に今迄、目立ったアクシデントは無い。まさに平和そのものだ。そんな時、ヴィクトルの耳にこの馬車を動かしている御者の声が聞こえてきた。


「もうすぐ、エルクート王国の国境を越えます」

「そうか……」


 御者の言葉通り、エルクート王国の国境はもう目の前だった。まだ、周囲は漆黒の闇に包まれている。このまま進めば、朝までにはこの国を抜けて近くの街までは到達できるだろう。


「これで、やっと……」


 これで、やっとこの国から、そしてアメリア・ユーティスから逃れられる、そう呟こうとしたその瞬間だった。


「なっ、なんだっ!?」


 なんと、今まで進み続けていた自分達の乗っている馬車が激しい音と共に突如として急停止したのだ。馬車が急に止まった事で、馬車内は一瞬だけ激しく揺れた。それに対して、ヴィクトルは隠す事も出来ない程の動揺を表に出してしまった。


「っ、なんだっ、一体何が起きたのだ!?」

「直ぐに確認してきます」


 ヴィクトルの隣にいた護衛の騎士はそう言うと、何が起きたのかを確認する為に馬車を降りていく。その後、しばらくするとその騎士は報告の為に馬車へと戻ってきた。そして、護衛の騎士は何が起こっているのかをヴィクトルに報告し始めた。


「どうやら、何者かが我々の乗る馬車の進路を塞ぐ様に立っている様です」

「なん、だと……?」

「直ぐに退避させて、移動を再開させるとの事です。馬車が再び動き出すまで、少しお待ちください」

「……分かった」


 だが、その護衛の言葉に反する様にどれだけ待っても馬車が動く気配は一向に見えない。動く気配すらない馬車にヴィクトルの苛立ちは募るばかりだ。


「くそっ、まだ動かないのか!? おい、早く馬車を出せ!!」


 全く動かないヴィクトルは思わず声を荒げるが、それでも、馬車は動こうとしない。流石に、動かない馬車にしびれを切らしたヴィクトルは、一体誰が進路を塞いでいるのかが気になり、護衛の騎士が止めようとするのを振り切り、馬車から降りてその視線を馬車の進路の先へと向けた。


「一体どうなって……、そん、なっ!?」


 だが、その進路を塞ぐ者の姿を見たヴィクトルの表情は一瞬だけ硬直したかと思うと、驚愕の表情へと変わり、その人物に対して声を荒げる。


「なっ、何故っ、何故だっ、何故お前がここにいるのだ!?」

「あはははっ、お久しぶりですね。さぁ、私の第四の復讐、今こそがその開幕の時です!!」

「何故ここにいるのだっ、答えろ、アメリア・ユーティス!!」


 そう、亡命しようとする彼等の進路を塞ぐ様に現れたのは、夜の闇と見紛う漆黒のドレスを身に纏ったアメリアだった。

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