19 墓所

「そんな……」


 ガストンの企みの全てを知ったアメリアは呆然としていた。思わず記憶への干渉を止めてしまう程にだ。


「そんな、そんな理由でお父様とお母様は……」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 アメリアが記憶に干渉する事を止めた事で痛みから解放されたガストンの息が荒くなるが、それは今の彼女の耳には届かなかった。

 何故なら、今のアメリアは先程見た記憶から得た真実を飲み込む事で精一杯だったからだ。


「金山から得られる莫大な富が欲しかったから? 権勢を欲したから? その為にはお父様とお母様が邪魔だったから? 貴方達はそんな理由で二人を謀殺したと……?」

「そんな理由、だと!?」


 だが、アメリアのそんな呟きにガストンは激しく反発した。ガストンにはアメリアの呟きがまるで富や権力といった物をくだらない物だと断じたように感じたからだ。

 故に、ある意味では貴族らしい貴族であるガストンには到底その言葉を許容できる筈も無かった。


「富や権力は貴族にとって何よりの力だ!! お前も貴族の端くれならば、それぐらいは知っている筈だろうに!!」


 貴族にとって富や権力は最も大きな力であり武器だ。魑魅魍魎が蔓延る貴族社会で長く生き抜いてきた者ほどその強さと恐ろしさを知っているし、それが絶対のものだと信じている。

 貴族達が持っている富や権力が持つ力の強さを信じる心、それはある意味では『信仰』といっても過言ではない程に強いものだ。それこそ、敬虔な信者が持つ神への信仰心と何ら遜色ないと言っていいだろう。その思いは齢を重ねるにつれて増していくのは間違いがない。

 アメリアも貴族令嬢、しかも未来の王妃としてしっかりとした教育を受けている。だからこそ、富や権力が持つ強さと恐ろしさは知っていた。


 だが、今のアメリアにとってはその権力や富という物がそんな人の命を奪ってまで得る程の絶対的な物だとは、どうしても思えなかったのだ。


「富? 権力? 今の私にはそんなものが人の命を奪ってまで得るものだとは到底思えません!! そんな事の為に二人が殺されたというのなら私は貴方達の全てを否定します!!」

「否定、だと!?」

「富と権力とやらを手に入れる為に数え切れないほどの命を奪ってきた貴方達に相応しい罰を用意してあります。彼等からの報復を受けなさい!!」


 そして、アメリアは転移魔術を行使する。アメリアとガストン達の足元に魔法陣が現れ、次の瞬間には彼等の姿はこの部屋から消えるのだった。






 ガストンたちが転移した先、そこは数多くの墓と思われる物が安置されていた場所だった。時刻は真夜中、この場所の雰囲気を合わせれば普通の人間なら恐怖を抱いていてもおかしくは無いだろう。


「ここは……、墓所か?」

「ええ、その通りです」

「……ここで何をするつもりだ……?」

「ふふふっ、もうすぐ分かりますよ」


 アメリアはガストンの問いかけに答えず、ただクスクスと笑うだけだった。


 そんな時、墓所の奥から無数の人影が現れた。だが、それが人というには少しだけ違和感がある。何故なら、その人影には足が存在せず、まるで浮いているように見えるからだ。


 その人影を見たガストン達は何故かあれらに本能的な恐怖を抱いていた。あれらに関わってはいけない、関わると碌な事にならないという不思議な感覚を抱いていたのだ。

 そして次の瞬間、ガストン達は人影から自分達に向けられる強烈な思念を感じ取った。その思念はまるで直接脳内に語り掛ける様な強烈なものだった。


 ――――返せ、私の家族を返せ!!!!

 ――――貴様のせいで私達は!!!!

 ――――憎い、憎い、私達から全てを奪った貴様らが憎い!!!!


「「「ひっ!!」」」


 あの人影から自分達に向けられた思念、いや怨念を感じ取ったガストン達は完全に怖気づいていた。それ程までにあの人影から放たれる怨念は凶悪な物だったのだ。まるで、憎しみという憎しみを純化して煮詰めた様な、その怨念は魑魅魍魎蔓延る貴族社会で生き抜いてきた彼らすら恐怖させるものだった。


「アメリアっ、お前、あれはなんだというのだ!?」

「ああ、あれですか。あれは生前の死の間際に抱いた憎しみからこの世を彷徨っている霊魂達です」

「霊魂……?」

「更に言うなら、この場にいる霊魂達は全員が貴方達に陥れられた人達、或いはその人達の関係者です。この霊魂達は、全て死の間際に貴方達の憎しみを抱いて死んでいった者たちなのですよ」

「なっ……」


 あの霊魂達が全て自分達の行いによって死んだ者達だと知ったガストン達は顔を青ざめていた。同時に、自分達の行いが彼等にあれ程までに怨念を抱かせるのだという事をこの時初めて自覚した彼等は恐怖に慄いていた。


「さて、今回のゲームを始めましょうか」

「ゲーム、だと?」

「ゲームは単純明快です。貴方達にはこれからあの霊魂達から逃げていただきます。追いかけっこという遊びがありますが、あれと同じと思ってもらっても構いません。もしあの霊魂と接触したら、その罰としてその霊魂が抱いている純化した強い憎しみと死の間際の記憶を追体験していただきます。こんな風にね」


 そして、アメリアは無数の霊魂の内の三つをガストン達三人に向かう様に命令を下した。すると、その霊魂はガストン達の体の中へと入り込んでいく。次の瞬間、彼等三人はその霊魂が抱いていた憎しみと死の間際の追体験を一身に受ける事になった。


「があああああああああああああああああ、いやだぁ、ひぃぃぃぃぃぃ、やめろおおおおおおおおおおおお!!!!」


 霊魂が抱いていた憎しみと死の間際の記憶を追体験したガストン達は揃って絶叫を上げる。

 彼等も今迄貴族社会で恨みや憎しみを向けられることは数え切れないほどあっただろう。そんな恨みや憎しみを受け流す術を身に着けているに違いない。そんな恨みや憎しみを向けられても心一つ動かす事は無いだろう。

 だが、今回に限ってはそうではない。彼等がどれだけ自分に向けられる恨みや憎しみを受け流す術を持っていたとしても、今回だけは話が違うのだ。

 何故なら、現世を彷徨っている霊魂達の死に際に抱いた純化した憎しみや死の間際の記憶、それは生者が向ける恨みや憎しみとは桁が違う。そんなものを受けて無事でいられる人間などいないのだから。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「ふふふっ、どうでしたか、彼等の純化した憎しみの味は?」

「やめろ、もうやめてくれ……、あんなもの二度と味わいたくない!!」


 ガストンは必死の懇願をしていた。あんなものをもう二度と体験したくないと。それ程までに、純化した憎しみは彼等にとって恐ろしいものだった。

 だが、アメリアはそれを聞き入れることは無く、ゲームの説明を続ける。


「先程体験した様にあの霊魂達は貴方達に強烈な憎しみを抱いています。故に、貴方達にその憎しみを刻み込む為に全力で追いかけてきます。ですので、接触しない様に全力で逃げてくださいね。もし触れれば先程の体験をもう一度味わう事になりますから。刻限は霊魂の活動が弱くなる日の出までとしましょうか。後、墓所には結界が張ってありますのでここから逃げられると思わないでください。では、始めましょう」


 説明を終えたアメリアがパチンと指を鳴らすと、ガストン達を縛っていた鎖が解除される。


「さぁ、追いつかれないように全力で逃げてください」

「「「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」」」


 二度とあんな体験をしたくないガストン達は鎖から解放されたと同時に必死に墓所内を逃げ回っていく。その無様さを見たアメリアはひとしきり笑った後、霊魂にガストン達を追いかける様に命令を下したのだった。

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