第30話幸運

 俺はショットガンを構えて魔物との距離を詰める。

 デスハンドと呼ばれるカニそっくりな魔物は俺の動きを見てから……



 ドドドドドドドドドッ ブォンッ



 一気に襲いかかってくる! 

 速い! その体の大きさからは鈍重な印象だったのだが…… 

 その図体からは想像も付かない素早さだ。

 左右のハサミと鋭い爪がついた足で叩き潰そうとしてくる!


 怖い! 俺はとっさに障壁を張る…… 

 いや駄目だ! 

 障壁を張っている間は攻撃することは出来ない。

 可能な限り近づかなくちゃ。 


 振り下ろされるハサミを避けて距離を詰め……



 ザクッ



 器用なもんだな。

 ハサミを避けても残った足が俺の胴に刺さる。

 複数の足を持つ節足動物ならではの攻撃だ。


 俺は大きく吹き飛ばされる! ゴロゴロと転がった後、すぐさま体勢を整える! 

 引っかかれた腕からは血が流れるが、胴体は無事だな。

 強化された防具を着てて良かったよ……


 俺の着ているレザーアーマーは内部にカーボンナノチューブを張り巡らせている。

 防具の良し悪しは良く分からないが、フィーネがこのレザーアーマーはレリック級だと言ってくれた。


 国宝級の防御力を誇るレザーアーマー。

 これが無かったらどうなっていたことか……


 一応俺のHPだけを確認すると……



HP:15074/15249



 攻撃を四、五発喰らってこのダメージか。

 まだHPには余裕があるが…… 油断しちゃ駄目だ。

 敵は能力によって傷を癒せるが、俺のダメージは蓄積していくだけ。


 このまま攻撃を受け続ければ…… 

 いや弱気になるな。

 この状況を打破するには前に出るしかないんだ。


 俺は再びデスハンドに立ち向かおうとするが…… 

 後ろからフィーネの声が聞こえる。


「ライトさん! 何考えてるんですか!? 障壁も張らずに攻撃を受けるなんて! 駄目です! 下がって下さい!」


 すまんな、心配させてしまって。

 だがデスハンドを倒すにはこうする他無いんだ。

 俺は振り返らずに二人に指示を出す。


「フィーネ! 桜! お前達は可能な限りこいつの足を狙って攻撃しろ!」

「何言ってるんですか!? ライトさんがそんな近くにいたらあなたにも被弾する危険が……」


「構わん! やってくれ!」


 それも覚悟のうえだ。

 ゲームだったらフレンドリーファイアの有り無しは設定出来るがこれは現実。

 仲間の射線付近にいたら誤射されることだって大いに有りうるんだ。


 今度は桜の泣きそうな声が……


「でも…… パパァ……」

「桜、俺は大丈夫だ。頼む…… やってくれ……」


 親を心配する気持ちは分かる。

 でもな、今はその危険を犯す必要があるってことなんだ。

 こいつに勝つためにもな。


「パパ…… 考えがあってのことなんだよね……?」

「もちろんだ。桜、俺はお前に困ってる人がいたら可能な限り助けてあげろって教えたよな? ここで引いたらガロの町の人は飢えに苦しみ続ける。それどころか餓死する人も出るかもしれない。それを俺達が救えるとしたらどうだ?」


「勝てるんだよね?」

「当たり前だ」


 後ろを振り向くと桜がこちらに向かって弓を引き絞る姿が…… 

 ははは、分かってくれたか。流石は俺の娘だ。

 

「ちょっとサクラ! あなた何考えてるの!? ライトさんに当たったらどうするの!?」

「フィーネちゃん! 私はパパを信じるよ! パパは私達を信じてお願いしたんだよ! だから私はパパを信じる!」


 桜…… いい子だな。

 フィーネは桜に気圧されたのか、俺と魔物に向かって……

 

「サクラ、なるべくライトさんに当たらないように…… 狙いは正確にね……」


 フィーネも腹をくくってくれたか。


「ファイヤーボール!」

「行くよ!」


 桜の矢とフィーネの魔法が俺を掠めるように飛んでくる。

 


 ゴゥンッ ドカンッ

 


 二人の攻撃は正確に魔物の足に当たり、その動きを僅かに止める。


 俺はその隙を逃さずに魔物と距離を詰める。

 二人の攻撃は俺に当たらなかったが、その衝撃は近くにいた俺にも伝わってくる。

 やはり僅かではあるがダメージは喰らうな。


 デスハンドはすぐさま体勢を整え、大きなハサミを振り下ろす。 

 距離が近すぎたせいか、避けきることは出来ず大きく吹き飛ばされた。


 くそ…… だが作戦はあっている。

 さっきより確実にデスハンドに接近することが出来た。


「ライトさん!」

「大丈夫だ! そのまま攻撃を頼む!」


 その後も近づく吹き飛ばされるを繰り返す…… 

 どれぐらいの時間が経ったのだろうか。

 なんとかデスハンドの攻撃に目が馴れてきたのか、俺が考える最適距離まで近づけるようになってきたが……



HP:1983/15249



 俺のHPは二千を切っている。

 そろそろ勝負をかけなくちゃな。


 

 フィーネ…… 桜…… 頼んだぞ……


 

 ショットガンを構える。


 

 一歩、また一歩と距離を詰める。



 右のハサミが振り下ろされる。



 体の軸をずらしてギリギリで避ける。



 次。左のハサミが俺の脇腹を狙う。



 桜の爆裂の矢がそれを阻止する。



 爆風が俺の髪を焼く。



 一歩距離を詰める。




 残った足が連撃を放つ




 フィーネの魔法が命中




 デスハンドは大きく体勢を崩す

 



 更に一歩距離を詰める




 ショットガンを構える




 これで終わりにしてやる




 トリガーに指をかけ……



 



 ドドドドドドドドドドンッ






 このショットガンはフルオート。

 現実世界ではあり得ないほどの連射速度を誇る銃だ。

 これがこいつの強み。逆を言えばそれしか能がない。

 他のショットガンに比べ確殺距離が極端に短く、リコイルコントロールが難しい。


 だからこの距離まで近づくしかなかった。

 密着するほどの近距離からあり得ない速度で弾丸が射出される。


 この距離ならリコイルコントロールもへったくれも無い。

 ほぼ一点集中に十発の銃弾を受けることになる。


 しかも使った弾も特別な物だ。

 ショットガンの弾はゲージという単位で区別される。

 2ゲージ、4ゲージ、6ゲージと値が小さいほど威力が高い。

 だが俺の使った弾丸は……



 スラッグ弾だ。

 これは実質的には散弾ではない。

 弾頭が一つなのだ。

 日本では熊などの大型の獣などに使われる。

 それが一点集中で十連撃……


 俺の持つ攻撃方法で近距離ではこれに勝るものは無いだろう。

 敵に肉薄するほど近づくリスクはあるけどな。



 プスプスッ…… ギチギチッ……



 ショットガンから煙が上がり、デスハンドは動きを止める。

 魔物の胴体には見事な貫通創。

 って言うかデスハンド越しに向こう側の景色が見えるほどの大きな穴が空いている。


 デスハンドはゆっくりと倒れ、僅かにワキワキと足を動かした後……



 ギチギチッ ギ……



 完全に動きを止める。


 勝った…… 

 あれ? 何だか腰が抜けて…… 

 地面にヘナヘナと座りこんでしまう……


「パパ!」

「ライトさん!」


 二人が俺のもとに駆け寄ってくる。

 俺に抱きつく二人を抱き締める。

 はは…… そんなに泣くなよ…… 

 二人共涙でひどい顔になってるぞ。


「もう! パパの馬鹿! 心配したんだから!」

「ごめんな…… こいつに勝てたのもお前達のおかげだ…… 俺一人では殺られてただろうな……」


 動かぬ魔物を見て思う。

 よく勝てたな、俺…… 

 はは…… 今になって震えが来るよ……


「ライトさん…… 無茶して…… 傷だらけじゃないですか……」

「はは、そうだな…… フィーネ、全回復する魔法とかってないの?」


「そんな都合のいい魔法はありません! しばらくは傷が癒えるまで大人しくしててください!」


 ははは。ゲームのようにはいかないみたいだな。



◇◆◇



 メソメソ泣いている二人をあやすこと一時間。

 ようやく二人は落ち着きを取り戻してくれた。


「ぐすん…… パパ、もう無茶しちゃ駄目だからね?」

「ほんとごめんな。約束するよ」


「ならよし! でさ、そろそろ説明してくれない? どうやってこいつを倒したの?」

「それか…… 俺の使ったショットガンってさ、威力を発揮するにはかなり近づかなくちゃいけない。現実世界のショットガンはもっと離れてても問題無いけど、俺のはゲーム仕様でさ。威力減衰しないのは、そうだな…… 三メートルってとこかな?」


「三メートル? その銃ってポンコツなんじゃないの?」


 はは、全くだ。

 遠距離では全く使えない。

 しかも扱いが難しい。

 誰も使わない銃として有名だったんだよな。


「そうだな。この銃は連射出来るがリコイルコントロールが難しい。一発撃つだけでもかなり銃身が跳ね上がる。同じ箇所を狙い辛いんだ。だから密着するほどの近づく必要があったんだよ」

「やっぱポンコツじゃん…… なんでそんな銃を創造したの……?」


「桜には難しいかもしれないけどな。人、物には各々強み弱みがある。弱みが多かろうと強みを活かせば弱みをカバーすることが出来るんだ。世の中万能な物なんてそうないだろ? 弱みを嘆くより強みを活かす方法を考えた結果なのさ」


 まぁその強みを活かした結果、この武器は運営から弱体化を喰らう訳だが。


「ライトさんってすごいんですね。そんな考え方、思ったこともありませんでした……」

「はは、お前達よりは長く生きてるからな。色んな考えが身に付くのさ」


 さて講釈はお終い。

 村に帰ってゆっくりしますか。


 三人でその場を離れようとしたその時……


「そういえば…… 私の付与効果で幸運ってあったじゃない? 何もラッキーなこと無かったような気がするね」


 そういやそうだな。

 俺は傷だらけだし。

 RPGでいったらクリティカル率が上がるとかの効果があってもよかったのでは? 

 まぁ勝つことが出来たんだ。これがラッキーということだろう。


 突如フィーネが動きを止める。

 鼻をヒクヒク動かして……


「あれ? 何かいい匂いが……?」


 いい匂い? そういえば何か香ばしい香りが…… 

 どこかで嗅いだような…… 



 そうだ。

 俺はこの香りを知っている。


 冬の味覚…… 高級食材……


 匂いのもとを辿っていくと、その香りはデスハンドから香っていた。

 いや待て…… 

 デスハンドは魔物だ。

 カニっぽい魔物だ。カニではない。カニっぽいだけだ。


 俺は何を考えている? 

 デスハンドが美味しそうだなんて……


 いや…… 逆に考えよう。

 カニっぽい魔物ではなく、魔物っぽいカニだと……


 何となく俺と同じ考えをしているであろう二人に話しかける。


「なぁ…… ちょっと食べてみようか?」

「で、でもこれは魔物ですよ! 魔物を食べるだなんて……」


「フィーネ…… 俺の世界の偉い人が言ってたんだ…… 逆に考えろって。そう、これは魔物っぽいカニなんだ!」

「そう! これはカニなの!」


 そう言った桜の手には醤油の瓶が握られていた。

 加護の力、無限調味料で用意したんだな。

 よくやった桜!


 ショットガンの連撃を受け、煙を上げる部位に醤油を一滴。

 ちょっと身をむしって口に運ぶ……



 ムシッ ムシャムシャ……



 カニだった。カニ以外の何物でも無い。




 美味い……




 まさかこんなところでカニをお腹いっぱいになるまで食べられるなんて……

 はは、そうか。これが「幸運」の効果か。

 俺達は夢中でカニを頬張る。

 桜もフィーネも幸せそうだ。


「おいしい~……」

「魔物なのに…… 魔物なのに…… 手が止まらない……」


 満足ゆくまでカニを堪能する。

 残りは、もちろんフィーネの収納魔法で取っておくことにした。

 俺達は強敵を倒し、さらに高級食材をゲットしたのだった。


 ラッキー。

 

◆◆◆◆◆◆



 戦闘後のステータス



名前:ライト シブハラ

種族:人族

年齢:40

Lv:22

HP:17682 MP:39995 STR:11008 INT:45698

能力:剣術6 武術10 創造 10 料理6 分析6 作成4 障壁3 

魔銃8(ハンドキャノン ショットガン ロケットランチャー)

亡き妻の加護:他言語習得 無限ガソリン 無限メンテナンス 無限コーヒー 無限タバコ

付与効果:幸運



名前:サクラ シブハラ

種族:人族

年齢:14

Lv:21

HP:13765 MP:37563 STR:8501 INT:43214

能力:舞10 武術10 創造 10 分析5 魔導弓8(爆裂の矢 氷結の矢)

亡き母の加護:他言語習得 無限おにぎり 無限ラーメン 無限調味料 

付与効果:幸運 来人のキス(一度だけ致死攻撃から回復、且つ状態異常回避、MP自動回復)



名前:フィーネ・フィオナ・アルブ・ビアンコ

年齢:19

種族:アルブ・ビアンコ

Lv:40

HP:1245(5000) MP:1428(5000) STR:655(5000) INT:4008(5000)

能力:剣術5 武術6 火魔法7 水魔法7 風魔法7 空間魔法 生活魔法

付与効果:亡き母の加護(各ステータス+2500) 幸運 来人の料理(各ステータス+2500) 来人のキス(一度だけ致死攻撃から回復、且つ状態異常回避、MP自動回復)



 ドロップ品


カニ肉(最高級)

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